2025年大阪万博 祝!大阪万博決定!
2018年11月23日、ついに、2025年の大阪万博が決定した。
1回目の投票でも優位に立ち、2回目の決選投票でライバル都市に勝利して、大阪は1970年の万博以来、2度目の万博開催を決めた。
そもそも『万博』は、正式名称は『万国博覧会』という名称で、1851年に第1回の万博がイギリスで開催されたのが最初だ。
産業革命を経て、大英帝国と呼ばれるまでになったイギリスが、国の威信を示すために開催したという。
19世紀はヨーロッパとアメリカで交互に開催され、特にパリでは何度も開催され、幕末の日本からも作品が出品された。
1889年のパリ万博の入場口として建設されたのが、今もパリの象徴となっている、エッフェル塔だ。
日本では1970年の大阪万博と、2005年の愛知万博が開催されたことで有名だ。
当時、日本は高度経済成長のまっただ中。
いつの時代も、万博は、その時代に国として勢いのある国で開催される、というのが定例となり、それは歴史が証明している。
オリンピックやサッカーW杯が、4年に1度の開催と決まっているのに対し、万博は近年では5年に一度の開催となっているそうだ。
大阪での万博開催は、あの1970年の大阪万博以来、55年ぶりとなる。
『万博』といっても、実はいろんな『万博』があって、『万博』と名前のつくものは全て『万博』として扱われている。
今回は大阪、バクー、エカテリンブルグの3都市で投票が行われ、3分の2の得票数を獲得すれば一発で決まり。
3分の2の得票数を獲得することができなければ、最下位のところがふるい落とされ、上位2都市による決選投票となる。
最良の結末は、1回目の、3都市による投票で、すんなり自分たちの推薦する都市に決まること。
たとえ決選投票になったとしても、より多くの得票数を確保できれば、それで勝利となる。
決選投票で負けたら終わりだが、最悪なのは最下位で終わって決選投票にも進めないこと。
その結果、1回目の投票では3分の2は獲得できず、まずは最下位のところが落選。それから決選投票が行われた結果、大阪がより多くの得票数を獲得し、万博の開催地に決まったという。
そして、めでたく2度目の大阪万博の開催が決まった暁には、こんなことも考えられる。
2025年の大河ドラマが、大阪万博にちなんだ人物になる、というもの。
そうなると、1970年の大阪万博で太陽の塔を設計した、岡本太郎の生涯が、大河ドラマになる可能性も出てくる。
芸術は爆発だ!の名言でも知られる。
生没年は1911年【明治44年】~1996年【平成8年】。
2019年の大河ドラマが、日本最初のオリンピック選手として出場したマラソンランナー、金栗四三と、それからもう1人は、こちらの人物となった。
1964年【昭和39年】に開催された、あの東京オリンピックの招致活動の陣頭指揮を取ることになった、田畑政治という人物。
これは明らかに2020年の東京オリンピックを意識しての人選だと思われるので、
2025年の大阪万博の時も、大阪万博を意識して、そういう人選を行うのではないか、と推測される。
現時点では空想、推測の域を出ないが、とにかくそのように推測する。
とにかく今は、祝!大阪万博決定!おめでとう!と言って、素直に喜ぶとしようではないか。




