5話 力こそ、統べて。
5話 力こそ、統べて。
俺は決意した!
次のバイトの休みにマジシャンになる!
プロのマジシャンだ。
今現在、俺には手品など一ミリも出来ない。
だが、自信があった。
当たり前だ。
何と言っても、俺の強みは、かの高名なエジプトのファラオの御抱え奇術師から、磨き上げられた最新の技を有する、現代の世界最高峰のマジシャン達も決して叶わない、アレが出来るのだ。
そう!正真正銘、本当の
「タネも仕掛けもありませーん。(能力を使わんとは言っていない)」が、出来るということだ。
最近のテレビとかでは、マジックだけの番組なんかは、あまり見掛けない。
間違いなく、手品はブームとかではないと思う。
だが何の業界でも、最高峰、しかも、そいつが世界一、となれば話しは別だろう。
勿論、収入なんかは、俺のやってるコンビニバイトよりは良いはずだ!
よーし決めた!俺、マジシャンになる!
そんで、いきなし有名んなって、付き人とか付けてー、プール付きの豪邸なんかに住んでー。
えと、モスコミュールかなんか飲みながら優雅に過ごす、か?
んで、プールサイドに執事とか来てー、俺の両脇の、スゲー美女達に遠慮しながら
「御主人様、おくつろぎのところ失礼致します。
今月もですが、アメリカのテレビ局から幾つかの出演オファーが来ております。
今度は何やら皆、先生だけの特番を組みたいらしく、報酬額はそれぞれ、コレコレこういうものを提示して来ておりまして……。
え?はい、なるほど。
これらでは、もう2百万ドルは足りない、と。
確かに、御主人様ともあろう御方が、随分と安く見られたもので御座いますな。
では私めが何とか、はい、交渉してみます。
なに、奴等に御主人様の能力の素晴らしさなど、今一度思い出させれば良いだけの事。
誠に楽な仕事で御座いますれば、万事お任せ下さいませ。では失礼致します。」
みたいな感じか?
ムフ。(モスコミュールってなんだろ?)
いやいやいやいや!待て待て!
功を焦るのが俺の悪い癖だ!
やはりここは、現実味のある綿密な計画と、堅実な足場固めからやっていかないと、な。
ふーん。でもコレェ、能力さえ使えば、全っ然、夢物語じゃないんだよなー!!
うむ!マジシャンなんか多分、元手もあんま掛かんなそうだし、何より先ず、コンビニ強盗みたいに悪い事じゃあない。
どこの誰かを傷付ける訳でもない。
いや、それどころか、観る者みんなを楽しませる、それこそ夢を売る、素敵な仕事じゃあないか?
よし決めた!俺、世界一のマジシャンになる!!
ん?でも、世界一とかなっちゃうとアレかー。
勿論父さんに
「やはり、翔には特殊な能力が備わっていた、か。」とか、ばれちゃうだろうなぁ。
うーん、困ったなぁ~。
あの人、この能力を知ったら、俺に何させるか分かったもんじゃないからなぁ。
でもでも……。ムフフ。
ビバリーヒルズに、陽当たり良好、プール付きの別荘。
ガレージにはスポーツカーを何台も。
も、ホント思うがままの豪奢な生活……。
しかも俺は、そこらのただの富豪では終わらない。
誰にも真似のできない、スゲー才能を発揮できるという悦びがある!
最高峰のホール、その輝かしい舞台で、時間前に、ちょいとスタッフと打ち合わせて、世紀の大マジックショーの開幕!
千客万来!拍手喝采、称賛の嵐、耳栓常備の千両役者だ!
んでんで、バラエティー番組なんかにも出て、大忙し。
そのうち、ハリウッド俳優のお飾りで、連日表彰式、パーティーにも招かれて
「レッドカーペットすか?あー、あんなの歩きにくいだけっすよ~。ナハハハハ!」
とか?
しかも、種明かしが禁忌の業界だから、もし何かを疑われても
「えー?そこんとこは、ホラ。
アレ、企業秘密ってヤツでしてー。」
で何とかなるしなー。
で、俺のやるマジックのネタなんかは、テキトーに有名な同業者等のネタを観て、能力を使って、更にその上をやって見せればいい!
うーん。父さんの事はー、今はいっかー?
ま、何とかなるでしょ?
有名になれば、自然と周りに沢山、人も付くだろうし。
そうなれば、父さんとも距離が出来、隔絶されるさ!
うん!これ大丈夫!
となれば、まずはマジシャン、プロのマジシャンにどーやってなるか、だな。
えーっと。
うん、ネットで検索してみるか。
俺は机のノートパソコンを見た。
1時間後。
ふーん。どうやら、ざっくり大まかに分けて、2つ、あるみたいだな。
1つは、独学でマジックを覚えて、地道にスーパーマーケットとか、ショッピングモールとかのイベントスペースを借り、あちこちでマジックショーのドサ回り。
で、地道にそういう所の催事担当者と仲良くなって、回数をこなし、仕事を拡げ、名前と顔を売っていく、と。
フム、そういえば子供の時、日曜とかにそんなの見たことあるな。
で、二つ目は、有名なマジシャンに師事して、弟子になっての暖簾分け、か。
なるほど、プロのマジシャンを目指すなら、基本はこの2つみたいだなー。
前者なら、確かな能力のある俺の事。
地道ながらも、毎日小規模なサクセスストーリーを肌で感じ、割りと苦もなく、自然にプロまで昇って行けるだろう。
うん。
でもやっぱり、手っ取り早くビバリーヒルズにゴールイン!なら、断然後者だろうなー。
けど、簡単にはいかないみたいだ。
先ず、有名なマジシャンになればなるほど、最初に契約金みたいなのを求められ、そいつがバカ高らしいな。
画面に寄り、マウスをつつく。
ふむふむ、そのマジシャンのランクにも依るがー、少なくとも入門に際し、300万から400万円は必要といわれ……。
えっ?!何それ?!そんなに取るの?!
うわっ!こりゃキツい!!
俺は天井を仰ぐ。
イスの背もたれがギューと鳴く。
んー、でもまぁ、師匠のマジシャンからしたら、命の次に大切なマジックのタネを売るようなもんだろーしなー。
正に飯のタネ、だもんな。
ま、高いけど、そんなもんかー。
て、納得したは良いけど、うーん、俺にそんな金、ある訳ないしなー。
あ、待てよ。
でもコレ、何とかなるかも?
うんうん、いける、いけるよ!大丈夫!
よし!じゃあ早速有名なマジシャンに会いに行くかー。
でも、それってどこに居るんだ?
更にネットで検索した結果、マジシャンの有名な人等は、マジックの同好会とかにゲストで喚ばれ、そこで指導をしたり、若い芽を摘んだりするらしいのだ。(こえー)
フム、近いところでは、池袋にそれらしいのがあるようだな。
うん、池袋なら俺の住むここ、板橋の隣だ。
良いぞ!これぞ渡りに舟、ってやつか?
待ってろよ!プール付きの別荘!
いやいや、功を焦るな俺。
……ムフ。
数日後。
さて、待ちかねたバイトの休みが来た。
早速、マジシャン業界に道場破りだ!
眠気等すっ飛び、俺は朝っぱらから鼻息を荒くした。
だが、本物の道場に呼ばれることとなる。
そう、恋だ。
昨夜つい口(指?)が滑り、スマホのメッセージのやりとりの中で、今日がコンビニバイトの休みだと教えてしまったのだ。
なんでも、恋の父さんがお茶でもご馳走したい、とか。
はぁ、まーだあの日の事件を気にしてるんだな。
ま、さっと行って
「全然大丈夫っすよ。」て、済ませて来よう。
ー真田流 極東気功空手道場ー。
俺は重々しい門扉前で恋に迎えられ、道場の隣、恋の母さんを家元にいただく、茶道教室の和室に招かれた。
ああ、懐かしいな。
小さい頃、ここで羊羮貰ってかじったり、苦い茶吹いたりしたな。
室には真田夫婦が待っていた。
ここでのやり取りは、特に面白くもなんともないので割愛する。
まぁあれだ、真田流極東気功空手が15メートルも人間を吹っ飛ばす、とかいう事が噂になると、あそこはやっぱり妖しい、気功など危険!ということになり、良いことはないので、俺の口を封じておきたいのだろう。
館長御自らと、その婦人の正式な謝罪、という形をとっちゃあいるが、その実、やんわり遠回しに、そこんとこにしっかり釘を刺しておきたい、という訳である。
俺はそんなの、誰にも話す気なんかないんだけどなぁ。
まぁ、この家族とは長い付き合いだし、前にも言ったが、恋の母さんは家の母さんと親友だ。
ここはハイハイ、と一応、神妙な顔で頷いてきた。
俺は20分程で解放され、真田道場の敷地の外れで、痺れる爪先で地面を突いていた。
ん?恋が駆けてくる。
「翔!折角の休みなのに、朝から何か嫌な空気を吸わせてゴメンね!
で、翔。
これからなんだけど、予定がなければ、タマにはご飯でも行かない?
勿論、呼びつけて悪かったから、ちょっと良いご飯ご馳走するよ?」
すまなさそうな顔で、俺の顔をうかがう。
俺は頭を振り振り
「いや、いいっていいって、そんな気にすんなよ。
一応ほら、俺達、幼馴染みじゃんか。
それに俺、これからちょっと行くとこあるしさ。
悪いな恋、飯はそのうちまた、ってことで。」
そう、俺はこれから、ここではない道場を破りに行かねばならない身なのだ。
池袋でビバリーヒルズが待っている。
恋「そっかー翔、行くとこ、あるんだー。
分かった。本当、今日はゴメンね。」
おい恋、意外そうな顔すんな。
俺にだって用事位、あるぜ?
そう言おうとした、その時。
風が恋のブロンドに近い、短い茶髪をキラキラとかき回した。
そして次いでに、どぎついタバコの香りも連れてきた。
澄みきった水に墨汁が落ちた感覚。
「よー。お前かー。確か恋の幼馴染みのー、あー、なんつったっけ?時ぃなんとか、あれ?忘れたわ。まーいっか。」
道場門の外から現れた、くわえ煙草のこの失礼な奴は、真田流 極東気功空手の大阪支部の筆頭、岩城だった。
うえっ。嫌なヤツに会ってしまったな。
俺は、この間殴られた水月を押さえた。
大阪の大将は数人の後輩を連れ、コンビニへお出掛けだったらしい。
「お、押忍。」
また殴られてはかなわんので、とりあえずコイツらの言語で挨拶をしてやる。
俺は手を上げ
「じゃな、恋。また連絡する。」
何か嫌な予感しかしないので、オールバックのゴリラみたいなのとは目を合わせないよう顔を伏せ、しっかりと距離を置き、逃げる様にすれ違う。
「ちょっと待てよ。」
うわぁ、やっぱり来たか。
「えっ?な、何でしょう?」
岩城「いや、あのさ、お前さぁ、恋の幼馴染みか何だか知らねーが、もう道場に出入りして来んなよ。
この間、貧弱なお前が、ハデにバカみたいに飛んでから、こっちはご近所連中の口封じとかで大変だったのよ。
俺が大阪で真田の名前を売りまくってぇ、何とかやってやってるから良いものの、ただでさえ門下生減ってるんだからよー、もうあーゆう事して迷惑かけねーで欲しいわけよ。
分かるか?」
岩城はそう言いながら、俯いた俺の頭頂部を、ぶっ太い人指し指でズンズンと突いてきた。
俺は目も見れず、俯いたまま
「そうでしたか。め、迷惑でしたか。でも、俺はただ……。」
恋「岩城さん!あの日の事、翔は悪くありません!
今さら責めるのは止めてください!!
それに今日、翔がここに居るのも、こちらが招いたからです!
大体何ですか?武の道を追究する者、しかも指導する立場のあなたが喫煙など!!」
170センチの美女が、気丈にも割って入る。
岩城がドロリと濁った眼でそれを見る。
「はぁ?恋、あんな大変だったの忘れたのかよ?
正かお前、こいつに惚れてんのかぁ?
バハハ!こぉんなヒョロカスをよー!
フン、タバコなんかどーでも良いだろーが!
一体この道場、誰のお陰でやっていけてると思ってんだよ?
俺様があちこち総合とかで結果残してやってるから、こんな時代遅れの三文古武術道場でも何とかなってんだろうが?
大体なぁ、俺様は強ぇーから何をやっても許されるんだよ!!そうだろ?」
後輩達が一斉に、押忍!と唸る。
恋「くっ!あなたはいつもそう!
いくら今は強くても魂、精神が美しくありません!そんなのは本物の武道家のあるべき姿ではありません!!
いくら道場に貢献しているとはいえ、間違っています!それに、あの日の翔は被害者です!
それを迷惑だ、ヒョロカスだなんて!
岩城さん!許せません!今すぐ訂正して謝ってください!!」
恋……その気持ち、スッゲー有り難いけど、もうその辺で止めてくれ!
コイツらを煽るのは、嫌な予感しかしないから!
岩城「はぁっ?!何で真田流を守るために、このヒョロカス害虫を追い払おうとした俺が責められないといけないんだ?
オイ恋!未来の亭主を何だと思っているんだ?
お前は性格は別だが、面と、見てくれだきゃあ良い。
俺はこれでも、お前のような、しょうもないお嬢様をかな~り評価してやってるんだぜー?
俺がヘソを曲げたらどーなるか分かってんのか?」
その時
「お前達!何を騒いでいるか!!」
真田 勇雄。
恋の父さんが来た。
岩城は「けっ!」と言い、俺とすれ違いざま俺のシャツ、その胸ぐらをつかみ、開いた体とシャツの隙間に、火の着いたタバコをポイと投げ込んだ。
あっ!と思ったその刹那、強烈な頭突きが来た!
一瞬の整髪料の香り。
歩きスマホで頭を電柱にぶつけたみたいに目から星が出た。
「ギャッ!!」
俺は仰け反り、額を押さえる。
そして、刺すような懐の熱源に、慌ててシャツの下を引っ張り、吸い殻を落とそうとするが、何処かに挟まっているのか落ちてこない!
激痛!!目眩!そして熱いっ!!
「バハハハハ!!」
岩城が下品に嗤う。
何事か?と、恋の父さんが心配そうな顔で俺の方を見る。
岩城はその肩にスルリと手を回すと
「館長、来月の名古屋ドームでの総合イベントの件ですが……」
恋の父さんを無理矢理、俺とは反対の道場の方に向かせる。
恋の父さんは振り返り、騒ぐ俺に何かを言いたそうだ。
岩城はその耳に口を寄せ
「今回も出場者は、まぁ代わりばえのしない、へなちょこばっかだし、先ずは俺の優勝だと思います。
で、賞金の一千万なんですが、どうでしょ?
今回、俺はこちらの東京本館に、俺の取り分無しで、丸ごと寄付しても良いかと思っとります、えぇえぇ。」
恋の父さん「なに?それは本当か?
いや、それは助かるが……。
流石に、君のファイトマネー無し、というのは……」
岩城はハの字に毛虫眉を下げ
「いやいや、お気になさらんで下さい。
今の自分があるのも全ては館長、真田流のお陰でありますから。
押忍!バハハハハ!」
師匠の背をバンバン叩きながら、道場へと向かう。
恋「岩城さん!待ってください!
あなたはまだ翔に謝っていません!!」
おやっ?と振り返る岩城
「どうした恋さん。何をそんなにめくじら立てられておられるのですかな?
館長ぉ、自分、ストレスが多いと力が出せないタイプでーあります。
日頃から、恋さんのああいう怒りっぽいとこ、しょーじき気になるでーあります。
大会も近いし、東京に来て、こういう扱いではちょっとー。」
これは弱ったという顔で、甘えた様な声を出す。
恋の父さん「こら恋、支部長は今大事な時期なんだ。
翔君への謝罪なら先程、私もしただろ?
もう騒ぐのは止めなさい。」
恋「館長!違います!この間の事とは関係ありません!」
俺は慌てて、鼻血を親指と人指し指でひねくり
「恋、も、もう良いから。
俺なら大丈夫だから、な?」
揉め事は大嫌いだ。
それに、この道場に対して岩城がかなりの発言権を持っているのが分かった。
本人も言っていたように、もしコイツがヘソを曲げ、この道場に何か不利益があったら、俺では責任が取れない。
「な?俺、気にしてないから。」
油汗で光る顔で精一杯の笑顔を作り、俺は恋を見た。
恋は頭を振り
「翔、逃げちゃダメ!こんなの絶対間違ってる!」
かぁー、今に始まった訳じゃあないが、ホント気の強い娘だこと。
恋の父さん「恋!いい加減にしなさい!
翔君、先日の件、君には本当に済まなかったと思う。
今回の騒動の発端である、手加減の出来なかったこの私が、こんなことを言ってはいけないのかも知れない、だがね。
もう、良いんじゃないか?
今日の所はお帰りなさい、ね?」
爽やかな、昭和ハンサムの笑顔だったが、厄介者、と煙たがられているのが伝わってくる。
岩城が俺を、まるで転がる汚物を見るような目で見下ろし
「フン!こぉの疫病神が。」
俺は一礼し
「はい……。失礼します。」門の外へ急いだ。
背中に岩城の
「おい!そこは押忍だろ!押忍!
もうここには来んなよー!バハハハハァー!!」と喚くのが響いたが、俺は無視して歩いた。
顔は赤くなっていたと思う。
ドクンドクンと耳まで熱い。
恋が着いてくる。
「翔!良くない!こんなの絶対良くないよ!」
俺の背に手を伸ばす気配。
もういい!恋、頼むから止めてくれ!
俺はホント揉め事が嫌いなんだ!
いや、正直な所を言おう!
俺はアイツが恐くて恐くて堪らないんだよ!
情けないけど、あのタバコと頭突き程度で済んでホッとしてるくらいだ。
「う、うん、れ、恋、ありがとぅ。
ほ、本当に何とも思ってないから。俺……い、行かなきゃ。」
恐怖の洗礼を受け、歯はカチカチと鳴り、声が震えるのを、何とか誤魔化しながら言った。
恋は涙を貯め
「良くない!!何にも良くないよ!
大体、あの日だって、私が翔を引っ張って来たから……。」
あ、こぼれた。
恋が手で顔を押さえ、しゃがみこむ。
ピキッ!
あ、ダメだコレ……。
俺の中で何かが壊れた!
「やっぱり許せねぇ!おい!岩城ぃ!!
てめーいい加減にしろ!!強けりゃ何しても良いのかよ?!じゃあ俺と勝負しろー!!」
とは、な ら な い!
俺は生まれついての怯える子羊なのだ。
俺は何と、地面の恋を置いて逃げ出した。
一瞬の迷いもなく、それこそスタコラサッサとだ……。
最低?んなことは分かってる!!
だが、格闘技をやってる、しかも名古屋ドームの格闘大会の連続優勝者など、そんな化物に向かって行ける訳はないのだ。
泣きたいのは俺だよ。
でも能力使ってやっつければ良いじゃん?だって?
あのね、精神が退けてるから無理!
能力とかそういう事じゃあないんだ!
人間、一度逃げにスイッチしたら、そんな簡単に切り換えられるもんじゃない!
例えるなら、いじめられっ子に、殴られたら殴り返せば良いじゃん?て言うのと同じ。
それが出来ないから、いじめられるんであってさ、ソレ全然論点が違うから!そういう事じゃあないんだ。
岩城は確かに嫌なヤツだ。
だけど、それよりも俺の為に泣いてる恋を放置して、全力競歩する俺の方がもっと屑だ、と思うだろ?
俺もそう思う。反論は、出来ない。
何も考えられず、それこそ無心で板橋駅へ歩いた。
この朝の事は、俺の人生の中で、思い出したくない出来事ランクの、それこそ一位、二位を争う程のモノであった。
だが、俺はまだ知らない。
この日、真田流極東気功空手が、この世から滅びる事を。