安倍晴明という人物について作者なりの評伝
もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。
名前
安倍晴明
よみかた
あべのせいめい
職業
陰陽師
官位
従四位下、播磨守
備考
陰陽師といえば、悪霊や物怪などを退治するイメージだが、実は占い師や、予言者のような役割だったとも…。
生没年
921年~1005年
時代区分
平安時代中期頃
アピールポイント
またまた平安時代の人物だが、今度は陰陽師の安倍晴明。
生まれた時期は紫式部や清少納言などよりもずっと前だが、
同時代の一条天皇や藤原道長らの信頼も厚かったという。
陰陽師の家系の、安倍家【土御門家】の祖とされ、家系は明治時代まで続いたとされる。
陰陽師とは、どのような役割の人たちだったのか?
映画とか小説とかの中では、魔法のような、いろんな術を駆使して悪霊とかを退治する、というように描かれているが、実際の、史実の姿はどんなだったのだろう、という興味がある。
調べてみたところ、どうやら陰陽五行思想によって、占術による方術を行うなどと書かれていたが、難しい専門用語が数多く登場してくるので、それらを理解できるかどうか…。
現在は、安倍晴明神社に祭られているそうだ。
いったいなぜ、陰陽師が悪霊退治のイメージで語られたかについても、作者なりの推察。
当時、都では貧困にあえぐ民が急増し、また、それに伴い飢餓や疫病などが蔓延していた。
当時は科学技術など未発達で、現代では迷信とされているようなことが、本当にあることだと信じられていた時代。
現代の科学技術なら簡単にわかるようなことだが、そのようなものはまだ存在していなかったため、当時の人々は迷信をそのまま信じていたという。
悪霊や、物怪、鬼、魔物といった存在が本当に存在するものだと思っていた。
そして、人間たちにとって都合の悪いこと、災害や飢饉なども、全て悪霊や、物怪、鬼、魔物などの仕業とされていた。
これは現代でもそうなのかもしれない。『魔が差した』という言葉もある通り、凶悪殺人と近年続発する災害などは、本当に悪霊や魔物の仕業かもしれないと、思うことがある。
「ああ、どなたか悪霊を退治してくださらないだろうか…。」
そこに現れたのが陰陽師の安倍晴明だった。
こうして安倍晴明は、悪霊退治の英雄として、もてはやされることとなったという。
それから、もう1つだけ。
黄泉の国に旅立つ前に、遠い未来、50年ほど後に、この国に戦が起こる、という予言を言い残した。
1005年に安倍晴明が息を引き取った後、1051年に本当に戦が起きた。
それが、安倍貞任が起こした『前九年の役』という戦だという話を、聞いたことがあるが、それが本当なのか、それはわからない。
『安倍』という名字から、安倍晴明と安倍貞任は何らかのつながりがあったと、あるいは遠い親戚?といった関係性があったのでは?と推察する。
安倍晴明は本当に、1051年に『前九年の役』が起こるということを、予言できていたのか、本当のところはわからない。
しかし、もしもこれが本当なら、安倍晴明は未来の出来事を予言、予測するという能力を持っていたということになる。




