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少年少女は異世界でまどろむ  作者: 雨風ろうと
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プロローグ

プロローグですが少し長め、そして色々と読みにくいかもしれません。

ご容赦ください。

  日の落ちかけてきた、現実ならば5,6時辺りの時間帯。

  「黄昏時」──とも言われる、魔が忍び寄る刻限だ。

  そんな時間に、僕は走っている。しかも、木がうっそうと茂る深い森でだ。さっきから小枝やら葉やら何やらが体中に当たって痛いし、何度も木の根につまずきそうになっている。それでも走るのをやめないのは、


「グギ、ギ……!ガアアアアアアァッ!!!」


  後ろから怪物に追いかけられているから、という訳だ。文字通り、死に物狂いで全力疾走している。ドスドスと踏み鳴らされている足は並の木なら一瞬でなぎ倒していくし、あの口から垂れている唾液はもしかしなくても酸性だろう。あれに触れた物があっという間に溶けていくのをこの目で見た。

  何にせよ、追いつかれた時点で一巻の終わりだ。


「…………リントーーーっ!!」

「来てやったぜーーーー!」


  不意に、空から聞き慣れた声が降ってくる。息も絶え絶えに空を見上げると、一筋の流星──ではなく、一本の箒が空を駆けていた。声の主は、考えるまでもなく箒に乗ったあの2人だ。声はだんだん近くなり、やがて箒は僕と並走するほどの速度と飛行高度になった。


「よう、リント!相変わらずお疲れさん!」

「遅……っい…!何して……!」

「何って……そりゃこっちにも色々と────」

「いいから!乗って!」


  こんな時でも、こいつはにやけ顔で軽口を叩く。だがしかし、その挑発に乗った時点で僕の負けではあるのだが……

 こいつ──ルキと喧嘩になりそうな所を、無理やり箒に乗った少女──マナに引っ張り上げられる。僕を乗せると、箒は急発進した。みるみるうちに、というほどではないが怪物が遠くなっていく。

 箒に乗って数分すると、森を抜けた。日はまだ沈みきっていないようで、西から橙色の光が目に飛び込んでくる。怪物の様子を伺うため、マナが箒を上昇させていくと、巨大な湖が視界に映った。怪物が走る際の震動で、湖全体に波紋が広がっているのが見える。

 気がつくと、怪物が少しも動かなくなっていた。怪物が走っている時は、巨大な足音となぎ倒されていく木で上空からでもどこにいるかはっきり分かっていたのだが……諦めたのだろうか?


「ね……もう大丈夫かな?」

「大丈夫じゃね?さっさと帰ろうぜ……」

「待て、あいつを倒すまでが任務──」


 その瞬間、こちらに向かってまっすぐ灰色の何かが飛んできた。


「───────アアアアアッ!!!」


「な……!?」

「避けてッ!!」


 箒がぐるりと方向転換し、灰色の巨体を紙一重で回避する。ぐわんぐわんと揺れ、僕とルキは必死に箒の柄にしがみついた。

 森の外へ無事に着地した怪物は、血走った目でこちらを見ている。

 真っ赤な双眸は、獲物を逃すまいと叫んでいるかのようにギラギラと光っていた。


「ヤバい……あれ絶対ヤバいじゃん!」

「あんなのと激突したらいくら〈能力〉で作った箒でも……」

「……とにかく動け!あの感じ、また飛んでくるぞッ!」


 マナが頷き、再び箒が発進する。旋回したり、ジグザグに飛行したりして様子を伺っているが、相手もチャンスを待っているのか飛びかかってこない。


「うおやっべ……酔ったわ……胸のあたりすっげえきもちわりい……」

「あっ!ご、ごめんなさい……後でお薬もらってくるね!でも乗り物酔いの薬ってあるかな……」

「今飲めないと意味ないんじゃないかなー!?」

「お前達静かに───っ!」


 2人が騒いで速度が下がった途端、怪物が飛びかかってきた。今回は怪物の方の狙いが甘く、激突には至らなかった。が、それでも後数メートルずれていたらひとたまりもなかっただろう。


「お前達は……!!」

「今のはホントに悪かったわ……ごめん」

「ごめんなさ……っあ、ちょっと待って!」


 マナが言葉を途中で止める。こういう時のマナの直感は、驚くことに意外と頼りになる事が多い。


「思い出したんだけど……この湖、水竜がいるって伝説があるの」

「……まさかとは思うけど、その水竜を呼び出そうってんじゃないよね?」

「違うよ!その伝説、この湖がものすごく深いってことから来てるって、ナナカさんから聞いたの!だから、湖の真上に飛んでくるように私がおびき寄せて、後は2人で……!

 でも……」

「……なるほどな」


 理屈としては、通っているように聞こえる。だが、まず怪物が飛んでから僕達にぶつかるまでの一瞬で、湖に落とすことができるのか。実行するのは僕だ。

 ……正直、自信はない。だが、あの怪物は……僕が迷っている間にも待ってはくれないだろう。きっと、どちらかが死ぬまで僕達を追うのをやめない。

 あの真っ赤な目を見てから、そう確信していた。

 後にも引けないならば、前に進むしか──つまり、やるしかない。

 と言うか、今までだってそうだったのだから今更だ。

 僕は、2人に向かって大きく頷いた。


「……分かってる。やるよ」

「おい、でもそれじゃ……!」

「大丈夫……僕がこういう役割なのはいつものことだし。それに、まだ問題がある」


 そうだ。まだ問題がいくつか残っている。まず、マナのエネルギー切れだ。既に飛行時間は30分を超えているだろう。いつ飛行不可能になってもおかしくない時間だ。エネルギーが切れて墜落、そのまま召されるなんてことも──


「ね……心配してるのって私のエネルギー切れ、でしょ?大丈夫、まだいける」

「おい、待て!こんな時に見栄なんて……」

「違うよ、本当に大丈夫。まだ少し余裕ある。それにご飯いっぱい食べてきたから!

 ……ルキのやつにもきっと、耐えられる。私を信じて。

 それに!1番危ないのはリント!自分で言った案だけど、やっぱり……」

「……マナ…」


 最後の懸念。それは、散々疲弊しているマナが、さらにルキの〈能力〉で加わる重みを凌ぐことができるのか、という所だった。しかし───


「ここまで言われたら、信じるしかないな。僕の身を案じてくれるのは嬉しいけど、問題ないよ」

「……なー、2人の世界に入っちまってさ、ようやくオレの出番な訳?」

「あっ……!ごめん、ルキ……」

「いいっていいって!オレにしかできないことなんだしさ!

 ……なぁ、本当にいいんだよな?」

 「僕もマナも、覚悟してる」

 「……へいへい。それじゃあオレも頑張らねーとな!最後にやってやりますよっと!」


  ルキの目が閉じられ、手元には光が集まっていく。もう日はすっかり落ち、その白い煌めきを眩しく感じる程に暗くなっていた。

 しかし、ルキが〈能力〉を使うと同時に、怪物の様子が変わっていた。

 鮮血のような目を細め、息が荒くなっている。心なしか、滴る唾液の量も増えているような気がした。


「待って2人とも!あれ、光を警戒してるみたい!待つのやめて、攻めてくるかも!」

「ルキ!出力にあとどれくらいかかりそうだ!?」

「あいつ用にちょいデカめに作るから……早くても後5分はかかる!」

「時間稼げるか、マナ!」

「……っ、大丈夫…いける!」

 「…………来るぞ!」


  ヒュン、と風を切る音と共に、一瞬で怪物が箒のすぐそばまで来ていた。黒い鉤爪の付いた手で箒を捕まえようともがくが、さらにスピードを上げた箒がそれを避ける。

 何度も避けている内に、箒がだんだんふらついてきた。しかし、速度は下がらない。それどころか、早くなっているような気さえする。


 「うぅ……っ!ルキ!あとどれくらい!?」

 「もう……少しだ……!」


 ルキの手の内の光が、いよいよ強まってきた。近くにいるせいというのもあるが、直視はできないほどだ。


 箒が湖の上に移動し、不安定ながらも静止する。


 「ルキ、まだ!?」

 「今やってるって言っ……あーっ!できる!マナ、踏ん張れよ!」

 「今っ!?わ、分かった!」


  白い光はチカ、チカと点滅し、不規則に明滅し、やがて光は小さくなり、消えた。

 その後──辺りを瞬く間に光が包んだ。

 僕もマナも、恐らく怪物も──目を瞑ってしまっただろう。

 そして目を開けると……ルキの手の中には人間サイズもあろうかという、巨大な鉄バット……のような物があった。

 と、それを確認すると同時に視界が、正確には箒ががくりと下がった。それが、いかに鉄バット(のようなもの)が重いかを示していた。

 「ほぉら、できた……ととととぉ!」

 「くっ……これ以上は、もう……!」

 「分かった……後は、僕が…………!!」


 ルキの生み出したそれを、右手で掴む。後はもう、僕の仕事だ。

 手にしたが早いが、ぐらぐら揺れる箒から僕は飛んだ。

 僕が箒から飛び降りるのと、怪物がこちらに向かってくるのは、ほぼ同時だったように思える。


 「うぉりゃあああああああ─────────ッ!!!」


 手にしたバットで、怪物の脳天を思い切りかち割った。

 肉を叩き、骨を割る感触。何度感じても、背筋に悪寒がする。


 「ガ─────!?」


 もちろん、これくらいじゃ気絶させる程度しか効かないだろう。でも、それで十分だ。

 眼下の湖が、怪物を葬ってくれる。

 深く深く沈んで、もう二度と……


(……あれ?これって、僕もまずいんじゃ……?)


 2人がいつもより僕の身を心配するような気はしていたけれど。目の前の事ばかり考えていて、その後の事を考えていなかった。自分でも迂闊すぎると思う。

 そんな事を考えている間にも、体は重力に従って落ちていく。そして───


 衝撃。そして痛み。

 投げ出された体が、どんどん冷えていくのが分かる。

 もがこうとしても、体が上手く動かない。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 詰めの甘さで、こんな所で死ぬのか。まだやりたいことも、成すべきことも何一つできていない───!

 まだだ。水面に出る事ができれば。まだ、まだ────!


 それを最後に、僕は黄昏の濃紺に意識を手放した。

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