諦め切れない執念
「農奴達は前へ!ゴブリンの突撃を止めよ!」
代官の命令によって俺達農奴は村の柵の中でも広場の前方に陣取る形で集まった。
籠城するつもりだろうが時間を追うごとにゴブリン達の総数が分かり始める。
およそこちらの二十倍か三十倍。
それに合わせてゴブリン達から逃げるようにしてこちらに向かってくる獣や虫の魔物も含めたらその数は四十倍にも上るだろう。
そんな数を相手に籠城なんてもはや正気ではない。
農奴達は愚かながらもそれを理解できていたが如何せん代官の命令であれば従うしかない。
自分達が盾になることは理解できても逃げるという選択肢は生まれたときから持ち合わせていないのだ。
「もはや我が命運もここまでか」
それは代官の声でもあり、代官ともに来た兵士や戦闘奴隷の言葉でもあった。
どう考えても自分達の対処できる事態を超えていたのだ。
諦めるのは分かる。
分かるが……。
「諦め切れる訳ないだろうが!」
俺が、諦め切れる訳が無い。
訳も分からず転生して生まれ、さらには農奴として明日も分からぬような身分として生きなければならず、さらには魔物に早々に殺されて死ぬ運命など受け入れられる訳が無い。
何事かと多くの人達がこちらを向くがもはや自分を隠す必要などない。
代官から戦闘の許可は頂いているのだ。
俺は迷わず前へと出る。
そのまま村の入り口へとオーラを使って肉体を強化して移動する。
「待っ」
「ジェームス!」
代官の声に被せるようにして両親が俺を呼ぶ声がしたが俺は止まらない。
俺はそのまま村の外へと飛び出すと茂みの中からゴブリンから奪って整備した武器と魔石を詰めてくるんだ毛皮を取り出した。
四歳児がいきなり機敏に動き出したと思ったら草むらの影から次は次はと武器を取り出しては後ろに放り投げるのだ。
その数は五十以上もあり、大人を武装させるには十分の数があり思わず後ろで息を呑む声が聞こえた気がした。
それすらも放置して俺は自分の体格にも合った解体用の一番鋭いナイフと魔石だけを持って前方の魔物の軍団に向かって走り出す。
何やら後ろで叫ぶ声が増えた気がするが気にしない。
どんな命令でも聞こえなければ従うことはできないのだ。
俺は全力で駆け出すと魔物達の先頭に躍り出る。
単体で現れた俺に戸惑う魔物達に迷うことなく魔法をぶち込んだ。
「ファイアボール!」
普段より意気も魔力も込めたファイアボールは凄まじい回転を持ってして魔物へと着弾する。
一瞬で魔物の頭部を消し飛ばし、更に後ろにいた魔物を巻き込んで最後には軽く爆発までしていた。
今は素材よりも威力を重視したが相変わらずファイアボールの威力は凄まじい。
「ギイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
「ギャッ!ギャギャッ!!」
ゴブリンの怒りの声が聞こえるがそれを黙らせるようにして無言でファイアボールを連発する。
自身の周囲にファイアボールを四つ浮かべるとそれを見える範囲に無差別に放出していく。
着弾と同時に次を生み出し、次へ次へと魔法を放っていく。
自分で溜めていた分の魔石もあるが周囲にはこんなにも魔石が大量にあるのだ。
自分の魔力を使って魔法を生み出す必要が無い分遠慮無く魔法を使っていく。
生憎周囲は草原で水気を含んだ草であり、ゴブリンも身に纏うのは毛皮のみで大きな火事になるような心配も無い。
ゴブリンの異臭と血肉が焦げる臭いで鼻がすでに麻痺しており、アドレナリンが出過ぎて痛覚も無くなっている気がする。
「うおおおおっ!」
「ギャアアアアッ!」
叫びながら走り、魔法を放ち続ける。
止まったらそこで人生が終わりなのは分かっている。
動き続けて弾幕を張るしかない。
ゴブリンの声が聞こえた方に向かって意識して魔法を飛ばし、自分の周囲から魔物を殲滅する。
「うおおおおああああっ!」
「ギャッ!」
「ブギャッ!」
魔力の使い過ぎか、血の臭いと戦闘の高揚感のせいか、次第に思考力が無くなっていく。
機械のように音に反応しては魔法を飛ばしていたが段々と音も聞こえなくなってくる。
視界の中に映り込んだ動くものに対して魔法を放つ。
魔力の反応があればナイフを突き出し、魔石を抉り出すとさらに魔法を放つ。
「ああああああああっ!」
声帯が切れても構わないほどに声を出す。
すると魔物の注意がこちらに向く。
反応したそれらに魔法を放つ。
もはや機械のようにそれらをこなしていく。
「うっ……がああああっ!」
段々と体の動きが鈍くなり始め、たまに体が魔物にぶつかってはぶつかった魔物に魔法を放つ。
次第に魔石を拾う暇がなくなり、自身の魔力を使って魔法を放つ必要がでてきた。
そうしていくうちに次第に魔物の数が少なくなってくる。
逃げたのか、倒したのか。
傍にいた最後の魔物を魔法で消し飛ばすと一瞬の間が空く。
そのときそいつは現れた。
「グガアアアアアアアアアッ!」
大地を叩き割るかのような咆哮を上げこちらにドスンドスンと巨体を揺らしながら近づいてくる。
それはゴブリンの見た目をしていながらゴブリンでは無かった。
俺の体の二倍はあろうかという斧を片手にこちらに走り寄ってくる姿はまるで戦車のようであり、周囲の魔物が道を譲るかのように逃げていく。
背後で悲鳴のような人間の声が聞こえた気がする。
それは明らかにこの異様なゴブリンに向けられたものであろう。
普通のゴブリンの三倍近い体を持つゴブリン。
「お前がリーダーか!」
俺はこの世界に来て初めて魔物の本当の脅威に立ち向かう。