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都道府県別偉人伝【九州・沖縄】

都道府県別偉人伝も、ついに九州・沖縄ブロックで最後となります。




福岡県


旧国名は筑前国、筑後国で、版籍奉還、廃藩置県で福岡県になるまでは、筑前と筑後の2つに分かれていた。

江戸時代には北部の筑前国を福岡藩が治め、南部の筑後国を久留米藩が治めていた。

鎌倉時代から博多が栄え、大陸との交易の窓口ともなっていた。

古代には大陸との貿易の窓口でもあり、軍事、防衛の拠点でもあった太宰府(だざいふ)が置かれていた。




『菅原道真』


京の都を追放され、左遷(させん)された先が福岡の太宰府(だざいふ)であったことから。


『黒田長政』


軍師、黒田官兵衛の子で、福岡藩の藩主となる。


『立花宗茂』


立花宗茂も大河ドラマの招致活動が行われている一人。

大河ドラマの招致活動は落選続きでも長期戦覚悟で行う気概が無いと続かない。


大分県


『大友宗麟』


戦国時代に現在の大分県のあたりを領地としていた、キリシタン大名でもある。

島津義久を討ち倒すため、九州攻めを秀吉に進言したのは、この大友宗麟だった。


佐賀県


旧国名は肥前国といった。


佐賀県というと、有明海のドロドロの干潟の、泥の海をついつい連想してしまうのだが、他にも探せばいろんな名所や名産品が見つかるに違いない。


佐賀県といえば、唐津城も有名だが、伊万里焼などの焼き物も知られている。

佐賀県といえば、佐賀鍋島藩によって統治されてきたという歴史がある。


『鍋島直正』


肥前藩【佐賀藩】の幕末の頃の藩主で、佐賀鍋島藩の第10代藩主。

若くして前藩主の後を継ぎ、真面目で几帳面な性格だったという。

藩政の改革に務め、大隈重信らを重用したという。


『大隈重信』


肥前藩出身。倒幕運動に参加した後、明治政府の重鎮として長きにわたり活躍。

立憲改進党を結成したことはよく知られる。

早稲田大学の創設者としても有名で、日本で初めて野球の試合で始球式を行った。

二度、総理大臣を務めた。

1922年【大正11年】まで生き延び、83歳まで生きた。


長崎県


『平戸・出島のニ百年』


徳川幕府の鎖国体制下で、唯一オランダとの交易を行っていた長崎の平戸の出島の、二百年にわたる移り変わり。

特定の人物ではなく、特定の地域に密着した大河ドラマとなるだろう。

もちろんこれも実現すればの話だが。


熊本県


芸能人では石川さゆりや八代亜紀の出身地でもある。


『加藤清正』


旧国名を肥後国という。加藤清正が熊本城を最初に建てたのにも関わらず、清正の死後は細川氏の居城となる。

熊本地震以降は特に災害が多くなってきたように感じる、大河ドラマは今後、撮影、ロケすらままならなくなるという懸念がある。


金栗四三(かなぐり・しぞう)


日本人で最初にオリンピックに出場したマラソン選手は、熊本県出身。


また、2019年の大河ドラマ『いだてん』の主人公に、田畑政治と共に選出される。


熊本市の名誉市民にも選出された。


日本陸上界、日本マラソン界の発展に大いに貢献した。


宮崎県


『地域密着!宮崎県大河ドラマ』


宮崎県は旧国名を日向国といい、室町時代には群雄割拠の状態で、戦国時代になって薩摩の島津義久によって平定される。

江戸時代にも大きな大名が置かれず、天領と小藩があり、それらが分立していた状態だった。

出身有名人が多くなるのは、廃藩置県で宮崎県になってからの近代以降となる。


鹿児島県


芸能人の出身者には、森進一や西郷輝彦などがいる。

ついに鹿児島までやってきたぞ。


『島津の城』


平安時代から幕末まで、島津氏に統治されていた鹿児島県。

戦国~江戸初期の島津貴久、義久、義弘、豊久、家久、また幕末の斉彬、久光などが有名。


沖縄県


『琉球伝』


琉球王朝を舞台にした大河ドラマは、過去一度だけ放送されたが、薩摩の侵攻を受けて支配下にされるという内容だった。

今度は薩摩に侵攻されるよりも前の時代の、15世紀~16世紀頃の時代設定でやりたいという、作者個人の願望がある。

琉球も当時は、日本の戦国時代のような群雄割拠の時を迎えていた。


『尚巴志』


尚巴志王は1429年、三山を統一し、琉球王国を成立させた。


『護佐丸と阿摩和利の乱』


1458年に、尚泰久の統治の時期に、第一尚氏王統琉球王国で起こった内乱で、この両名は、英雄とも逆賊とも伝えられる。


『尚円王』


クーデターを起こして第一尚氏王統を倒し、第二尚氏王統の初代の王となる。


『尚真王』


尚円王の子。安定治世の時代を築く。


『オギヤカ』


オギヤカは尚円王の王妃となり、尚真王の生母となった。


『聞得大君』


オギヤカは後に聞得大君と名乗り、子の尚真王の統治する琉球王国を鎮護する。




また、沖縄といえば太平洋戦争において地上戦が行われた。


8月15日の日本の降伏後にも、占守島などではソ連軍との戦闘が続き、

樋口季一郎中将、池田末男大佐らの率いる守備隊が応戦したが、

あえなく8月21日に武装解除となった。

堤師団長率いる師団も武装解除を余儀なくされ、やがてソ連軍によって、シベリアに抑留されることになってしまった。


3月26日には硫黄島の戦いにて、栗林忠道陸軍中将が自決し、残った守備隊は総攻撃を行い全滅。


硫黄島を占領した米軍は次なる照準を沖縄へと向けた。


圧倒的な物量にものをいわせて、沖縄へ侵攻したアメリカ軍。


ついに6月23日、もはや万策尽きたと悟った総指揮官の牛島満中将は、

「私は沖縄の人々を守りきれなかった」と言い残し、自決した。

こうして沖縄はアメリカの統治下になったのだった…。


戦後は1972年に返還されるまでアメリカの占領下に置かれ、そして今なお米軍基地が置かれ、苦難を味わっている。


江戸初期の薩摩の侵攻があり、江戸時代には薩摩藩の傘下に置かれたが、薩摩との交流によって、栄えた産業もあった。


明治初期には廃藩置県によって、沖縄県となった。



また、太平洋戦争においては激戦地ともなり、当時の住民のうち、3人に1人が犠牲になるという悲劇に見舞われた。




以上、北は北海道から、南は九州・沖縄まで、全国偉人の旅、都道府県別偉人伝でした。


地方史の資料に載っているような人物などは、むしろ地元出身の人たちの方が、よく知っているのではないかと思った。




最近では全国で大河ドラマの招致活動が盛んになっているようだが、

招致活動だけ盛り上がっても、当然、費用と労力がかかるものであり、

実際に大河ドラマとして選出されないことには、意味が無い。

せっかく招致活動を熱心に行っても、何年も音沙汰(おとさた)無しということになれば次第に意欲も失せてくる。


全国にはまだまだこれだけ大河ドラマの題材になるような人物たちの物語があるのだから、

某国営放送の担当者の皆さん、ぜひとも検討のほどを、どうかよろしくお願いいたします。



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