サンチョサンチョホーテ13世!?
「ドンキドンキホーテ様!そっちは逆ですぅーーーっ!」
………
………
………はっ!!!
「ドンキドンキホーテ様!」
「うわぁ!!!」
飛び起きた私の側にいたのは、見たことのない女の子でした。
「……ドンキドンキホーテ、様?」
「わたしはそんな名前じゃない、よ?」
何が起きたのか分からなくって、私は暫くその少女と顔を見合わせておりました。
これはいったい、何が起こっているのでしょう??
「……というわけで、再び元どおりになった扉を見つけ、その中を通ったわけです。しかしその扉の中で明後日の方向に走り出したドンキドンキホーテ様を追いかけていた……はずなのですが」
「気付いたらここにいたんだね。」
「はい……」
私は事の顛末を少女に話していました。
恐らくドンキドンキホーテ様が変な方向に走ってしまったことにより扉の中の空間が捻れてしまったのでしょう。そして私がこのあたりの草原に倒れていたところをこの少女が助けてくれたようです。
「全くドンキドンキホーテ様は……ボケが過ぎるんですよ!時々わざとじゃないかって思うようなボケしてきますし、周りの人に迷惑かけちゃいけませんと習わなかったのでしょうか!」
「ふふっ。」
「どうかしましたか?」
愚痴をこぼす私の顔を見て少女は笑みをこぼしました。何か面白いことを言ったのでしょうか。
「サンチョは、そのドンキーさんが大好きなんだね。」
なぁっっ!
「そんな!私はただあの人に振り回されてるだけですし!どちらかと迷惑かけられた事の方が多いですし……!」
慌てて言い訳がましい事を叫びましたが、少女はニコニコするばかり。
きまりが悪くなって、思わずボソッと言いました。
「そうですよ、あの方は私の大切な人なんです。」
「ふふっ、良いなぁ。そんなふうに思ってもらえるなんて、ドンキーさんが羨ましいよ」
あなたにはそんな人がいないんですか?
その言葉は飲み込みました。少女の目がなぜだかすごく悲しそうだったから。
「そういえば!」
私は空気を変えるように言いました。
「あなたは魔法というものを知っていますか?」
「うん、使えるよ?」
「やった!御伽の国には来れたんですね!」
「というか、サンチョは使えないの?」
「え?」
「サンチョも使えると思うな。ちょいちょい魔力を感じるよ?」
少女は無邪気な笑みを浮かべながらそう言いました。
それを聞き流す私ではありません。
「本当ですか!?」
従者サンチョが魔導師サンチョにレベルアップできる日が来たのかもしれません!
ワクワクしながら私は少女の目を見ました。
そんな私に少し気圧されたようにたじろぎながらも少女は言いました。
「良かったら……教えようか?」
「!!!」
彼女の姿が一瞬女神に見えました。例えなんかではありませんよ、本当です。
私はそんな女神もとい少女に深く頭を下げました。
「ありがとうございます!お願いします。……あっ」
恥ずかしながらここで初めて気付きました。
私は照れ臭そうな顔をしながらおずおずと顔を上げ言いました。
「失礼ながら……貴女のお名前は?」
「え?」
少女は一瞬驚いて、それから笑いました。
「えへへ、私の名前は……」
***
「じゃあ、まずサンチョの魔力の源を調べよっか。」
少女はそう言って、お皿の上に一枚の葉っぱを浮かべました。
「じゃあ。サンチョ、魔力込めて?」
「…と言われましても。私今まで魔法使ったことありませんので……魔力の使い方がわからないのです。」
あっ、そうか。少女はそう言ってポン、と手を打つと私の右手を皿に当て、左手を軽く握りました。
「少し痛いよ?」
「え?あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぁぁぁ!!」
私の体に電撃のようなものが走り思わず奇声をあげてしまいました。
そんな私の事を驚いたように少女は見つめ
「そんな痛かった……?」
おっとしまった。
「すいません、オーバーリアクションが癖付いておりまして。あはは……」
ついドンキホーテ様相手の時のリアクションをしてしまいましたね。私はあえて明るい顔で言いました。
「そ、それはともかく!私の魔力の源が何か分かりましたか?」
「あーー…」
少女はなぜか苦笑いを浮かべました。
「あのね、サンチョ。サンチョの魔力の源は……他者の驚き、だよ。」
おー………?
な、なんですとぉぉぉ!!
***
「サンチョーそんなに落ち込まなくても、良いじゃない?」
「だって、驚きって……幸せとか恐怖とか孤独とか喜びとかは持続しますけど……驚きなんて一瞬の感情じゃないですか!そんなもので魔法なんて使えませんよぉ!」
やはり魔導師なんて私には過ぎたジョブなんです。
良いんですよ私はどうせ農夫なんです。農夫が従者になれただけでも十分です……
「そ、そんなに落ち込まないで?魔導師は自分自身にも多少魔力があるから簡単な魔法だったら使えるようになるよ!」
「 うう、そういうものですか?」
「そういうものだよ!」
そういうことなら、いろいろ試して見ましょう!
見たことある魔法を雰囲気で!
まずはサイコキネシス的な魔法です!
「はいっ!」
「あ、髪の毛が勝手に動いたよ!」
次は爆発魔法です!
「それっ!」
「あっなんだか肌がピリピリする!」
熱を与えるやつ!!
「これならっ!」
「あ、なんだか温い」
「ぜんっぜんダメじゃないですかぁぁぁぁ!!!」
「そ、そんなことないよ。魔法は一応発動してるよ!」
そんな彼女の慌てたようなフォローが逆に私の心を抉るんです。
そんな時でした。彼が現れたのは。
「やっと見つけましたよ、初めまして。」
その男は黒い髪で長身で、かっこよかったです。そして、どこかで会ったことがある、気がしました。
「あなたは……」
睨む少女に、男はため息をついて呟きました。
「やはり君には効かないか。」
「なんの話です?」
「君は確かドンキホーテの従者、サンチョくんだね。すまないが、彼女と二人きりで話しがあるんだ、大人しくしておいてくれるかな。」
「はい、分かりました。」
この時、どうして私は納得してしまったのか分かりませんでした。しかし、私は大人しく従って、その場に座り込んでしまったのです。
「さて、それでは君のことを連れて行くことにしよう偉大なる魔女よ。」
「近付かないで!」
少女はそう叫んで巨大な火球を男に放ちました。
しかし
「危ないな。死んだらどうするんだよ。」
男はそれを余裕の表情で躱していました。
「……!?」
少女は一瞬戸惑った表情を浮かべましたが、続けて今度は爆破の魔法を連続で放ちました。
「はぁぁぁっっ!!」
近くにいるだけで身がすくむほどの大爆発。しかし、男は平然とその中で立っておりました。
「ふふふ、怖い怖い。」
「なぜ今更になって再びあなたが現れる!私の事を殺しにでも来たか!」
「殺す?ふふふ。まさか。そんな勿体無い事はしないよ。僕はただ、あなたの魔法の知識が欲しいだけだもの。」
知り合い……なのでしょうか。とても良好な関係には見えませんけれど。
というか、なぜ私はこうして大人しく座っているのでしょう?そんなことを考えているうちに、男の魔法が少女に炸裂しました。
「ぐっ……」
「君では僕には勝てないよ。僕の魔法は最強なんだから。」
男はそう言ってグイッと少女を掴みました。
「さて、来てもらおうか。」
「だ、ダメですよ!」
私は慌てて立ち上がりました。さすがに彼女が拉致されるのを見過ごしてはおけません!
「おっと、なんだ僕の邪魔をするのか耄碌騎士の付き人よ。無駄なことはしないでそこで座って見てなさい。」
「お断りですよ!このサンチョ、悪者を見逃す道理はありません!」
真っ直ぐ男を見てそう言ってやりました。男は少し困った顔をして
「なんだ、正義感はなかなかあるという訳か。面倒なタイプだ」
と呟きました。
「なんの話ですかぁっ!」
私はそう叫びながら男に飛びかかりました。しかし
「おっと」
軽く躱されてしまいます。
「なんのぉ!!」
2回目も
「これなら!」
3回目も
「食らえーー!!!」
4回目も。
びっくりすることにかすりもしなかったんです。
「諦めなよ。君では僕には勝てないよ。」
「諦めません!目の前で困ってる人がいるのにどうして諦められますかぁ!!」
「……めんどくさいな」
私の言葉を聞いていた男の顔から薄ら笑いが消えました。
「仕方ないか。殺してしまおう。」
男はそう言ってこちらに掌を向けました。
ふふん。甘いですね。魔法なら私だって死ぬほど見てきたんです。
「先に掌を向けるとは愚かですね!来る方向さえ分かっていれば私でも簡単に避けられますよ!」
「そうかい。なら避けてみるといい。」
男が魔力を込めました。同時に閃光が私を襲います。もちろん私は回避をしました。確かにしたんです。でも…
「ぎゃああああ!!」
その魔法はしっかり私に命中していました。
「ど、どうして!」
「さぁ?たまたま回避に失敗したんじゃない、かい!」
再び男の掌から光が放たれました。次こそ!そう思って私は地を蹴りました。しかし…
「ぎゃああああ!?」
再びそれは私の体を撃ちました。思わず私は地に伏しました。思いのほか男の魔法が強力だったのです。
しかし、それがいけなかった。
目を離した隙に男の姿は消えてしまっていました。
「目的も達したしここは去るとするよ。命が惜しくば彼女のことは忘れるんだね。どうせ君には何もできないんだ、無力な従者よ。」
これも魔法でしょうか。
さっきまで確実に目の前にいたはずなのに、驚くほどに男も少女も、影も形も有りませんでした。
私は……私は、どうしたら良いんだろう……
途方に暮れた私は無意識に呟いていました。
「どうしましょう、ドンキードンキホーテ様……」
そしてら気付きました。ドンキホーテ様も、今はいないんだって。
……無力な従者、その通りですね。
男に勝てず、頼れる主とも逸れ、どうすれば良いのかもわからない、それが私。
でも……
でもっ!!!
こんな時、ドンキホーテ様ならきっと迷わない。絶対彼女を見捨てない。
そして少女を助けるためにきっと猪突猛進に突っ込むんです。そんな姿を私はずっと見てきたんです。
阿呆で耄碌してて言うことは聞いてくれないし、方向音痴だし、間違ったことも時々やらかす。でも、最後にはきっと正道を行くあの人を。
……今度は私の番だ。
ドンキホーテ様が居ないなら、私がやってやる!
あいつに勝てないとか場所がわからないとか!そんな事は彼女を見捨てる理由には何一つならない、だから!
このサンチョ様が!このサンチョサンチョホーテ様が!必ずや彼女を救い出してみせるんです!
「さぁ、サンチョサンチョホーテ13世の冒険の始まりぞなぁぁぁぁ!!!」
私は誰もいない草原で一人、そう叫びました。