表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギア・クロノス  作者: 有角弾正
3/7

3話 走るなキケン。

    3話 走るなキケン。




 俺はジェットコースターの下りにも似た、急激な落下感の中に居た。 


 それは膝から崩れるような倦怠感を伴い、急速に血の気が引いて行く。


 

 と、とっ、父さん。俺、つ、つまらなくなんかなかったよ。


 それどころか、父さんの大の好物、不思議なスッゴい能力者になっちゃった、ぜ……。


 ねえ、父さん。ちゃんと聞いてるかい?



 ソファーに座す、年季の入った中二病患者を見る。


 しかし、銅像の様に動かない。



 俺は考えた。こいつはどうやら、俺が首の後ろ、あの木の杭がめり込んだ辺り、そこに意識を強く集中したとき、周りの人は固まるんじゃないか?



 瞬間、鳥肌。そして瞳孔は開き、脳内に熱い血が湧く感覚!


 

 来た!!来た来たぁ!!何かコレ、感動が高波で来たぞぉ!!

おおー!!スゲースゲー!

俺スゲー!!!



 って、アラ?!

コレって、どーやって元に戻すんだろ?



 いやぁ、意外と冷静だったな、この時の俺。



 んーと、昼間の道場では、みんなどうやって戻ったんだっけか?


 えーっと。

あの時、(れん)に、集団パントマイムみたいなの、気持ち悪いから、マジでそろそろ止めてくれって言って……。



 あぁ、そう!その後、心臓と頭がバクバクし出して、それがあんまり痛くって。

何か気を失ったな。



 はっ!今は?!


 うー、うん。まだ、痛くはないな。


 うん。コレ、なんて言うか、ほっとけば能力使ってる俺の身体に、限界みたいなのが来て、勝手に解除されるのかもな。



 よーし!!こりゃ父さんに教えたら喜ぶぞー!!


 「驚いた。凄いぞ、翔。」みたいな!


 ん?!でも待てよ。さっきの父さんの言う通りなら、俺のこの能力、色々と知りたがるやつ多いかも……。



 う、裏世界の名鑑……。

いやいや!冗談じゃねー!

コレは秘密にしとかねーとヤバいな!


 うん。こーゆうのにノリノリだった、父さんにだけは教えてやるか……。


 いやいやいやいや!

さっきの父さんの、あの氷の眼を思い出せ!

ありゃまともな人間の皮を被ったアレだったじゃねーか。



 もし、父さんが、この能力が本物と知ったら……。


 付き合い長いけど、この人、突然何を言い出し、やり出すか見当もつかねぇ、何かそういう不気味な怖さがある!


 うひゃあっ!父さんもダメだ!っていうか、父さんがダメだ!



 紗綾も、母さんに教えるのも、父さんに直接言うのと変わりないし……。


 うん!ここは知らん顔して、テヘ、ヤッパリ夢でしたぁー、だな。


 よし、ひとまずはそれで行こう!



 さて。じゃ、解除、だが。


 自然とやってくる、俺の身体の限界を待つ、ってのだけど。

昼間のように、心臓とかパンクしそうになるのはキツい、ていうか超痛いからやだなー。


 よし、試しに固める能力ON!と同じく、首の後ろにもう一回、意識を強く集中して、固めるOFF!ってならないか、一応、やってみるか。


       むーん……。



      て、あぶねぇ!!

 そう!元の立ち位置に戻らなきゃな!



 えーっと。

さっきの俺は、ドアの近くで父さん達を振り向いてー……。


 おう、ここだ、ここ。

 

 ポーズは何かこんな感じでー。

よし!目を閉じ、集中集中……。


       フーンッ!



 俺は見たくないものを仕方なく見るように、それこそ恐る恐る、片目を開ける。


 おっ!さっきは気付かなかったけど、部屋の空気が変わった!

なんて言うか、透明感、ての?

何か居間全体に、生命力みたいなのが吹き込まれた感じだ!



 俺は左下をチラっと見る。


 母さんの手が動き、発泡酒の空いた缶を整理するのを確認出来た。

 

 うん、ちゃんと、自発的に能力OFF!出来るじゃねーか!

これで頭とか、心臓とか痛くならないな、よーしよしよし!!



        さて……。



 この時、俺は何故か、心の中で新撰組の格好をしていた。

 

 歯を食いしばり、鉢金を締め直す。

 

 

 さーて、一芝居!こっからは細心の注意ですっとぼけろよ、俺。 

 

 分かってるさ!俺はやれば出来る子だ!



 「じゃ、お、おやすみぃ。」

勿論、内心はバクバクである。

それでも必死に平然を装い、可及的速やかに二階の安息の地、自室に向かう。


  

       「翔。」



 来た!ヤッパリ来た!

父さんだ!ズキッと心臓が痛む!



 俺「な、何?」

手はノブは離さず、顔だけ居間へ向ける。



 父さんがソファーで頬杖

「お前、今……。」



 えー?!ヤッパこの人は騙せないのか?!

ここでつい、父さんの眼を見てしまう。


 吸い込まれるような美しい瞳。


 俺は瞬きも出来ず、絶望からか、足下の床がザーッと砂になり、溶け失せていくような錯覚を覚えた。



 さ、流石は人事部から成り上がった人間!何て言うか、眼が、眼がスゲぇ!


 月並みで悪いが、こりゃ、蛇に睨まれたなんとやら、だな。

か、敵わねぇ……。


 く、苦しいから、もういっそのことパクッとやってくれ!



 


 「いや、何でもない……。おやすみ。」


 フッ、と父さんの長い睫毛(まつげ)が動き、俺は視線(メデューサ)の呪縛から解放された。



 俺は、強烈な精神の疲弊から、その場によろけそうになるのをなんとかこらえ、ごくごく自然に


 「おやすみ」


 フィニッシュを決めたのである。 



 うん、我ながら上手くやったなー。

いや、父さんの血中のブランデーのお陰かも知れない。



 俺は後ろ手でドアを閉め、父さんの視界から出ても、無駄に平静を装い続け、二階の自室に入り、施錠し、椅子に座った。


 このとき、俺はやっと全身が汗でジットリと湿っているのに気付いた。



 目にかかる汗を、折った指の関節で払い、ふと、スマホの通知点滅に気付き、メッセージを見る。



 (れん)だ。はは、目茶苦茶心配してるなー。


 だから、怪我は大丈夫だってー。

ま、変な能力は発現してしまいましたけどね。


 ここは恋にも、テキトーに、当たり障りのない事を送っておく、か。


 【心配すんな。何ともないぜ!道場での事は誰にも話さない。】


 返信完了。



 その時、不意にドアが鳴った。

反射的に、俺は蛙の目でドアを睨む。


 「お兄ちゃん、本当に身体大丈夫?

さっきは悪乗りしてゴメンねー。おやすみー。」


 何だ、ただの紗綾か。



 「あぁ、気にしてない、おやすみ。」


 失せて行く小柄な気配。



 さて、俺には考える事が山程あるのだ。

湿ったシャツを換え、ベッドに転がる。


 目下の課題は、この、人を固まらせる能力をどうやって役立たせて行くか、だな……。


 がっつりと考えるつもりが、俺の意識は急速にとろけていったのであった。





 翌日、バイト前の11時。


 スマホのアラームで起床。

手早く着替え、階下へ洗顔に向か、



        アレ?



 べ、ベルトが……。えっ?!あれ?

コレ、俺のじゃないぞ?!


 俺は元々痩せ型だが、それにしても、いつものベルトの穴では全然足りない?



 こ、これは……激痩せて、いる?



 えー?!何もしてないのに?

もうここ数年は、痩せも太りもしてなかったのに?!


 なんだかなー?特に変わったことなんか……。


 

 いやいや!あった、あったよ!スッゴいの有ったんだよ!

もしや、人を固まらせると膨大なエネルギーを使うんだろうか?


 うん、今んとこ、それ以外は考えられない。

俺は額に皺など寄せ、考えた。



 ま、喰えば戻るだろ?



 俺はお気楽に、遅い朝食を摂りながら、今朝早く、真田家がきちんと御詫びに来たこと、それこそ、しつこいくらいの謝罪があったことを母さんから聞いた。



 はっ、そんな気にしなくても良いのになぁ。

俺は首の後ろに手を回し、他人事の様に思った。



 月曜だ、父さんと紗綾はとっくに出動している。

俺もバイト先にのっそりと出掛ける。



 その日のコンビニバイト等は適当に終らせ、帰路にて考えた。


 何をかって?

勿論、バイト先のコンビニでもやってみた、この、人を固まらせる能力についてだ。



 

      遡ること、正午。



 俺は着なれた制服に着替え

「おはようございます。」


 で、いきなり首の後ろに意識を集め、固まれ!

うん、出来たー!

ちょっと慣れてきたぜ。 

 

 我ながら、お見事!

挨拶を返してくるはずのレジのバイト仲間も、店内の7、8人いた客達も固まった。


 もうこっからは、コツを覚えりゃなんて事はなかったね。

バイト中、5、6回はやったな。


 オーナーには悪いが、静かな世界で売り物のマンガ、雑誌等を拡げ、幾度か無断の休憩をさせてもらった。



 で、大きな収穫があった!


 なんとこいつは、人を固まらせる能力ではなかったのだ。



 じゃあ何かって?

うん、簡単に言うと、時間を止める能力だったのだ。



 それに気付いたのは、俺が職場での、固める一発目をやってみたときだ。 


 自分の中では、5、6分は固まった世界で無断休憩したつもりだったのだが、なんと!コンビニ内の時計の針はちっとも進んじゃあいなかったのだ!!



 で、ここからがややこしいのだが、この能力、正確に言うと、これまた時間を止めてる訳でもないのだ。



 それ、どういう事?って?

それは2度目にやってみたときだ……。 



 順調に能力に慣れ始めた俺は、開きっぱなしのドアから外に出てみた。


 そこで調子に乗って、店の前の車道を、止まった車の窓を次々と覗き込み、そこらを駆け回った。


 

 なるほど。やはりコレ、人を固める能力じゃないな。

だってさ、自動車もバイクもみんな止まってるんだぜ?


 

 ここで俺は、一気にゾーッと青ざめた。

 


 もし、これが最初の見立て通りで、人を固める能力だったとしたら……。


 車はペダル、バイクはアクセルを、踏み、回しっぱなし!

そこら中、追突、特攻、火の海の大惨事だ。



 いやー……ハハハ。

笑えねぇ……。



 間違いない、俺の能力は、確かに時間停止である。


 バイクなんか、後、自転車のおばさんなんかも倒れず、その場で地面に、しっかりと二輪で立ってるし。



     ここで、ふと気付く。


        

         ?



 な、何か、焦げ臭い。

しかも気のせい、と言えるほど、うっすらじゃあ、ない。


 一体どこからだ?と、鼻をひくつかせる。


        クンクン。


 近いようだ。


 

 俺は何とはなしに、鏡張りの飲食店の自動ドアに触れ、映っている自分を見る。 


 何故だかボヤけて映っちゃあいるが、まぁ俺、コンビニ制服の俺だ。


 

 じいっと視て、俺、やっと気が付く。


 あっ!髪の毛!俺の頭、制服の肩辺りに薄い煙!これ、俺が焼けてる!?焦げてる?!

 


 ヤバい!!誰かに火を付けられた?!

何で?!

道路の車、その内部のシリンダー内のガソリンの瞬間燃焼でさえも止まった、この世界で誰が?!


      んなバカな!



 俺は無我夢中で辺りを見回す!


 しかし、周りの自動車、スクーターの人、歩行者も、もれなく止まったままだ。



 昨日の道場、昨夜の自宅でも、俺が焦げるなんて、そんなことはなかった。

それに今日の、さっきの一発目でも、だ。



 俺、特別な事、何かしたっけ?

腕を組み、トボトボと職場に歩きながら考える。


 歩きながら、改めて自らの身体を嗅ぐが、どうやら焦げたり、謎の煙の噴出はなくなったようである。



 あっ!

何か閃いた!


 分かったぞ!こいつは多分、空気の摩擦熱でのアレだな?!

この度の実験で、俺はチョーシこいて車道を走った!

 そして、うん。今、歩きの俺は焦げてない!



 てーことは、どうやら俺は時間を止めているって訳ではなく、他人が分からない、気付けないほどの、それこそ火が点く位の超スピードで動いている、ということなのでは?!

 

  

 ああ、そうだ!それなら何か辻褄が合う!



 それで昨日、道場のトイレの便器の中の水が、何かデッカイゼリーみたいに感じたのか!


 多分あの時、俺から出た小便は、俺の一部であって、超スピードのパワーみたいなのを帯びていた。


 しかし、それを受ける便器の水は普通の水な訳で。


 つまり、超スピード中の俺からすると、着水点の便器の水は、波紋が出来るのも、揺れるのも遅く感じ、出来損ないの寒天か、ゼリーみたいに感じたってのか?!


 しかし、小便まで超スピードとは……。


 う~む、これが気の力か?

それか電車の中でジャンプしても、ちゃんとその場に着地出来るとかいうアレ、そ、慣性の法則か?




 はぁ、それで長いことこの能力をやってると、身体に限界が来て、心臓や頭が痛くなるのか!


 ま、なにせ、他人が認識出来ない程の超スピードで動き、考えているのだからな。

そりゃ身体にとっちゃあ、目茶苦茶オーバーワークだよ。



 ふーん。まとめると、コレ、あんまり面白半分でやるものじゃないな。

確実に寿命を縮めてる気がする……。

痩せたのも分かるなー。



 俺はコンビニのレジ前、超スピードを開始したポジションで能力を解除し、元通り動き出す客のレジ打ちをしながら、ボンヤリと考えた。



 ここで、俺の緩慢な頭脳に、電撃が、いや雷撃の紫電が閃光(スパーク)した!



 能力ON!


 俺は誰も動かぬ、知らぬ世界で顔を歪ませる。

 

 フフ……確かに父さんの言う通り、この能力、善用より悪用が向いてるな。



 俺は静寂のコンビニ店内を見つめながら、バイト等しなくても良い、ある計画を思い付いたのだ。



 そう、この能力の恐るべき悪用方を。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ