2話 家族懐疑。
2話 家族懐疑。
その夜は特に熱が出た、とか、どこかが痛い、とかもなく、昼の事件に比べ、拍子抜けするほど何事もなかった。
俺は二階の自室で今日の出来事を思い出し、整理してみる。
とりあえず感心したのは、恋の親父さんの気功って本物だったんだな、ということ。
今までは正直疑ってたし、気功なんか取り立てて興味もなかったから、深く考えた事はなかったな。
いやー素直に、スゴいスゴい。
それからなんだっけ?あのオールバックのニヤニヤゴリラ。
あー岩城か。ホント絵に描いたようなイヤなやつだったな。
後は……。
アレは夢だったのかな?みんなが固まった事とか、道場のトイレ借りたのとか。
色々不思議な体験だったな。
どこまでが現実で、どこからが夢なのか分からない……。
うーん。
ま、いっか。
背中を打ったが、精密検査では特に異常はなかった訳だし。
でも、15メートル位飛んで、壁にぶつかり、木の杭が延髄にめり込み、それで軽い打撲のみ、ってなぁ……。
ギャグマンガのキャラじゃねーんだしさ。
ま、怪我なんて、ないにこしたことはねーんだけど、な……。
にしてもなぁ。
俺は床に放った、病院でもらった湿布の入った白いビニール袋を眺める。
その時、ドアが鳴った。
「お兄ちゃん、お父さんが降りてこいってー。」
妹の紗綾の声だった。
「分かった。」
俺はあれこれと考えるのを止めにし、素直に階下に向かった。
居間にはビジュアル系ロッカー、いや、ゴルフ帰りの父さんがソファーに掛け、俺を待っていた。
父さんは手にした携帯ゲーム機を傍らに置き、俺を見上げる。
俺も向かいの辺りに、あぐらで座る。
父さんは手の指を組み合わせ
「救急病棟に、行ったらしいな。」
俺「うん、恋の親父さんに吹っ飛ばされた。」
父さん「ああ、母さんから聞いたよ。何でも気功で飛ばされた、とか。
飛び方からして、重傷でもおかしくないはずが、何故か軽い打撲のみ、とか。フフ……。」
ヤバイ!父さんの目が、イキイキと輝き出した!
父さんは45歳にして、オカルト好きの重度の中二病患者で、何よりこんな不思議な話が大の好物なのだ。
父さん「翔、詳しく話してみろ。妙子、酒を頼む。ゆっくり、聞きたい。」
来た!
あぁ、もうこうなると朝の3時コースは決定だ。
明日のバイトは昼出だが、それでも3時寝はキツい!
だが、家では父さんは唯一神。
そして家族に信教の自由は、ない。
その指示は絶対なのだ。
俺は素直に抵抗を止め、ビール片手に今日の出来事を一通り話し(ねつべん)、温くなったグラスの最後を飲み干した。
ちなみに、父さんはブランデー、紗綾はトマトジュース、母さんは発泡酒と、毎夜の見慣れた家族の団欒の図である。
家は現代の日本の家族には珍しく、毎晩必ず四人が集まる。
確かに、俺も紗綾も一人で過ごしたい、そんな日もある。
が、神様には逆らえない。
「そうか。」父さんは短く言い、グラスを傾け、氷を鳴らし、母さんにお代わりを要請した。
次いで眼を光らせ
「中々ファンタスティックな体験だったな。お前はバカじゃない、気とやらで飛んだのは本当だろう。
そうだな、体育会系が苦手で、今までは武道家など距離をおいていたが、今度は俺も真田さんに、その気功術とやら、やってもらおうか。
ま、それは良いとして。
俺が興味を持ったのは、お前がここからは夢だったかも、と言った先の話だ。」
父さんは驚異的な若さを保った顔を俺に向ける。
今の今、関係ない話だが、父さんはちょと異常なくらい若い。
事実、一緒に買い物などに行くと、店の従業員や、たまたま出会った友人等から、俺の兄貴だと間違われる位だ。
まぁそれは良い、話は続く。
俺「えっ?何が?」
父さん「いや、その皆が固まった、とかいう件だよ。」
俺「う、うん。みんな固まったよ。
何か、マネキンかパントマイムみたいだった。」
ここで母さんが入ってくる。
「固まったって。さっきから何それ?全然動かないってこと?」
こっちは、まぁ美人の範疇には入るな、という普通のおばさんだ。
紗綾「えー?みんなって、恋ちゃんも?ウフフ、ヤッパリ夢だね!そんなのおかしー。面白いけど。」
クラスの上から3番目くらいの可愛さの少女は、クスクスしながら、立って冷蔵庫に向かった。
「翔。」父さんだ。
「何?」
この辺からイヤな予感しかしない。
父さん「俺達も固めてみろ。」
俺は「えっ?どういうこと?」
思わず聞き返した。
父さん「俺が思うに、外部の真田さんの放つ気功の波動、というものをきっかけに、お前の体に何か新しい能力が芽生えたのかも知れん。
俺の勘だが、皆が固まった、というのはお前の夢ではない、と思う。
そうなればの、やって見せろ、だ。」
俺「えっ?俺の勘て……。
そんなこと言われても、どうやったら出来るのか分かんないよ。俺の話を信じてくれたのは嬉しいけどさ。」
なぜかこの人に認められた気がして、少しだけ高揚した。
母さん「そうそ、お父さんの勘て凄いのよね!
この間のお父さんへの誕生日プレゼントも、開ける前に、これはアレキサンダーのネックレスだな?とか、ズバリ当てちゃうし。
あたしが新しい下着をおろした日だって、まだ見せてないのに、色の波動からして、紫だな。とか、」
父さん「妙。その話、今じゃなくて良い。」
母さんは紗綾の方をチラリ
「そ、そうみたいね。オホホ、ごめんなさい。」
父さん、ありがとう。
紗綾「えー、やるのー?!わたしも固まってみたーい!
お兄ちゃん、やってみてやってみてー!もしホントならスゴいじゃーん!」プリン片手に、嬉々と帰ってきた。
俺「待て待て!ホント夢かも分かんねーし!大体、能力とか……。父さん真面目な顔して何言ってんの?」
そうだよ、45歳のオッサンが何言ってんだよ。
父さん「どうやるか、か。そうだな。皆が固まったのには、何かきっかけがあったはずだ。
そして解除されたのにもな。
先ずもって考えられるのは、真田さんからの気功の洗礼だ。だが、これは違うと思う。」
いつもの事だが、俺の意見は空気になったようだ。
俺「気功波で、その能力?が目覚めた訳じゃないってことかな?」
父さん「あぁ。気功の波動を浴びて飛ばされた、なるほど超自然的事象だ。
が、それなら恋も、門下生達もお前と同じく、人を固める能力を発現していないとおかしい。」
俺はハッとし
「な、なるほど!飛ばされ役の人、毎回違うしね。
表の看板も、真田流固める空手になってないとおかしいよね。」
父さんの空想話の分析に微妙に付き合った。
父さんはニコリともせず
「次の可能性だが、お前の首の後ろに木の杭が刺さり、白いインパクトが目に抜けた、の件だな。
或いは、これと真田さんの気とが合間って能力を開花させたのかもな。
ちょうど木の杭が強烈なツボ押しの様な形になり、お前が受けた真田さんの気を体内で増幅、活性化させた、か。うんうん……。
そうとなれば妙子。」
母さん「はい!アイスピック!」
俺「おーい!!何考えてんだよ!つーか何?その見事な夫婦のコンビネーション!
て、え?もしかして、あるかどうかも分からない、人を固める能力を見たいってだけで、息子の頸椎に一刺いこうっての?」
俺はアイスピックから目が離せない。
父さんは目を細め、冷厳と言う。
「お前。気は、確かか?」
俺「いやいや!それこっちの台詞!」
父さんは、出来の悪い生徒に、我慢しいしい説明する教師ような口調で
「まぁ聞け。50人を越える人間を一瞬で無力化させる能力だぞ?
もしそれが本物なら、金等には代えられん凄まじい能力だ。
応用次第では、潜入捜査から軍事目的まで、幾らでも利用可能だ。
うん、もしかしたら限度は50人等ではなく、居合わせた人間を全て固められる、としたら。
フン。そうなれば、お前の名前は裏世界の名鑑に載るだろう。
うん、これは間違いない。」
いや、そんなのに載りたくねぇ!
俺の隣、母さんも何度も頷きながら、無言でアイスピックの先を、丹念に焼酎で消毒し始めた。
俺「おーい!ちょっと待てよ!
あんた達完全に頭おかしいって!!
俺、あんた達の息子だよ?大事な独り息子!」
俺は当たり前の事を喚き散らした。
紗綾が床に伸ばした俺の両足首を押さえ込む。
「お兄ちゃん。わたし信じてる!絶対生きて帰って来て!
後、お兄ちゃんの部屋、物置にしてもいい?」
俺「おい!!お前それ信じてないだろ!つーか止めろ!冗談じゃねーよ!
あんなの首に刺されたら死ぬか、良くて半身不随じゃねーか!!
あんた達みんな狂ってるよ!!」
ジタバタする俺の脚に、手では足りないと見たか、ちんまりとしたパジャマの尻を載せ、床に固定する紗綾の背中を見ながらつい叫んだ。
父さんがぬうっと立ち上がり、綺麗な顔で俺を見下ろした。
「翔。」
死刑執行官とか、屠殺場の人とか見たことないけど、有事にはきっとこんな冷たい氷の眼をしているのだろうな、と勝手かつ、失礼なことを思った。
首筋に冷や汗が一筋流れる。
俺は「なっ、何?!」
母さんの気配が直ぐ後ろに感じられた。
父さんがポツリ。
「冗談、だ。」
はえっ?!
それを聞き、意味を悟ると、俺は一気に脱力した。
「はぁー?!何だよそれー!はぁ~!ビックリしたぁー!!」
俺は早鐘のように鳴り打つ心臓を押さえながら、多分コレ、父さんにしたら半分以上冗談じゃなかったな、と思っていた。
父さんは、餌を投げてやったのに芸をしない犬を見るような目で
「流石に傷害、致死では役員を降ろされるだろうな。」
いやそこかよ!!
父さん「その後、白いインパクトの後、お前、何か変わった事をしなかったか?」
再びソファーに戻る。
俺はのどの渇きを覚え、新しいビールを開け
「えっ?!その後?うーん。後はもうみんな固まってたよ。
うーん、特には……あっ!」
俺は脛の上にまだ居座る、紗綾の背を押しながら父さんを見上げた。
父さん「何だ?」
俺「首の後ろに穴が空いてないかスゴく集中した。でもそんなことで?
うーん、これじゃないなぁ、多分。
でも後はみんなが固まってたし。んー……。ヤッパリ、分かんないよ。」
俺は首の後ろに手を回し、首を傾げた。
そこには今も勿論、穴など空いてはいない。
次いで試しに、意識をそこに、ムン!と集中してみる。
が、何かが変わったような気はしない。
父さんは困ったような顔でソファーに沈んだ。
何か申し訳ないような気がするけど、俺にはどうしようもないんだ。
母さんはアイスピックの先を摘まみ、黙ったままだ。
紗綾も小さな顎に右の人指し指を載せ、天井を仰いでいる。
俺「ま、能力能力って、中二病の小説じゃねーんだから。ヤッパリ夢だよ、夢。
もう遅いし俺、寝るよ。」
酔いも回り、ヨロヨロと立ち上がる。
俺「紗綾も明日、普通に学校だろ?早く寝ろよ?
父さん、あんま面白くない結末で何かゴメンね。
今度は父さんも気功で飛んでみたら面白いんじゃないかな?」
俺はその時、全身が総毛立った。
何て表現して良いか分からないけど、三人を見下ろしたとき、人の死体なんか見たことはないけれど、それを目の当たりにしたような、茂みから蛇がズルッと出たのを見たときの様な、何か気味の悪さ、いや嫌悪感のような。
なんと言うか……そう!戦慄した!
俺は最初にキューっとし、その後ドロドロカッカッとする、熱い心臓を押さえながら、恐る恐る、初めは父さん、そして母さん、そして紗綾。
それぞれの顔の前で手を振ってみる。
ダメだ!!道場と同じだ!
はっ!正か、家族一同で俺をかつごうとしてるのか?
父さんと母さんの、無駄なコンビネーションの良さはさっき見た。
うん、コレはやりかねない。
だが、この違和感は何かが違う!と、直感的に感じ、俺はキョロキョロした。
この周りのハッキリとした見え方は断じて夢じゃない!
俺は狼狽し、しばらく立ち尽くしていたが、恐怖しながらもあることを思い付いた。
俺は独り頷き、決意を固め、紗綾の前にしゃがむ。
そして左の手で紗綾の小さな鼻をつまみ上げ、右の掌でその下、口を押さえてみる。
こいつがとっさに、父さん達に合わせての演技をしているのなら、こうして息を止められたらどうだ?
俺も同時に息を止める。
部屋に時計はない。60を数えた辺りで俺はギブアップ。
息を荒げながらも、手は妹から離さない。
押さえている俺の方が震えて来た。
紗綾!芝居なら止めろ!し、死ぬぞ?!
178、179、180、俺は堪えきれず、恐いものから逃げるようにパッと手を放す。
紗綾は、ぷはー!どころか、瞬きすらしない……。
昼間のアレは夢じゃなかった……。
こ、こいつは、本物だ!
そう、俺の家族は固まってしまったのだ!