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大河ドラマを愛する全ての者たちへ

大河ドラマという番組がある。


毎週日曜日、夜8時に放送されている、あの番組のことだ。


歴史上の人物が登場し、その歴史上の人物たちを、大御所俳優から、今をときめく若手の俳優、さらには子役、さらにはちょっとクセのある役者などが、一同に会し、それぞれの人物たちの役を演じる。


大河ドラマは、まもなく放送開始から60年になろうとしている。


大河ドラマはいい!さあ、みんなで大河ドラマについて語ろう!


これまでの大河ドラマから、これからの大河ドラマまで、語り合おう。

大河ドラマとは、1963年【昭和38年】に始まり、現在まで続いている、歴史上の人物たちを題材にしたドラマのこと。

歴史上の人物たちをテーマにしてきたが、いつしか大河ドラマそのものが、長い歴史を歩んできた。

昭和、平成、令和と、長きにわたり放送されてきた中で、幾多の紆余(うよ)曲折(きょくせつ)もあった。

2023年【令和5年】には、放送開始から60年という記念の年を迎える。


2021年4月に加筆を行いました。


思い返せば、ほんの数年前は、こんなことを書いていた。以下の通りの内容だ。




2018年4月18日に初回投稿を行いました。


大河ドラマに関する緊急提言。独断と偏見ですが。




ここ何年か大河ドラマは視聴率低迷となることが多い。【2018年4月18日時点】


その理由としてあげられることをいくつか。


1 時代設定が戦国→幕末→戦国→幕末と、戦国と幕末を行ったり来たりで、それ以外の時代はやらないのか!?と思う。


それ以外の時代といっても、源平の合戦か忠臣蔵か、といった感じで。


一時期近現代路線をとったこともあったが、2000年代に入ってからは戦国と幕末を行ったり来たりが続く。


近現代といっても明治の初めか、あるいは第二次世界大戦頃か、東京オリンピック頃までで、


それ以降の昭和40年代以降の時代は、大河ドラマではまだほとんどテーマになったことが無いのではないか。


2 配役が悪い、ミスキャスト、なぜこの役者がこの人物なの?

いやそもそも今の時代の役者には、歴史上の偉人の役を演じるのは無理があるのか!?と思う。


3 脚本が悪い、いやそれ以前に原作もイマイチ、そんなのを大河ドラマにして、誰が見たいと思うの?


4 他局の裏番組

他局のせいにするな!と言われそうだが、実際に大河ドラマと同時間帯の他局の番組の方がそれなりに視聴率をとっている。


5 そもそも歴史に興味のない人が増えた

現代の生活環境は、過去の時代とは比較にならないほど変わってしまった。

民放でも時代劇やらないし、現代の文明社会での生活が当たり前のものになってしまったから、逆に、そうでなかった頃の時代の人たちの生活って、どんなだったの?

えーっ、こんなだったの?といった感じ。


6 女を大河ドラマの主人公にするな


こんな意見もあったが、正直これは、女性蔑視(じょせいべっし)だろう!というのが、個人的な感想だ。


7 朝ドラの方が人気があるということ


最近は朝ドラでも、現在まで続く老舗(しにせ)企業の創業者の話をモデルにしているものが多く、朝ドラが大河ドラマみたいになっているようだ。

視聴者層はもしかしたら定年を迎えて年金暮らしで家にいるような世代のおっさんとかが、思いのほか多いんじゃないかとか、勝手な推測をしたりする。

どうせお偉いさんになろうが、ヒラのサラリーマンで終わろうが、定年を迎えてしまえばただの人、肩書きが無くなったら何も残らない。

だから、歴史上のお偉いさんよりも、若くてかわいいヒロインの話の方が人気があると、これも作者の勝手な推測だ。


そこで次は、2020年以降、大河ドラマが存続していけるかどうかも含め、緊急提言とする。






これは個人的な要望でもあるのだが、たとえば、こんな内容の大河ドラマはどうか。


スタートは終戦直後の焼け野原の時代から。


4世代の4人の主人公が登場する。


第1世代 復員兵、引き揚げ者


第2世代 団塊の世代


第3世代 団塊ジュニア世代、1970年代頃の生まれ


第4世代 団塊ジュニアジュニアの、2000年代生まれ


以上、これが4人の主人公だ。この4人の、それぞれの世代の主人公を軸として、この大河ドラマは展開していく。


始まりは第1世代の復員兵が、焼け野原の東京に帰還するところから始まる。


そこで、米兵にからまれている女を見かけ、その女を助けに行き、米兵たちを殴りとばし、女を救出する。


その復員兵と女はやがて結婚し、第2世代の団塊の世代である長男が誕生する。


もちろん、第3世代と第4世代の主人公は、その頃まだ生まれてもいなかったので、この話は後になってから、親たちから聞くことになる。




2020年の大河ドラマは、早くも明智光秀が題材ということで決定したそうです。まずは伝えておきます。




さてと、お次は、2020年以降、大河ドラマが存続していけるかどうかも含め、緊急提言とする。




『緊急提言!大河ドラマ!俺ならこんな大河ドラマを作りたい【昭和の戦後・平成編】』


まあどうせ、某国営放送は、この提言を受け入れないだろうから、ここでなら勝手に何でも書けると思って。


これは個人的な要望でもあるのだが、たとえば、こんな内容の大河ドラマはどうか。


スタートは終戦直後の焼け野原の時代から。


4世代の4人の主人公が登場する。


第1世代 復員兵、引き揚げ者


第2世代 団塊の世代


第3世代 団塊ジュニア世代、1970年代頃の生まれ


第4世代 団塊ジュニアジュニアの、2000年代生まれ


以上、これが4人の主人公だ。この4人の、それぞれの世代の主人公を軸として、この大河ドラマは展開していく。


さらに、4人の主人公たちの名前も、伝えておく。


第1世代 復員兵


山本五十七(やまもと・いそなな)


五十七と書いて、いそななと読む。満州で経験した戦争の傷を引きずっている。


第2世代 団塊の世代


山本昭一(やまもと・しょういち)


若き日はグループサウンズや、甲子園のアイドルたちに熱狂する女子たちにしかめっ面をし、やがて大学に入ると、次第に学生運動にのめり込んでいく。


第3世代 団塊ジュニア世代


佐良翔大(さがら・しょうだい)


両親が離婚して母方に引き取られ、再婚相手の姓を名乗ることに


第4世代 団塊ジュニアジュニアのゆとりさとり世代


佐良大輝(さがら・だいき)


ゆとり、さとり、団塊ジュニアジュニアとあるが、大人たちによって勝手に、いっしょくたにされているだけだと感じている。




始まりは第1世代の復員兵が、焼け野原の東京に帰還するところから始まる。


当時、日本はまさに敗戦直後、アメリカのマッカーサー元帥率いるGHQの占領下にあった。


そこで、米兵にからまれている女を見かけ、その女を助けに行くところから、物語は動く。


「おい、お前、復員兵か。

敗戦国の、占領下の、敗残兵の分際で。」


「おい、アメリカ兵、戦争に勝ったからといって、調子に乗るんじゃねえぞ。」


そして喧嘩(けんか)となるが、


ドガッッ!!バシバシッ!!


「どはっ!」


「ぐっ!」


復員兵、山本五十七(やまもと・いそなな)は米兵たちを殴りとばし、女を救出する。


日本人の復員兵がアメリカ兵を叩きのめすシーンは、アメリカとの戦争で負けて何もかも失い、敗戦にうちひしがれていた人々に歓喜をもたらした。


「ああ、助けてくださいましてありがとうございます。

私は引き揚げ船で引き揚げてまいりました、八重子(やえこ)といいます。」


「例を言われるほどでもない、アメリカ兵たちの行いが目に余ったのでな、

俺は復員兵として帰還した、山本五十七(やまもと・いそなな)と申す。」


これが2人の出会い。


その復員兵、山本五十七(やまもと・いそなな)と、その女、八重子はやがて結婚し、第2世代の団塊の世代である長男が誕生する。


時は流れて昭和23年、長男の昭一(しょういち)が誕生する。


ラジオからは、岡晴夫の『あこがれのハワイ航路』が流れていた。


もちろん、第3世代と第4世代の主人公は、その頃まだ生まれてもいなかったので、この話は後になってから、親たちから聞くことになる。


そして、この大河ドラマの見所の一つは、各世代、各時代の流行歌、ヒット曲が挿入歌として流されること。


たとえば、終戦直後のこの時代なら、並木路子の『リンゴの唄』など。


岡晴夫の『東京の花売り娘』も流れる。五十七(いそなな)にとって八重子(やえこ)はまさにその『東京の花売り娘』だった。


もちろんこれらの歌は、雰囲気をつくるための、あくまでもBGMとして扱われる。


山本五十七(やまもと・いそなな)は、翔大(しょうだい)から見れば祖父で、大輝(だいき)から見れば曾祖父にあたる。


したがって、翔大(しょうだい)大輝(だいき)の世代から見れば、曾祖父や祖父といった世代の人たちの時代から、この大河ドラマは始まるということになる。


山本五十七(やまもと・いそなな)

生没年

(大正6年~平成元年)

山本八重子(やまもと・やえこ)

生没年

(大正13年~平成30年)




再び昭和・平成編。ここからは妻、山本八重子の回想になる。


平成30年に亡くなることになる八重子は、生前最後になって、終戦直後に夫の五十七(いそなな)と知り合ってから今までの歩んできた人生を回想していた。


「もうすぐ平成も終わりなのですね。

昭和が64年まで続いて、それから平成が31年続いてきた。」


回想は続く。


「でもまあ、昭和の戦後も、平成も、それなりによかったじゃないですか。

戦争さえ無ければ、それでよかったんですよ。

敗戦直後の米軍占領下なんて、地獄でしたよ。」


夫の五十七(いそなな)は既に他界。その後を追うように、八重子も永遠の眠りにつく。


場面は移り、八重子の葬儀の場面となる。


喪主(もしゅ)は長男の昭一(しょういち)がつとめる。


八重子の孫の翔大(しょうだい)とひ孫の大輝(だいき)も参列している。


ひ孫の大輝(だいき)曾祖母(そうそぼ)の葬式であるにも関わらず、スマホいじりをしていて、周囲から注意されていた。


戦争を知る世代がいよいよ少なくなっていく中で、


平成生まれや21世紀生まれの世代は、


平成の次の新しい年号の時代を間もなく迎えようとしている。


大輝「別に年号なんか気にしたこと無いよ。

もうめんどくさいから、年号なんて無くして西暦だけにしちゃえよ。」


翔大「祖母からはいろいろと戦争の話とか聞かせてもらっていたな。

これからはもう、直接経験した世代が完全にいなくなっていくんだな。

そう思うと、これからどうなるんだろうって。」


昭一「明治、大正、昭和、平成と生きてきたお年寄りとかいたけど、ついに昭和の戦後生まれの俺たちも、昭和、平成、そして次の年号で3つ目だな。

おふくろも亡くなって、なんだか急にすごく年をとったような気がしないか。」


三世代それぞれ、思いは違うようだ。


葬儀は進み、最後の別れ、そして火葬場(かそうば)のシーンとなり、火葬場(かそうば)の煙が天高くのぼっていく。


ここで場面は、大正6年の時代に移り変わる。


時は大正6年。これはまだ八重子が五十七(いそなな)と知り合うよりも前の時代の話。


ヨーロッパでは第一次世界大戦が行われていた頃の山本家。そこに男児が生まれる。それが五十七(いそなな)だった。


元気な男の子として生まれた五十七(いそなな)


五十七(いそなな)の父は、軍人の権兵衛(ごんべえ)。偶然にも薩摩藩出身の総理大臣経験者と漢字は同じ。


五十七(いそなな)を生んだ母は、(べに)といった。


五十七(いそなな)が生まれた翌年の大正7年は、ようやく第一次世界大戦が終わったものの、国内では米騒動、世界的にはスペイン風邪の蔓延(まんえん)などがあり、世の中は騒然としていた。


権兵衛「おい、米騒動への対応に批判が集まって、寺内正毅内閣が総辞職したらしいな。」


紅「その後がなんと、平民宰相の原敬(はら・たかし)というらしいよ。

華族でも藩閥出身者でもない、平民宰相なんぞに果たして本当に政治を任せて大丈夫なのか?という声もあるらしいけど。

私は別に、平民でも何でもいいや、とりあえず政情が安定してくれれば、それでいいと思うのさ。」


大正の、まさに激動の時代に生まれた五十七(いそなな)


それをなんとかのりきって、山本五十七(やまもと・いそなな)は成長していく。


「やあ、僕は山本五十七(やまもと・いそなな)っていうんだよ。

みんな仲良くしようね、将来はみんなと一緒の小学校に入りたいな。」


五十七(いそなな)は友達付き合いも多いようだったが、この時の同級生の男子の友達は、戦地にて若い命を散らすことになるなど、そんなことは全く考えていなかった。


大正の激動もまた、その後の五十七(いそなな)が歩んでいく、さらなる激動の時代から見れば、序章に過ぎなかったのかもしれない。


その後大正から昭和、平成と生きていくことになる1人の男の人生の、これが始まりだった。


大正12年、あの関東大震災が起こり、首都圏が壊滅状態となる。


浅草12階と呼ばれたあの建物も倒壊し、後に爆破処理された。五十七(いそなな)には、その頃の記憶はほとんど無いが、手を引かれ、逃げ回っていたということは感覚として残っている。


関東大震災の時は火災旋風も吹き荒れた。幸いにして火災旋風には巻き込まれず、ひとまず命だけは助かった。


後に両親が、関東大震災の時はそれはそれは大変だった、命からがらでようやく逃げ延びたものだというのを、幼い五十七(いそなな)は聞かされていた。


翌年の大正13年、西暦では1924年となる。


帝都復興計画で東京が次第に復興へと向かう中で、五十七(いそなな)は尋常小学校に入学した。


その年に妻の八重子が生まれている。しかし実際に出会うのは、そのずっと後のことになる。


大正ロマン、というのは、実際にはもう少し上の世代のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちのものという印象だった。


そもそもその頃は、大正がまさか15年で終わってしまうとも思っていなかった頃だった。


大正ともなると、とりわけ都市部の人々の生活環境は、今日の人々の生活とあまり変わらないものになってきていた。


町中には自動車が走るようになっていた。馬が引かなくても走る、まるで魔法のような恐ろしく速い乗り物に、五十七(いそなな)の家は早くもその魔法のような乗り物に乗っては、大通りを疾走していた。


権兵衛「どうだ、これが自動車という乗り物だ、速いだろう。」


紅「ええ、特に所用がなくても、ただ乗っているだけでも、楽しめます。」


自動車に乗って楽しむこと自体が、一つの趣味となり、自動車を持っていることが、その家の家柄や格式を示すバロメーターにもなっていた。


このエッセイは、これより始まる…。


さて、これからいろいろ、提言を書くとするか…。

大河ドラマよりも前に、今のテレビドラマはとにかく歴史ドラマは皆無に等しい。

昔はけっこういろいろやっていたのだろうが、今現在では大河ドラマしか実質無い。

もっと歴史上の人物とかを主役にしたようなドラマとかやってくれと。

テレビで無理なら、『なろう』作者たちが勝手に書くまでだ。


今の民放のテレビドラマは、実質刑事ものしかやらないという印象がある。


それ以外のジャンルのドラマもやってはいるが、視聴率には結びついていない。


刑事ものは基本、殺人事件が起きて、警視庁捜査一課とか、警視庁ナントカチームというのが、それを解決していくというのがパターンだ。


それでも昔の刑事ドラマはけっこう殉職シーンとかあって、それで入れ替わっていたりしたものだが、最近はそれもない。


昔、昔、と言われてどのくらい昔なのかというと、1960年代から1970年代、1980年代くらいまでは歴史ドラマとか、あるいは『チャンバラ時代劇』とかやっていた。


『必殺仕事人』とか、金をもらって悪人を惨殺する、悪人が無惨に殺されていくのを見て楽しむ、というのもあった。


『三匹が斬る』なんて、それこそ戦意を失って逃げようとする家来とかも構わす惨殺する、一人残らず惨殺するというような展開だった。


それこそ、そんな殺され方をされても仕方のないような極悪人、クズ野郎どもを斬って捨てるというのが爽快だったという、そういうのがたくさん作られたような時代だった。


商家に押し込んで一家皆殺しにして金を奪うような凶賊一味とか、それこそ殺されても当然の正真正銘のクズ野郎どもだ。


だから、そういう悪党どもを時代劇ヒーローが叩っ斬る、鮮血が飛び散るという、その爽快感でストレス発散していた時代だった。


ほんとに、今の時代も、日々のニュースでそういうクズ野郎どもが起こす事件が毎日のように伝えられるから。

反省や謝罪など無し。法廷でもヘラヘラ笑ってるようなやつらだから。

2人以上殺しても無期懲役とかの時もある。

時代劇だったらそういう凶悪殺人犯とかに対しては拷問(ごうもん)とかもアリで、市中引き回しの上、打ち首獄門とか、(はりつけ)獄門とか、終生遠島くらいにするのは当然のことだろうと思われていた。被害者や遺族の処罰感情の苛烈さを考えればな。


『必殺仕事人』が今の時代にもいたら、例えば頼み料は100円とか。

ワンコインで、法廷でヘラヘラ笑ってる凶悪犯の被告人クズ野郎を、まさにその瞬間を狙って、誰にもバレないで殺せるという。

『デスノート』でバタバタ殺しまくっていたというのもあったな。

政治家も悪代官レベルだし。ヤクザは暴対法で取り締まりを受けているが、悪徳商人みたいなのも実際今の時代にもいるんじゃないか。


時代劇も、刑事ものも、実は同じようなパターンで、時代劇では悪代官と悪徳商人とヤクザものが出てきていろいろ悪さをするのを、時代劇ヒーローが懲らしめるというパターン。


刑事ものは犯人が事件を起こして、主人公の刑事なり素人探偵なりが犯人を探しあてて、取っ捕まえる、というパターン。


ここからは作者なりに、時代劇をいくつかのパターンに分類してみた。


『水戸黄門型』


お忍びで旅をしたり、江戸市中に出たりしているが、実はすごく偉い人で、悪人らを懲らしめた後に正体を現す。


普段は諸国漫遊の旅人や、江戸市中の浪人者や、ケチな遊び人などに扮しているが、悪人退治の時になると真っ先に駆けつけて、悪人たちを懲らしめて、そして決めゼリフを放つ。


なお、さらに分けると、悪人たちを懲らしめた後に決めゼリフを放つパターンと、

決めゼリフを放ってから悪人たちを懲らしめるパターンと、2つのパターンがある。


『水戸黄門』


決めゼリフ

「この紋所が目に入らぬか!こちらにおわすお方をどなたと心得る!

おそれ多くも先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ!

一同!ご老公の御前である、頭が高い!控えおろう!」


『暴れん坊将軍』


決めゼリフ

「愚か者め!余の顔を見忘れたか!

せめていさぎよく腹を切れ!」


「上様!いや、こやつは上様の名を騙る不届きものだ!」


「成敗!」


ズガッ!ズバッ!


「ぐおあっ!」


最後はお庭番が成敗する。


『遠山の金さん』


決めゼリフ

「おうおう、この金さんの桜吹雪、よーく見ろい!

よもやお前ら、見忘れたとは、言わせねえぞ!」

「こ、これは!?」


「おう!てめえら、てめえらがどう言い逃れしようとも、この金さんの桜吹雪が全てお見通しなんでい!

それともうぬら、まだしらを切ろうってのか!?」

上役が切りかかる。


「おのれ遠山!」


バシバシッ!


相手が上役でも関係ねえ、投げ飛ばす。


ドガッッ!!


さらに足蹴りにする。


「裁きを申し渡す!凶悪殺人犯は打ち首獄門!

凶賊一味、市中引き回しの上、(はりつけ)獄門!

なお上役は、評定所において切腹の沙汰があろう。

引っ立てい!」


「ははーっ!」


『名奉行御用だ御用だ型』


一応『遠山の金さん』も『名奉行御用だ御用だ型 』なのだが、金さんはほとんど1人で悪者一味たちを叩きのめしてしまうため、微妙なところだ。


『大岡越前』


もちろん悪者を自ら懲らしめることもあるが、こちらは大抵部下の役人たちが悪者を捕らえにきて、引っ立てることが多い。


また、単に悪人を捕らえるだけでなく、江戸市中の様々な騒動を『大岡裁き』によって解決するような話もある。


『鬼平犯科帳』


こちらは、火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長谷川平蔵こと、『鬼の平蔵』通称『鬼平』が主人公となる時代劇。

その名の通り、火付盗賊を鬼のようにビシバシと取り締まる。

部下に命じて探りを入れて、首尾よく進んだら、ここぞとばかりに一気に敵の拠点に突入し、引っ捕らえる。

池波正太郎原作の小説をもとにしている。

中村吉右衛門主演の時代劇でも有名になった。




ここで1つ紹介したい事象がある。


それは、『応仁の乱』に関する書籍と、その著者だ。


呉座勇一(ござ・ゆういち)


この作者が書いた『応仁の乱』がなぜか話題の一冊となった。


応仁の乱というのは戦国時代のきっかけになったという、11年も続いた大乱のことだ。


グダグダと11年もの間、この泥沼の大乱は続き、その結果京の都は荒れ果て、室町幕府の権威が失墜して、それをきっかけに戦国時代が始まったという。


この著書は単に学術的な文書、著書という意味合いだけでなく、応仁の乱という時代を、複雑に絡み合う人物たちの相関図や思惑などを分かりやすく、なおかつ詳しく書いたということで、これはもしかしたら、大河ドラマや歴史ドラマの原作本になるべき一冊では?と思った次第だ。


著書が大河ドラマ化した、となれば、ますますもって名声が高まるという話にもなる。


この『応仁の乱』というのは、戦国時代を生んだ大乱という話だが、実際のところは戦国時代の、それも信長、秀吉、家康が天下統一へと向かう時代の方に目が向く人たちがほとんどで、実際に何がきっかけで戦国時代に至ったのか、ということに関して、『応仁の乱』の頃の時代に関しては、これまであまり興味を持ってはこなかっただろうと思われる。


しかしこれは『応仁の乱』に対して興味を持つようになる、一つのきっかけになっただろうと思われる。


その後、『応仁の乱』に続いて『観応の擾乱』や『承久の乱』についての著書も出している。


学校の社会科、日本史の授業で習ったきり勉強していない、という人たちのためにも、

これら鎌倉時代から室町時代にかけての時代を書いた著書を読むことで、あらためて、これらの時代に興味を示すきっかけになればと思っている。



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