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応仁の乱を扱った大河ドラマ『花の乱』について

応仁の乱は、大河ドラマでは1994年の『花の乱』で取り上げられている。


1994年に平安遷都1200年という、応仁の乱とはまた別の理由によって放送されることとなった。


室町時代を扱った大河ドラマでは、『太平記』が南北朝時代を扱った作品として知られる。


大河ドラマで数多くやっている戦国時代も、厳密に言えば、1573年に室町幕府が滅亡するまでは、室町時代という扱いになるそうだ。室町幕府の滅亡前後で時代区分が分かれ、室町幕府滅亡後は、織豊政権=織田・豊臣政権の時代とか、安土桃山時代とか言われるようになる。


南北朝でもなく戦国でもない、室町時代を扱った作品は、『花の乱』だけだという。


視聴率は振るわなかったらしく、1990年代までの大河ドラマの中では最も低かったという。


ただ、作者は当時から大河ドラマは毎回見ていた。


この『花の乱』も、当時見ていて、今も内容をなんとなくではあるが覚えている。


室町幕府8代将軍の足利義政と日野富子が知り合い、やがて日野富子が妻として迎えられる。


しかし日野富子にはなかなか子供ができない。


足利義政は、いつまでたっても子供ができない日野富子に対して苛立ち、ついには自らの跡取りに弟の義視【よしみ】を立てようとする。


「富子にいつまでも子ができないからじゃ。

わしの跡取りは、義視で決まりじゃ。」


ところがなんという運命の皮肉。まさにそこで、跡取りが生まれる。


「なんという皮肉じゃ、跡取りを欲しいと願うと跡取りができず、欲しいと願わない時になって、跡取りとなる男子が生まれるなど…。」


その時に生まれた跡取りが、後の9代将軍義尚【よしひさ】となる。


そして応仁の乱を迎える。


足利義政の側に細川勝元が着く。


日野富子の側に山名宗全が着く。


将軍家の跡取り争いに端を発した戦が、応仁の乱という、この後11年もの長きにわたり続く戦に発展していく。


応仁の乱で京の都が焼け野原になっていくさまを、日野富子の目線で見ていくという内容だった。


やがて細川勝元も山名宗全も逝去し、戦いに疲れて、戦いの目的も失った両軍が和議を結ぶ。


戦いで多くの命が失われたのに、その戦いのそもそもの原因をつくった、自分たちだけがこうして生き残ってしまったという負い目、後ろめたさのようなものを感じていたのは、日野富子も、足利義政も同じだった。


義政「もう、何もかもどうでもよい…。」


足利義政といえば銀閣寺を建てた人物でもあるが、その動機は、応仁の乱で打ち続く戦で、何もかも嫌になってしまって、俗世のことを忘れて過ごすため、ということだったらしい。


義政「もう、何もかも嫌になった、わしは寺にこもるゆえ、あとのことはよきにはからえ。」


しかし、作者の思うところ、応仁の乱という戦で命を落とした者たちの、菩提(ぼだい)を弔うためではなかったかと、作者の勝手な推測である。


義政は将軍職を義尚に譲り、義尚が9代将軍となるが、後見人となったのは、生母の日野富子。


応仁の乱の終結から12年後、失墜していた室町幕府の権威回復のために奔走していた義尚だったが、1489年に25歳という若さで病没してしまう。


翌年の1490年には夫である義政も病没。日野富子は息子と夫を相次いで失った。


しかし悲しむ暇もなく、日野富子は義視の子である義材【よしき】を10代将軍にする。


X-JapanのYoshiki【ヨシキ】ではなくて、足利義材【よしき】である。


義材【よしき】は名前をたびたび変えており、後に義稙【よしたね】と改める。10代将軍になり、一度は追放されるも、その後再び将軍に返り咲きを果たす。


義稙【よしたね】は2度、将軍になった。


この大河ドラマでは明応の政変の頃まで書かれる。


この時代は管領【かんれい】がたびたび入れ替わり、この頃は畠山政長が管領【かんれい】となっていた。


管領【かんれい】=室町幕府で将軍の次に偉い役職。細川、畠山、斯波の一族が代々かわりばんこで勤めていた。


やがて細川政元が、畠山政長を追い落とし、畠山政長が自害。細川政元が堀越公方【ほりこしくぼう】の足利政知の子である義澄【よしずみ】を起用するが、幼少であったため、後見人はそのまま細川政元が勤めた。


これで義材【よしき】=後の義稙【よしたね】も追放されてしまう。


そんなすったもんだがある中で、日野富子は病に倒れ、これまでの人生を振り返っていた。


そして、将軍の地位をめぐる争いは、義稙【よしたね】が勝つか、義澄【よしずみ】が勝つかと聞かれたら、


「もう、どうでもよい、よきにはからえ。」


と言い残し、日野富子は夫の義政や、これまでの人生で出会った人たちのもとへと、旅立っていった。



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