小野小町という人物について作者なりの評伝
もしもこの人物を大河ドラマにするなら…。
名前
小野小町
よみかた
おののこまち
職業
平安時代前期、9世紀頃の女流歌人
備考
絶世の美女の代名詞として今も語られる
生没年
生没年不詳、生誕や晩年に関しては諸説あり
時代区分
平安時代
アピールポイント
クレオパトラ、楊貴妃とともに、世界三大美女にまで数えられる小野小町だが、そもそも実在の人物だったのか?
本当にそんなに美しかったのか?などという疑問もあるようだ。
そうした疑問は置いといて、六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人としても数えられている通り、歌人としての力量は相応のものだったようだ。
『古今和歌集』の紀貫之も、小野小町の歌の才能を高く評価しているという。それと同時にその美しさも、歌の中で読まれている。
もしかして紀貫之自身、小野小町に気があったのではないか、あわよくば結ばれることも夢見ていた可能性もあると、推察する。
仁明天皇、文徳天皇、清和天皇の頃に仕えていたともいわれる。
そもそも実在すら疑われる始末なので、フィクションとして書ける要素はいくらでもある。
現在は、小野小町が名称の由来になった施設などが数多く存在する。
『こまち』や『小町』と名のつくものが、それである。
とりわけ秋田県に、小野小町に由来する名称の施設が多く存在する。
なぜなら、秋田県湯沢市が、小野小町の出生地としては最も有力な説だからだ。
そして晩年も、秋田県湯沢市近辺で過ごしていたとされる。
ただし、それを示す証拠は残っておらず、全国にここが出生地なのではないかと主張する地域があり、諸説ありという状況だ。
しかしながら、だからか、秋田の美女は秋田美人と呼ばれ、米の品種には『あきたこまち』というのがあり、秋田新幹線もまた『こまち』という。
出身芸能人にも秋田美人が多いという。
晩年は、年老いていくことへの虚しさを感じていたというのは、現代も変わらない。
人間の一生は短い、まして女の、美しい時は…。
『卒塔婆小町』とは、晩年の年老いた小野小町のことだという。
晩年は見る陰もなく、年老いてしまったという。
若く美しかった頃の事を思い出しながら、毎日を過ごしていたという。
年老いた没落貴族が、若くて権勢のあった頃を振り返るようなものか。
男でも女でも、いや特に女の場合は、そうなのか…。




