大河ドラマ主人公人物候補~『狩野永徳~絵師の目線から見た戦国の世~』
もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。
名前
狩野永徳
よみかた
かのうえいとく
職業
狩野派の絵師
備考
約400年続いていく狩野派の中で、主に安土桃山時代に活躍した、狩野派だけでなく、日本の歴史に名を残す絵師の中でも、最も名の知れた一人でもある。
生没年
1543年【天文12年】~1590年【天正18年】
時代区分
戦国、安土桃山時代
アピールポイント
そもそも狩野派って?昔の絵師の家系だって聞いたけど?そんな疑問から始まる。
絵師などの職業の人物たちは、大河ドラマのようなドラマよりも、むしろ古美術鑑定の番組などでよく登場してくる。
織田信長、豊臣秀吉といった天下人に仕え、安土城、聚楽第、大坂城などの障壁画を描いた。
狩野派は代々、御用絵師の家系であり、その親や兄弟もまた、絵師として活躍した。
父 狩野松栄
祖父 狩野元信
曾祖父 狩野正信
【狩野派の初代、400年続く狩野派の祖】
弟 狩野宗秀
狩野山楽
子 狩野光信
狩野孝信
狩野永徳には数多くの代表作があるが、その中には所在不明の作品も少なくない。
また、人気絵師はその人気ゆえに、贋作も極めて多く作られている。
また、城の障壁画は城の焼失とともに、作品もまた焼失してしまう。
以下は、狩野永徳の現存する、現存が確認されている代表作の、ごく一部となる。
『唐獅子図屏風』
『洛中洛外図屏風』
『聚光院障壁画』
このような作品を描いている。
織田信長や豊臣秀吉、また公家の近衛前久などといった人物たちを、御用絵師という立場で間近で見てきた。
織田信長が本能寺の変で没した後は、豊臣秀吉の御用絵師となる。
千利休は茶人として織田信長や豊臣秀吉に関わってきた。
一方で狩野永徳は、御用絵師として、織田信長、豊臣秀吉といった天下人たちに関わった。
それにしても、もう残っていない作品も多いんだなあ…。
戦乱の炎は、芸術作品をも焼き尽くすとは、まさにこのことだ。




