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元社畜は自由を謳歌する  作者: 東川 善通
若とその周り
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どん底

 ドサリ、女は玄関に荷物を落とし、疲労まみれの体を引き摺って、憩いのベッドまで向かう。今日も今日とてよく頑張ったと自分を褒める。

 ばふんと音を立てて、ベッドに倒れ込んだが、若干埃っぽいかもしれない。


「……次の休みにでも干さないと」


 そう頭の中の予定表に書き込む。だが、一日中惰眠を貪ってしまう予感がする。ここ数日まともに寝た覚えがないからなおのことだ。

 定時は夕方頃のはずなのに、気づいたら終電が近いことなんてザラにある。おかしいな、こんなはずじゃなかったのにどこで間違えてしまったのか。ここ最近ずっとそんなことを考える。

 最初は純粋に仕事を覚えるのが楽しかった。仕事を覚えれば覚える分だけ、先輩にしろ、上司にしろ褒めてくれた。


「……お風呂に入って寝よう」


 今と昔のことを考えるだけで憂鬱になってくる。こういう時は水に流して、夢の世界に飛び込んでしまうのが一番だ。


「……隠すのは上手だな」


 鏡に映る化粧を落とした自分はなんと酷い顔をしているのだろう。睡眠不足がたたっているのか、料理をすることも面倒になってしまったためにコンビニ弁当で賄っているせいか、あるいはその両方か。目の下には隈。口角も重く、表情は疲れきっていて重い。それでも、仕事の時は健康的でないと印象が悪い上に表情が暗ければ、それだけで上から小言が待っている。


「頑張らなくちゃ」


 何をという明確なものは今はない。少し前こそは自分の半身でもある弟のためにと思ったかもしれないが、今はその半身は亡き人。ただただ、漠然と機械的にそう思うようになっていた。そうして、適当に髪を乾かし、ベッドに横になれば、あっという間に女は眠りへと落ちていった。




 いつも通り、終電を逃した。へとへとで帰宅して、スマホを確認すれば、そこには「別れよう」という恋人からのメッセージ。


「あぁ、うん、そうだね、僕が悪い」


 彼との時間を仕事を理由に断っていた。だから、愛想をつかされても仕方がない。上手くできないのがとてももどかしい。


「何もかも中途半端」


 趣味と弟が喜んでくれるからと習っていた殺陣もそうだが、読書――硬派な小説ではなくライトノベルが多いのだが――やゲームも最近は仕事を理由に触れていない。おかげで、手に入れるだけ入れて、部屋のオブジェと化している。

 自分を立て直すために仕事を辞めるのもありかもしれないと考えるが、人がいないのに今僕が辞めるのはどうなのだろうと思ってしまう。以前、弟が亡くなった際に辞職の旨を伝えたところ、上司の上司が出てきて小言を言われたり、ふざけるなと怒鳴られたこともあった。それもあってからか、余計に言いたくないし、脳が怖がる。


「それでも、このままじゃダメな気がする」


 でも怖いと心は叫ぶ。あっちを向いてもこっちを向いてもつらく壊れていく感覚がする。でも、そのせいで動けなくなっているのだ。恋人との関係もそうだろう。


「……寝てしまおう」


 あーだこーだと考えているだけで疲れる。ならいっそのこと寝て忘れてしまおう。明日は後輩と企画の最終チェックをしなければならないし。どうせ、家に帰ってきたら同じように悩むのだ。なにも変わりはしないから。

 そう呟き、女は緩やかに落ちていった。




 途中、どこかで火が消える音と懐かしい半身の声が聞こえた気がした。


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