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琉球王朝について作者なりの評伝

日本の城や、中国の城とは異なる城郭【グスク】の文化を築いたという、琉球王国。

その最高傑作ともいわれるのが首里城である。

現在は首里城公園になっている、その敷地内に当時の城郭【グスク】がある。


15世紀、1429年に琉球王朝は三山を統一して成立したが、それ以前は三山時代と呼ばれ、三山という三つの勢力に分かれ、日本の戦国時代のような群雄割拠の状況だった。

中山、山北、山南の三つに分かれ、山北は北部、中山は中部、山南は南部を統治していた。


第一尚氏王統の初代の王となった尚巴志王(しょうはしおう)は、南山の佐敷(さしき)按司(あんじ)となる。


按司(あんじ)とは、王子の次の地位を表す、琉球独特の呼び方という。


まず中山の武寧(ぶねい)王を攻撃し、察度(さつと)王統を滅亡させるところから、沖縄本島の全土統一への戦いを始めた。


そして、首都を浦添から首里【現在の那覇市】に遷都(せんと)した。


さらに北山王国と南山王国を滅ぼし、これにより中山、山北、山南の三山を統一した。


ここまでが尚巴志王(しょうはしおう)に関する簡単なあらすじ。


最初に琉球を統一した、第一尚氏王統はその後、なかなか安定せず、第二尚氏王統の時代になってようやく安定治世の時代となった。


もしも沖縄を舞台にした大河ドラマを検討するなら、三山時代から、第一尚氏王統によって統一されるまでの時代、

あるいは第一尚氏王統の時代から第二尚氏王統に移り変わるまでの時代も、検討してみる価値はあるようだ。




本土とはまた異なる歴史を歩んできた琉球王朝。

むしろ本土の人々にこそ、琉球王朝を舞台にした歴史ドラマを見せたいと思うし、それを是非とも、見てもらいたい。

それを見て、何を感じるかという本土の人々の反応も、また見るべきものかもしれない…。



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