海崎慎也まとめ
このシナリオは作者個人の空想、すなわちフィクションです。
そのつもりで、お読みください。
20XX年、この年の大河ドラマに選出されたのは、『推古天皇』だった。
そしてなんと、その配役発表の記者会見の場に姿を現したのは、その本人だった。
推古天皇「私が推古天皇です。
女の身で大河ドラマの主役というのは、荷が重いとも思えますが、どうか視聴者の皆様、よろしくお願いいたします。」
推古天皇は、日本で最初の女帝で、聖徳太子を摂政に迎え、官位十二階や十七条の憲法などを成立させるように指示をした。
また、遣隋使を派遣するよう、聖徳太子に指示をしたのも推古天皇だった。
いわゆる飛鳥時代と呼ばれる時代は、蘇我馬子が絶対的な権力を掌握していた。
いわば『蘇我天皇』とでもいわんばかりに、次々と天皇を入れ替えては、裏で操るということを繰り返していた。
聖徳太子の父は、用明天皇。
その用明天皇の妹が推古天皇。
兄である用明天皇の死をきっかけに、蘇我馬子と物部守屋の争いとなり、やがて物部守屋は、聖徳太子の母の弟である、穴穂部皇子を次の天皇に擁立しようと画策する。
しかし、その穴穂部皇子も蘇我馬子によって暗殺され、物部守屋も討ち取られる。
その後、崇峻天皇が暗殺された後に、女だから、という理由だけで蘇我馬子に指名されたのが、推古天皇だった。
穴穂部皇子や崇峻天皇はいわば、推古天皇から見れば、従兄弟という関係。
その従兄弟たちが殺されるのを見ていた、そして次は自分が、名ばかりの天皇に起用されるのか…。
そこで、自らの兄の子、甥にあたる聖徳太子を、摂政に指名した。
女なら、都合よく操れるだろうと思っていた蘇我馬子から見れば、あてがはずれたというわけだ。
その推古天皇の役を演じる女優は、今をときめく国民的女優、綾瀬ミチル、そして聖徳太子を演じるのが、若手実力派俳優の海崎慎也、そして聖徳太子の妃の役が、大瀬すずという豪華な配役となった。
《なお、これらの女優、俳優の名称は全てフィクションの設定です。》
海崎慎也…『時代劇の申し子』と呼ばれる期待の若手俳優。
デビュー作でいきなり、藩政を牛耳っていた悪代官と悪奉行と悪家老を殺し、脱藩して人斬り稼業に身を投じた浪人者の男を演じた。
綾瀬ミチル…当代一の国民的若手女優であり、当代一のセクシー女優でもある。
また、大河ドラマのヒロインを演じた他、紅白歌合戦の司会もつとめた経験がある。
大瀬すず…綾瀬ミチルの次世代のエース女優。
朝ドラヒロインをつとめてブレイクし、その年の紅白歌合戦の司会を史上最年少でつとめる。
夢は朝ドラヒロインと、大河ドラマのヒロインの両方をつとめること。
このシナリオは作者個人の空想、すなわちフィクションです。
そのつもりで、お読みください。
20XX年、この年の大河ドラマに選出されたのは、『中大兄皇子と中臣鎌足』だった。
そしてなんと、その配役発表の記者会見の場に姿を現したのは、その本人だった。
中大兄皇子「私が本物の中大兄皇子です。」
中臣鎌足「私は本物の、中臣鎌足です。」
このコンビは、大化の改新を起こし、後に天智天皇と藤原鎌足という名前となる。
蘇我入鹿を討ち取って、大化の改新を成功させたという実績はあるが、
その実際の素顔はどのようなものだったのかということは、知る者は意外に少ない。
だから、そういう面を伝えていければ、ということで決定したんだそうだ。
そして、この2人の役を演じる現代の俳優はというと、この2人だ。
中大兄皇子…小林ISSA【こばやしいっさ】
中臣鎌足…松尾真剣蝋【まつおまっけんろー】
という現代の俳優2人である。
《なお、これらの女優、俳優の名称は全てフィクションの設定です。》
大河ドラマはついに古代路線に走ったな。
この古代路線の第一弾が『推古天皇』、第二弾が『中大兄皇子と中臣鎌足』ということになる。
大河ドラマではときおり、なんでこんな人がこの人物の役なんだ、こんな変なやつを出すな、ミスキャストだ、といわれることもある。
このシナリオは作者個人の空想、すなわちフィクションです。
そのつもりで、お読みください。
20XX年、この年の大河ドラマに選出されたのは、『壬申の乱~二人の皇子』だった。
そしてなんと、その配役発表の記者会見の場に姿を現したのは、その本人だった。
しかも本来は敵同士、壬申の乱を起こした側と、乱を鎮圧しにいった側とが、まさに、呉越同舟=敵同士が同じ船の上にいることから、という状況だ。
大友皇子「私が大友皇子です。」
大友皇子は天智天皇の嫡子。一方、大海人皇子は天智天皇の弟にあたり、反乱を起こした側の大海人皇子が勝利するという結果に終わっている。
大海人皇子「私が大海人皇子です。」
この大海人皇子が、後の天武天皇となる。
壬申の乱って何?何が原因でそうなったの?という人のために。
壬申の乱とは、要するに天智天皇の跡目争いということ。
天智天皇は、大化の改新を達成した中大兄皇子が天智天皇と名乗った。
前の天皇が死去して、その息子と弟とが、跡目を争って戦をした、という話だ。
天智天皇の息子の大友皇子が次の天皇に擁立されようとしていたところを、
天智天皇の弟である大海人皇子が割って入り、そして大友皇子が次の天皇になることを不服として、反乱を起こした。
それで、反乱を起こした側の大海人皇子の方が勝利して、天武天皇として即位することになった、という話だ。
それで、この後の問題は空想ではなく、本当に現実の問題だ。
視聴率があまりにも低く、打ち切りレベルにまで下がった場合、
『半年大河』『三ヶ月大河』『今やってるのを打ち切りにして、別のやつに差し替える』
などといったことは本当に検討されているのか!?
それとも何も考えていない、考えようという気もないんじゃないかと、疑問に思う。
これはもう、どの人物をテーマにするかとか、
あるいは誰を主演にするかといったレベルの話ではなくなってきているかもしれない。
じゃあ、本当に打ち切りなら打ち切りで、完全終了なら完全終了で、正式に記者会見して発表したとして、やるような後番組はあるのか!?といった意見もありそうだ。
実際にこれは、物議をかもしてもおかしくなさそうなんだけど、いやもう、本当に無関心なのかな…。
このシナリオは作者個人の空想、すなわちフィクションです。
そのつもりで、お読みください。
20XX年、この年の大河ドラマに選出されたのは、『菅原道真』だった。
そしてなんと、その配役発表の記者会見の場に姿を現したのは、その本人だった。
菅原道真「どうも、私が本物の菅原道真です。」
そしてそこには、菅原道真の追い落としを画策した悪役たちも同席していた。
そしてその、大河ドラマ菅原道真の役を演じる現代の俳優は、
またもや、海崎慎也となった。
女子アナ「おめでとうございます!
前作の大河ドラマ『推古天皇』の聖徳太子役に続いて、またも大役が回ってきましたね。
今度は、あの学問の神様といわれる菅原道真公の役ですが、意気込みのほどをお聞かせ願えませんか?」
海崎慎也「今回の菅原道真役では、大宰府へと左遷され、都に戻れる見込みも無くなった、その悲哀のほどを特に表現したいと思っています。」
女子アナ「ご期待しています!」
そして国営放送では、いよいよもって大河ドラマの『半年大河』『三ヶ月大河』『大河ドラマ打ち切り後の後番組は?』という話が、まことしやかに囁かれ始めていた。
そんな中で、まさに救世主として現れたのが、
他でもない、人気役者の海崎慎也だった。
しかしその海崎慎也に対する、妬みや嫉みも、業界の中にはあった。
「また、海崎慎也かよ。
しかも今度は菅原道真かよ。他にふさわしい役者はいないものかねえ。」
そんな声がある一方で、
「海崎慎也こそ、この先の大河ドラマ、時代劇、役者界を担っていくにふさわしい人材だ。」
国営放送だけでなくて、民放でも時代劇や歴史ドラマ自体が少なくなっており、2時間ドラマでも、連ドラでも、現代ものの『刑事もの』や『仕事もの』ばかりが目立つ。
このシナリオは作者個人の空想、すなわちフィクションです。
そのつもりで、お読みください。
20XX年、この年の大河ドラマに選出されたのは、『杉原千畝』だった。
そしてなんと、その配役発表の記者会見の場に姿を現したのは、その本人だった。
杉原千畝「私が外交官の杉原千畝です。
もしかして、君が今回、私の役を演じてくれることになった、海崎慎也君だね?」
海崎慎也「はあ、そうですが、まさか本当に、本物の杉原千畝さんが来てくださるとは…。」
女子アナ「私もついに、海崎慎也さんのファンになりました!
それで、ファンクラブの方にも加入させていただきました!」
この話はこのくらいにして、本題。
第二次世界大戦中に、わが国日本は、こともあろうにヒトラーのナチスドイツと手を組んでいた。
ナチスドイツがユダヤ人に対する迫害を行ったことで、ユダヤ人たちは別の国への逃亡を画策していた。
このまま国に残っていたら、殺される。
まさに、わらをもつかむ思いで、大使館を訪れていたユダヤ人たち。
リトアニアのカウナス領事館に勤めていた杉原千畝は、そんなユダヤ人たちに、ビザを発給することを決意する。
しかし日本はナチスドイツと同盟を組んでいた。
考えてみたら、日本もまた、ナチスドイツとともに戦争を行っている国なのに、そんなところに逃げて大丈夫なのか?という疑念が無かったわけでもない。
しかしそれでも、杉原千畝はビザを発給し続けた。外務省や軍部の命令に背いてでも、ビザを発給し続けるその姿に、いつしか心をうたれるようになっていった。
結局、約6000人ほどに対してビザを発給し続けたという。
実は『杉原千畝』は20XX年までの間に、民放の2時間枠などでは何度もドラマ化されていた。
ぜひ、大河ドラマでも放送してほしい、という要望書や署名が、何度も何度も、国営放送の方に届いていた。
そしてついに、それが実現したというわけだ。




