6話 亀が一番安かった。
6話 亀が一番安かった。
俺は何かに取り憑かれた様に、そのまま歩き続け、駅前のお気に入りの喫茶店に入る。
メニューを震える指先で突き、アイスコーヒーを頼み、手洗いに行き、セルフサービスの水を三杯も飲んで、コーヒーの苦味を味わった頃、漸く岩城からの恐怖の洗礼から解かれていた。
あー、しんど。恐かったなぁー。
俺は、岩城の生姜の根っこの時みたいな、小ぶりなサツマイモの様な、ぶっ太い指、拳ダコの出来た手を思い出し、ブルッと震えた。
大きな溜め息を吐き、アイスコーヒーをまた吸う。
口の中で醸し、鼻から抜けるコーヒーの薫りを堪能。
ふー、大分落ち着いて来た。
が、今度は恐怖の代わりに、恋には酷いことしたなぁ、と悔恨の念がバトンタッチで押し寄せて来る。
だぁー!!俺は何と情けない男なんだー!!
テーブルに突っ伏し、頭を抱えた。
あぁ、恋、怒ってるだろうなぁ~。
つーか呆れ返ってるかもなー。
暫く(しばらく)リュックを抱き、眩しい外の道路をボンヤリと眺めていた。
が、ふと思う。
んー、まいっか。
俺の母さんと恋の母さんは親友だが、俺は別に恋と付き合ってる訳でも何でもないし、小さい頃から俺は貧弱なガリ、で通って来てる。
確かに、今朝のアレは酷かったよ。
酷かったが、まぁ大体、俺なんてあんなもんでしょ?
そ、時尾 翔なんて人間は激弱、最弱なんだよねー。
うんうん、人からの評価なんてどーでもイッスヨー。
他人から嫌われたって、どこか痛い訳じゃないしー。
どーせ俺、後六十年位すれば死ぬしー。
俺は本気で、あんな事どーでも良い、と考えるように努めた。
この時の俺は、間違いなく、板橋区に棲息する、あらゆる生命体の内で、最低の生物であったに違いない。
よし!
ここは気分を切り換えて、本日の当初の目的である、アレをやってやろうぜ!
そう!マジシャン同好会破りだ!
ぐあっ!やっぱり苦い!
俺はアイスコーヒーにガムシロやらミルクを入れようと思い、カウンターを振り向いた。
あれっ?!
よく知った二人の女がいる。
先ず、ギリギリ美少女の範疇に入る女は、
妹の紗綾。
その隣で会計しているのは、俺街角アンケートで、今一番出会いたくない人ランキングNo.2の(No.1は岩城)170センチ、スラッと格闘美女、その名も真田 恋であった!
んが!つか何で居るんだよ?!
あー、そっか!
俺がこのカフェ好きなの知ってるし、サムライみたいに義理堅い恋のこと、我が妹を抱き込んでの、押し掛け奢り飯に来たのだな?
フム。
そんで、俺がここに見当たらなければ、紗綾に連絡させるつもりだったな?
「あれ?お兄ちゃん?!」
利用されし、自覚のない先兵、紗綾が来た。
「おっ、おう。」
残り少ないアイスコーヒーを啜る。
苦っ!
恋「あっ翔!何でここに?え?用事はー?」
細身のデニムスカートはどこまでも白々しく、手には四角いお盆を持って来た。
ニヤニヤ顔は
「正か、彼女と待ち合わせー?」
オイ!
1時間前、地面に泣き崩れたお前は何処行った?
俺は、ばつが悪くて、恋の目を見れなかった。
紗綾は「えー?!お兄ちゃん、彼女とかいるのー?
アハハ、恋ちゃん何言ってんの?そんなのいる訳ないじゃん!」
カラカラと笑い、恋から抹茶ラテを受け取る。
「だよねー?」
意味ありげな顔で、ニヤリとする空手屋の娘。
あぁ?!
だよねー?じゃねーよ!
そんなの居るかも知れないじゃん!
ま、今はたまたま居ないけど……。
クソぉ!
二人は当たり前の様に、俺のテーブルに来た。
俺は素直に抵抗を諦め、背の高い方に
「あー、さっきは悪かったな。
何つーか、あんな、感じで……。」
恋は数回、瞬きを繰り返したが
「フフ、別に良いよ。
子供の時から、翔はあんなもんでしょ?
こっちも何か熱くなっちゃって、ゴメンね。」
笑顔を見せた。
翔はあんなもんでしょ?は、他人から言われると何かムッと来るな。
ま、良いけどね。
紗綾「えっ!なになに?さっきって何?」
恋は、翔は今朝、道場に来たのよー。
その時、馬鹿ゴリラとぶつかってねー。
私が注意してやったのよー。
とか適当に説いてやっていた。
で、話の流れを、なぜか俺が本日の予定を教えない。
それって不自然よねー?今までにない事だよねー?
と、巧みに尋問への流れに、すり替えてきた。
「別に。ちょっと、買い物だ。」
面倒臭い展開を感じ取り、俺は素っ気なく答える。
紗綾「じゃあ、お兄ちゃん。
私も欲しい物あるから買ってよー!」
はいー?!なぜ俺が?!と返すと。
「だってバイトはダメっ!て、お父さんに許してもらえなかったしー」
と来た。
それはそうかも知れんが、母さんから貰う小遣いはあるだろ?
あんまり多くはないだろうが。
そして流れは、二人が俺に付いて行く方向へ……。
彼女とデートじゃないなら良いじゃない。
それとも何か知られてはいけないモノでも買うのかな?
じゃあ行こ!
で、今は池袋駅のデパートである……。
俺は付き合いの長さから
「プライベートだ。」
という、普通、この日本国なら通用するはずの魔法の言葉が、この空手屋の娘には通じないことを悟り
「はぁ~、仕方ねぇ。
付いて来ても良いけど、それにあたって、今から1つだけ禁ずる。
それは、えっ?!何でそれ買うの?
を言わない事だ。どうだ!?守れるか?」
二人は顔を見合わせ、うん。と来た。
俺は、頼むぞ!と言い、ペット屋に向かう。
予想より早く、
5分程で、もう禁は破られた。
が、テキトーにあしらいながらデパートを回り、手芸品店、靴屋と買い物を続けた。
しっかし、コイツら……。
目に入る食い物を、全て喰わなきゃならない病気か?はたまた、そーいう宗教か?
二人の女は、行く先々で買っては喰い、買っては飲みを繰り返した。
まぁ、全部恋の奢りだったから、俺の腹は痛まんし、そこは別に構わん。
が、その都度、一々時間が掛かるのには困った。
で、イラつきながらも、買い物は終了。
駅から徒歩で1分程のビルに向かう。
そこのエレベーター内でも順当に
「ここ何?」からの質問責めである。
俺は登っていくボタンの光を見ながら
「行けば分かる」で済ませる。
前もってネットで調べた階に着き、左右の大きな植木の花も見ず、突き当たりまで歩き、ドアをノックし、中に入る。
受付がある。
ネットで事前登録した、仮入会希望の時尾であると伝え、俺は振り返り、騒ぐ紗綾を睨む。
「じゃあな。ここからは事前登録した、俺だけしか入れないから。またな」
紗綾はマジック研究会の立派な看板を見上げ
「えー?!見たい見たいー!こないだのテレビみたいなの見たいー!お兄ちゃんだけずるいー!」
受付のお姉さんの視線も気にせず喚く。
うるさい。
その、ずるいの意味も分からん。
隣の恋は、涼しい顔でスマホをいじっていたが、受付に向かうと
「事前登録した、真田 恋と時尾 紗綾です。確認、お願いします。」
と平然と言い、スムーズに書類にサインを済ませやがったのだ。
俺は地団駄を踏み
「くっそー!流石は今、下火な手品業界!
誰でも彼でも、その場でも即、登録可能とは!あんだよソレ?!マジ、フリーダムかよ?!」
喚く俺を、受付のキレイなお姉さんがジロッと見る。
「あ、すみません……。」
取り乱した俺は黙った。
1分後、無事めでたく(めでたくない!)
仮会員となった俺達は、渡されたバッヂを胸に、会議室の様な長テーブルとイスの間に案内された。
その大きな空間には、シルクハットのお爺さん、小学生、おばさん、若い男性、女性と、様々な人種が、ざっと見て50人程、居た。
俺達、仮会員とは異なる、顔写真入りの金バッヂだ。
ナルホド、正規会員様ってーヤツか。
皆、テーブルにトランプや国旗、サイコロやステッキ、手錠やナイフなど、様々な手品道具であろう物を並べ、いじくり回していた。
見慣れぬ俺達の登場に、部屋の会話は徐々に止み、皆の視線が三人の仮入会者のバッヂに集まる。
「ど、どうも、こんにちは。初めまして。」
長年の接客業のお陰で、俺はすんなり(?)空いた席に着く。
恋と紗綾も、緊張丸出しで、俺の真似をして席に着く。
前の健康的な体格の若い女性、ハデなメイクでよく分からないが、多分大学生くらいかな?が
「初めまして。仮入会さんですか?」
話し掛けてきた。
「そーです。」
「宜しくお願いします。」
「エヘヘ。」
俺達は頭を下げる。
話し掛けて来た、女子大生風のその隣、寡黙そうな痩せ型の男が
「君達、得意なマジックは何だい?」
落ち着いた、静かな口調で聞いてくる。
紗綾も恋も、困ったような顔で同時に俺を見る。
「ま、色々、ですかね?」
俺は足下に置いた、ミニボストンバッグを見ながら答えた。
寡黙そうな痩せ型は
「ほぅ。」
その瞳に、カチリ。と、明らかに何かのスイッチが入ったようだ。
その何かは敵意、と見えた。
アレ?「色々」は禁止ワードだったか?
よく分からんが、その後の会話で、
昨今、仮入会者等は、その大方が、興味本意の物見遊山な輩が多く、ろくに手品も出来ない、ただの暇潰しが殆どらしい。
しかも、そういうのなら、まだましな方で、中にはマジックのタネを見破ってやろうとか、ネタを盗んでやろうとか、プロを目指し、真剣に技を磨き合う彼等からしたら、ただの害虫にしかならぬ者ばかりらしい。
「勿論、あなた達は違うと思うけど、ね?」
健康的な体格の女子大生は、そう取って付けてくれたが、俺達も害虫の類だと思われているのが、ビンビンと伝わってくる。
寡黙そうな痩せ型も「フン」と言ったきり、そっぽを向いた。
うーん、露骨に感じ悪い。
完全に興味本位丸出しの、ウチの女性陣は膝に手を揃え、俯いている。
勿論、ガチガチのプロ志向のこの人達相手に
「安心して下さい、自分もプロ志向ですから。」
と、このアウェーをひっくり返す、玄人手品なんか、出来る訳、ない。
「あー、お兄さん達、砂夢さん見に来ただけなんでしょ?」
小学生の、いかにも勉強好き、みたいな男の子が、どこか意地悪そうに言った。
このガキ、いや、お子様の言う
「砂夢」とは、現在日本を代表する世界的な女性マジシャンであり、見かけもたいそう美しく、海外でも引っ張りだこの、50年に一度の天才、と謳われた存在である。
その稀代の名女手、栗澤 砂夢が、ラスベガスから本日帰国し、同郷の徒を労おうというのが、今日のこの会の主旨であった。
勿論、俺はそれを調べておいたから、今日ここに訪れたのである。
だが、悲しいかな、世界的スターの凱旋帰国にも関わらず、集まったのが50人そこそことは。
やはりマジシャンなど、今現在の日本では廃れた存在なのか?
「じゃむ?!あぁ、あのジャムね。ハイハイ。」
俺は平然と、木製の椅子に仰け反って言ってやった。
どうも俺は、暴力というモノにはてんで弱いが、そうではない局面、コンビニ強盗とか、今のこの、暴力を伴わないようなアウェイ等には強いのかもしれない。
変なとこで父さんの血が発揮されているのかもな。
何だその言い方は!!
そう唸るような、プロ志向の奴等に更に言ってやる。
「いや、会うとかどーとかでなくてー。んーそのー、つまりー。」
俺は鬼気迫る連中をゆっくり見回し、ワザともったいを付け。
何かを閃いた様に手を叩き
「そ、やっつけちゃおうかな?みたいな?」
うん、何でも下から売り込む時はこうだ。
こうして、何をー?!と観衆等の中に焔の様な反感を燃やさせないとな。
フフフ、コリャ見事に嵌まったなー、皆スゴい顔してる。
当然だ。
コイツ等からしたら栗澤 砂夢はマジック界の神か現人神だ。
それを仮入会者ごときが、
「やっつける」
こいつは聞き捨ておけんだろう。
おー?皆、号令がかかったみたいに立つねー。
俺から遠い席のシルクハットの好好爺が、最前までのホッホッ笑いを止め、トランプを手にし、華麗に宙を舞わるようにくる。
そして沈黙のまま、頼んでもいないのに、5分ほど凄まじいカードマジックを見せてくれた。
う~む、スゴいー。
この間のテレビのマジシャンよりスゴいかも。
お爺さんは「如何、ですかな?
先ず、この程度は出来ないと、ここでは正規会員にもなれませんよ?」
言葉は丁寧だが、顔は怒りで紅潮してる。
プロ志向の、マジックの猛者達50人の熱視線で、俺達、異教徒三名は槍ぶすまである。
流石に紗綾も恋も、お爺さんのマジックを楽しむどころではない。
「お、お、お兄ちゃん……。どどど、どうすんの?コレ……。」
「翔、あなたが手品なんて、私見たことないけど……。」
青ざめる二人。
俺は「す、凄い!正か、こ、こんなレベルとは……。」
目を見開き、怯えた顔で舌を巻いて見せた。
とんがり帽子に、デッカイ星のブローチを着けたお婆さんが
「そういう事。あなた達、もうお帰りなさい。」
紫のサングラスの下の目は、俺達を見ようともしない。
「そうだそうだ!」
「今になってふざけるな!」
「場をわきまえろ!」
大合唱である。
コイツ等、いつもはライバル同士なんだろうけど、背教者を排除するとなると、俄然結託するのな。
その時
「何ですか?騒がしいですよ?」
あっ、受付のお姉さん。
ド派手なメイクのプロ志向ギャルが噛み付く
「ちょっと貴女ね、何ですか?じゃないのよー!
この仮入会さん達、全然真面目にマジックをやろうって人達じゃないの!
砂夢さんをやっつけるとか言い出すし!」
えー?!その声、男の人か?結構タイプだなぁとか思ってたのに……。
受付のお姉さんは
「何か知りませんが、皆さんお静かに。」
両掌を前に、室内をなだめるように抑える。
「どなたが誰を、やっつけるのですって?」
本物の女性の声は、受付のお姉さんの後方からだ。
そこから現れたのは、黒髪を高く結い上げ、前髪は眉の所で一直線に揃えた、超スレンダー美女であった。
一気に室内の温度が上がった。
それも沸点に。
「砂夢さん!!」
「砂夢様ぁっ!!」
「Oh! ゴッデス!!」
プロ志向のマジシャン達は、俺への敵意も忘れ、絶叫、拍手、興奮、正しく熱狂その極みに達した。
フーン。
この人が栗澤 砂夢かー。
スゴいんだろうなぁ、やっぱり。
つーか、内臓とか、ちゃんと本当にあそこに入ってんの?
明らかにおかしいでしょ、あのウエストの細さ。
顔を見る。
絶句。
文章で表現すると、真紅のアイシャドウと漆黒の髪が印象的。
だ、が……。
な、何だコレ?!
コ、コイツは厚化粧で誤魔化してるんじゃない!本当に美しいんだ!
俺は、生まれてこのかた、こんなに美しい生き物を見たことがなかった。
つい目的も忘れ、ポーとなる。
いや、なるだろ普通!これは……。
その呆けた俺の肘を引っ張る者がいた。
我等が空手姫である。
「ねぇ翔!今のうちに帰ろう?みんな凄く盛り上がってるから。」
恋はなぜか眉を寄せ、怒ってる様な顔であった。
紗綾も「エヘ、お兄ちゃん、何か場違いだったねー。」
俺は恍惚から、ハッとし
「えっ?!紗綾、お前何言ってんの?
どこが場違いなもんか!これからだぞ!こ、れ、か、ら!」
俺は内心、現人神のもてはやされ振りに大興奮していた。
だってさ、この人が現代マジシャンの頂点なら、その上の玉座が決まってる俺はどーなるんだ?!
猛烈に沸き上がる名誉欲で、全身がザワザワとしてくる!!
紗綾「えー?お兄ちゃん、手品なんか出来ないじゃん!もう恥ずかしいから帰ろうよー!」
出来るんだな、コレが。
「うん、そうだな。そー思うんなら帰れ、な?
フフ。だが、居るならスゲーの見せてやる。スッゲーの。」
砂夢の美しさに、思わず起立した俺は、元の席に着く。
「え?何ソレ?もー、知らないよー?」
父さんと同じ血の紗綾は、何かを感じたか?
細い腕を組み、ちんまりとした鼻から息を吹き、座った。
恋もそれを見、天井を見上げ、頭を振り、同じく座した。
しばらくの間、信者等の参拝が続き、20分程すると漸く、尚も居座る不届きな輩、俺達仮入会者達を思い出したようだ。
先程、俺を失望させた、ハデなメイクの女装家が
「あなた達、まだ居たのー?早く帰りなさいよー!!」
「そうだ!そうだ!」
また50人の大合唱だ。
女神砂夢への崇拝の興奮が、そのまま燃え上がる敵意になったみたいだった。
砂夢が受付のお姉さんに
「あの方々は?」
受付のお姉さんは
「あー、あの、仮入会の方々でして……」
「砂夢様、関わらないでー!!」
誰かが叫んだ。
「場違いなんだよー!!」
「何も出来ない素人がー!!」
と、一通りプロ志向のマジシャン達の興奮した説明が終ったようだ。
砂夢は、目も眩む様な笑顔で俺達に近付き
「仮入会、歓迎いたしますわ。マジックがお好きみたいですわね?」
至近距離からの、妖艶を極めたる美しさと、嗅いだこともない香水の香りでクラクラしてきた。
俺は何とか「いや、好きって事でもないですよー」と平静を纏い、述べる。
また怒号が上がるが、砂夢が振り返ると、その潮は退いた。
砂夢「そう。不思議な方……。ホホホ。」
人を超えた美しさに、景色が揺らいだ様な錯覚。
何だ、この生き物は?
「そ、そうです。俺、どうやら手品の才能があるみたいなので、ちょっとプロでやっていこうかと。」
痛い!恋、なぜつねり上げる。
人間の皮膚はそんなに伸びません、破けます。
砂夢は、また騒ごうとするマジシャン達を深紅の爪の手で制した。
優雅な動きで、テーブルの上のトランプを手に取ると、生き物ように踊らせながら
「じゃあ、これくらいは出来るわよね?」
OK、やる気だな?
俺は、舞うカードを見ながら
「あー、そーいうの、さっき拝見しましたよー。」
もう飽きたよっ、て顔で言った。
砂夢は気にした風もなく
「お好きなカードは?」
聞いてきた。
「ん?スペードの6?」
俺はテキトーに言った。
何をやる気だ?
現人女神「さ、どうぞ。」
その手にしたカードが、こちらに背を向けた扇形になり、俺に迫った。
これ、引けば良いのかな?
女神のマジックが見られる!
と察した全員がどよめく。
俺はタメ息、カードを1枚引いた。
裏返せば、ハートの6、だ。
「あれ?違いますよ?」
さっぱり意味が分からない。
なぜ事前に、俺の好みのカードを聞いたんだ?
カードの持ち主のさっきのお爺さんがニヤリと笑い、ハンカチを出し、額の汗を拭く。
紗綾は「惜しかったねー。お兄ちゃんの言ったのは6だけど、スペードの6だよー?
これハートだよー。」
砂夢の失敗をつっこんだ。
中々度胸あるなコイツ。
だが、ギャラリーは怒らない。全員がイヤらしい笑顔になる。
砂夢は自分の手のカードの束をテーブルに置く。
そして、背を見せて重なる、束の一番上をめくる。
スペードの6だった。
「えっ?! 凄い!」
俺の代わりに、紗綾が声にした。
砂夢が美しく微笑した。
「フフフ……。」
俺は素直に感心した。確かに凄いぞ!!
「へ、へぇー、やりますねー。」
だが、砂夢の紅い爪がまた動く。
なぜか2枚目をめくる。
もう当たったのに?
めくられた二枚目のカードは、スペードの6だった。
「えー?!」×2
良いリアクションは紗綾と恋だ。
悪魔のように美しい女マジシャンは、ノンノンと人指し指を振り、俺の目を真正面から見ながら、3枚目をめくる。
またスペードの6だった。
はぁっ?!
ちょっ、ソレどーなってんの?!
俺の好みを当てるのもスゲーけど、何で何回もソレを出せるの?
多分タネとしたら、身体、衣装のあちこちに53通りのカードを準備したとして、それをどーやって出したんだ?
それも1枚でなく、何枚も……。
しかも、砂夢の使ったトランプは、さっきのお爺さんのカードだったはずだし。
えー?!考えれば考えるほど分からなくなってくるぞ?!
混乱の俺達を置き去りに、紅の爪は止まらない。
出る出る!束からめくられるカードは、どれもスペードの6だ!!
意味が分からん!!
コレ、一体、どーやってんの?!
この人も能力者?
いや、んなバカな!
マジシャン達は狂ったように拍手し、絶叫している。
だが、一番うるさいのは紗綾だった。
砂夢は不敵に
「フフ……こーいうのも見飽きたの、か、し、ら?」
また大喝采が打ち寄せる。
恋は「ね、ねぇ翔、大丈夫?
間違いなく、紛れもなく、絶、対、敗けだけど。これ土下座位じゃ済まない感じよ?」
と心底不安な顔だった。
美しき絶対勝者は
「じゃ、今度はあなた、やって見せて?」
舞うような動きで、テーブルの上の、箱に入った未開封の別のトランプを手にし、俺に差し出した。
俺はそのトランプではなく、それを持つ、白く、どこまでも華奢な手を眺め、その先を飾る輝き、ダイヤモンドのリングを見付けた。
コレってやっぱり本物なのかな?
いくら位すんのかなー?
俺もこんなのが平気で買えるようになれるのか~。
と、ゲスな事を思った。
俺はハッと我に返り、新品のトランプを受け取る。
そして、その未開封の証のシールを剥がし、紙箱からカードを出す。
50人のギャラリーは
「オイオイ、コイツやる気みたいだぜ?!」
「砂夢様の後になにやるのー?!」
「学芸会レベルなら止めろー!」
「もたもたすんなー!早くやれー!」
やれやれコイツら、本当、好きなことを言ってくれるな。
最後の「早くやれー!」は紗綾だった。
俺は、新品のトランプの匂いってこんな感じかー?とか想いながら、カードをくり出した。
だが、ここの住民とは異なり、日常生活でトランプなどあまり触らないので、手のカードを床に落とし、ぶち撒けてしまう。
それを待っていたように
「あちゃー!やっちゃったかー?」
「も、分かった、コイツ全然シロート!」
「こりゃ見てられんわい!」
「滑稽だよ!」
「テメ、やる気あんのかー!」
紗綾。お前、ちょっと間隔置いて、最後に叫ぶのはわざとだな?
ここで意外な展開!
なんと、落ちて散らばったカードを、こいつらの女神、砂夢が膝を屈め、拾うのを手伝ってくれた!
この場の唯一の味方、恋も拾ってくれる。
漆黒の、輝く豪華なチャイナドレスの砂夢
「ウフフ。彼、貴女のボーイフレンド?」
恋「い、いえ、違います。えと、お、幼馴染み、です、かね?」恋も赤らめている。
綺麗だもんねー砂夢。
砂夢「そう。おかしなことを言うようだけれど、彼、何かやりそうね。
とても強い力を感じるわ。
ウフフ、応援して上げてね。」
拾ったカードを空手姫に差し出す。
恋は戸惑いながら
「え?!あ、はい!ありがとう、ございます。」
俺も遠くに飛んだのを広い集め、コホンと咳払い。
では気を取り直しまして。
「えーっと。カードをよーく混ぜましてー。んで、箱に戻しまーす。」
元の箱に戻す。
つまりトランプは、最初の、砂夢から俺に手渡された状態である。
「なんじゃそらー?!」紗綾が叫んだ。
流石はマジシャン達、たとえそれが敵意を燃やす相手でも、人が手品をやってる間は、ある種の表敬か、静かにしている。
「それがなんだー?テメ何したいんだー?!」
砂夢が歩き、微笑で人指し指を、うるさい紗綾の口に充てる。
紗綾は目を白黒させ、何度も頷き、黙った。
ありがとう、砂夢。
俺は目を閉じ、首の後ろに意識を集中する。
そう、勿論能力の発動である。
そして事を済ませ、解除した。
俺は指を鳴らし、さっきのシルクハットのお爺さんのポケットを指差す。
お爺さんは何だ?と、そのポケットからハンカチを出し、額の汗を拭く。
が突如、ハンカチが分身したように分かれ、床に散らばった。
お爺さんは床に落とした目を丸くした。
いつの間にかハンカチはトランプの束になっていたのだ。
全員が「?」
先ずはお爺さんの足元の床のカード群、そしてテーブルを見る。
50人等の視線の先は無論、先刻俺が置いた、紙箱にカードが戻されたものである。
「えっ?正か……。カードテレポート?」
と、健康的な体格の女子大生風が、テーブルに歩み寄り、トランプの箱を開けようと手に持った。
とたん
「キャ!」落としそうになる。
寡黙男マジシャンが
「どうした?」と近寄り、
「ん? 軽いな」と言って、カードの箱を開けた。
「ん?」
中から出てきたのは、トランプの束ではなく、何と生きたゼニガメであった。
(まぁ俺が入れたんだけどね。)
「何?!」
ギャラリーは揃って驚く。
砂夢の眉が片方だけ上がったのを、俺は見逃さなかった。
「どうやった?」
「見てたか?」
「分からん!」
「初めて見るタイプだ!」
騒然となる。
「意味分からん!」
紗綾も小さな亀を受け取り、掌に乗せ、小さな甲羅を指先で撫でる。
ゼニガメは、ヒョッと首をすぼめた。
「コイツ、只者じゃないのかも知れん。」
と皆の顔は言っていた。
「じゃあ次、行きますねー。」
俺はワザと間延びした声で宣言した。
のんびりとイスに戻り、座ると、白いスニーカーの足を揃え、それを持参した紫のビロードの布で覆う。
これで俺の足首から先は完全に隠れた訳だ。
今度は皆、興味津々である。
「よっ!」
俺がビロードを取ると、両足先は黒いスニーカーになっていた。
瞬間、騒然となる。
「え?!コイツ、白いの履いてなかったか?」
「どうやった?」
「今、一瞬で黒く塗ったのか?」
「いや、靴のメーカーが違うぞ?!」
「あっウンチした!」
紗綾は目下、テーブルの赤ちゃん亀に夢中であった。
「え?どうして?何であなたがそんな事出来るの?す、凄い……。」
お?恋、良いぞー、その反応。
「ビックリしたー?
んじゃま、もっかいやるよー」
俺は間延びした声で再び言った。
「ちょっと待て、整理がつかん!」
誰かが叫んだ。
はっ!落ち着かせるかよ!
俺はまた足の先を揃え「ホッ」とやった。
ただし、今度はビロードなど敷かなかった。
「なっ?!!!」
皆が驚愕した。
そらそうだ。
ギッチギッチに紐を結んだスニーカーが、
一瞬で茶色の革靴に変わったんだからな。
「はぁっ?!」
「どうやったのー?」
「意味が分からないよー!!」
「これマジックか?!」
砂夢も口に手を充てる。
はいはい、良いですよ~皆さん、待ってました、その間抜けな感じー。
俺は調子に乗って、足元を白、黒、茶、白、黒、茶、白、黒、茶、たまに裸足……と、右足と左足も別々にしたりと、コロコロと変えてやった。
ハハハ、何かルーレットみたいに見えてるのかな?
「キャー!」
「な、何をやってるんだ?!」
「何よコレ?!恐い!恐いわー!」
「もう止めてくれー!!」
「これはもうマジックじゃない!!」
会議室は正に狂乱怒濤である。
俺は砂夢の驚愕する顔も見れたし、早履き替えにも飽きて来たので
「じゃ次ぃー。あなた達の大好きな、アレ、やりまーす。」
俺はやおら立ち上がり、部屋の奥、窓際の衣装ロッカーに向かう。
近い奴等は「ヒッ!!」と小さく叫び、身を引き、俺から遠ざかる。
奇妙な静寂の中、俺はロッカーに辿り着き、何気なく手を伸ばし、三つある扉を左から順に開く。
よし、良い具合に右端が空きだったので、そこに身体を入れる。
流石に狭い。ガリの俺でもギリギリか。
キィ、パタン!
俺は中から扉を閉めた。
閉める前、皆にバイバーイと手を振るのも忘れない。
何の説明もなし。
皆が俺の不可解な行動に気味悪がっているのが伝わってきた。
数秒して、お互い顔を見合せ、やっとざわつき始める。
更に一分程経過、何も起こらないのを不信に思い、星のブローチ帽子のお婆さんが意を決し、扉に手を掛け、恐る恐る開けた。
(らしい)
ドンドンドンッ!!
ロッカーに注目していた50人の後方、
一つしかない入り口のドアが、外から乱打される。
叩いているのは、勿論、俺だ。
室内からは
「ヒッ!」
「ギャッ!」
と悲鳴がする。
よしよし、気を良くした俺は、勢いよくドアを開け、部屋に入る。
いやー、良い!
この人間が怖れおののく、驚愕の顔ってヤツは、ホント病みつきになるな。
幽霊ってアレだな、いたとしたら、コレを楽しんでやってんなー。
大会議室は、うるさい程の叫び声、つんざく悲鳴で大パニックである。
「はぁっ?!」
「何で外から?!」
「え?!双子のトリック?!」
「そうだ!ロッカー開けてみろ!」
「恐い!恐いよ!」
「えっ?この人、お兄ちゃん?マークII?(ツー?)」
勿論、ロッカーに殺到するが、もぬけの空だ。
砂夢は、もはや苦悶の顔で目を閉じている。
「き、君は何者だ?!」
「これ、自分で考えたの?」
「凄い!凄過ぎる!!」
「ヤバ!コイツ、爪隠してやがったな!」
流石はプロ志向のマジシャン共。
素直にマジックを評価する気持ちは熱く、そして純粋なのだな。
ま、悪いけど、始めっから全然マジックじゃあないんだけどね。
ザワザワと、俺から後退するマジシャン達。
「ハイこれ。えーっと。川嶋、えー、大五郎君。」
俺は手に掴んだ、奴等の胸に着いていたはずの会員バッヂ、その束の一番上の名前を読み上げた。
それから、あいうえお順に卒業証書みたいに返してやる。
今度こそ驚愕の極み、奴等はその頂点に達したようだ。
紗綾も亀を探し、テーブルの下を、上をゴソゴソやっている。
紗綾……もう亀は水の入った持ち帰り用のケースに戻したから。
皆は驚きを通り越し、恐怖の対象と化した俺を遠巻きに見ている。
砂夢が近付く「貴方、お名前は?」
「あぁ、時井 翔。」
「素敵なお名前ね。マジック、と言って良いのかしら?
素晴らしかったわ。どなたに教わって?」
俺は「あぁ、独学でちょっと、ね。」
あの程度が何か?みたいな顔で言ってみた。
砂夢は、眩しい物を見る様に目を細め
「私は世界中のマジシャンと仕事もしたし、その技を見てきたわ。
でも、本気で敵わない、と思ったのは貴方だけよ。
よろしかったら連絡先を教えて頂けない?
ビジネスの話がしたいわ。」
信者達がどよめく。
俺は「まっ構わないけど、電話ならコンビニバイトのない日に掛けてくれ。」
砂夢「コンビニ?バイト?冗談、そんなことしてるの?貴方は。」
俺「ああ、ビジネスの話って言ったな。
だったら、そこのコンビニよりは高い時給じゃないとゴメンだぜ。」
俺は仮入会者の証を受付のお姉さんに返し、片手を振り、ビルを後にした。
帰りは、そりゃ当然、質問責めであった。
「どーやったの?」
「あんなこと、どーしてできるの?」
「いつから?」
「お兄ちゃん、亀は?」
「てゆーか、手品っていったら、ふつー鳩じゃないの?」
俺はつまらない映画を観た後みたいな顔で
「手品は練習した、亀はカバンの中だ。
鳩を使っても良かったが……。」
ま、あまりベラベラ語らない方が、人間の厚みが出るってもんだ。
大山駅で電車を降り、三人で話ながら少し歩くと、恋の家、真田の道場に近付く。
俺は抑えていたつもりだったが、つい今しがた、能力で砂夢、プロ思考のマジシャン達を圧倒した興奮に酔いしれ、あの朝の災厄、岩城が此処に居ることなど、すっかり頭から抜けていた。
ん?
辺りが、赤い。
道場門の前は、パトカーの赤色警光灯に彩られ、近所の人達が集まり、ちょっとした騒ぎになっていた。
恋は警察によって封鎖された門の前で突っ立ち、直ぐに慌てて、マジックビルの受付で電源を切ったまま、カバンに入れていたスマホの電源を入れる。
着信28件……。
全部、恋の母さんからだった。
コリャただ事じゃないぞ!!!