第72話 ーーー世界が滅びた日ーーー
朝、学校に行く途中、スズネと会った。スズネも今日は落ち着きがない様子だ。
「シロウ君、おはよう。今日だね……」
「おはよう。何事もなく無事に終わってくれれば良いのだけど……」
「私、この間のゼウス様の加護で空を飛べるようになったんだ。シロウ君も飛べるでしょう、今度、空の散歩を一緒にしない?」
「良いけど、この世界じゃあ、人に見られたら大変だよ」
「平気だよ。夜ならわからないし〜〜」
……夜中にスズネを連れ出すのは遠慮したい……あの親父さんにバレたら説教どころでは済まないかもしれない……
「わかったよ。今度、落ち着いてからね」
「うん、楽しみにしてる」
「そういえば、前にも女神エリーゼから加護をもらったよね。その時の能力は、何だったの?」
「えっ!……そうだよね〜〜隠す事ないもんね……魅了だよ……」
「ごめん、聞こえなかったよ……」
「だから、……魅了だよ」
「み……なんだって?」
『魅了!チャームの事!』
「何だ〜〜魅了って言ったのか……チャームって、もしかしたら……あれ?」
「そうだよーー!近所の猫に使ったら大変だったんだから〜〜オシッコひっかけられるし〜〜たくさん寄ってくるし〜〜酷い目にあったんだから〜〜。だから、封印したんだよ。もう、絶対使わないんだぁ〜〜」
「そ、それは、災難だったね……」
……スズネの心の奥に何があるんだ? でも、それって、男の夢みたいな能力だよねーー俺も欲しいかも……
スズネの顔から笑顔がこぼれた。緊張感が少しは和らいだみたいだ。
「誰にも言わないでよねっ!」
「能力の事なんて、言えるわけないだろう?」
「それもそうね。さぁ、シロウ君、行こう!」
スズネは俺の手を引っ張り、学校に行く。相変わらず、距離感が近い子だ。
……でも、嬉しそうだから、まぁ、いいか……
スズネの笑顔を見て、俺まで気持ちが安らいでいた事に感謝していた。
◇◇◇
ローマ聖教の諜報員から緊急の連絡が、エリックのところにあった。
何でも、核兵器を保持していないはずの永世中立国スイスから、核ミサイルのスイッチが押されたそうだ。あと、数分で3発、発射されるらしい。
目標到達地は、ロシア、イギリス、フランスだ。
「何故、スイスなのですか?あの国は、核兵器を持っていないはずデス」
『完全にノーマークだった……冷戦時代に核開発したものが残っていたらしい。それより、これにより、核報復連動システムが作動するかもしれない。特に、ロシアは、自動化がまだ、生きてるらしい……』
「ということは、アメリカ、日本、中国にも落ちる可能性があるのデスね」
『あぁ……その通りだ……一緒に酒を飲めそうにないな……』
「………そちらは、シェルターに避難するのでしょう……まだ、飲めるかもしれませんよ……」
『そうだと良いのだがね……』
何故こんな事に……核兵器については、その可能性も考慮して保有国には
徹底管理、監視していたはずなのデスが……あのスイスからなんて……
◇◇◇
学校に着くと、席に座り、シアンが今日も来ていない事に気付いた。
……さすがに、今日は、仕方がないか……
それにしても、チャイムが鳴っても先生の来る様子が無い。
「今日は、ホームルームがなかなか始まらないな〜〜大輝、まだ、風邪は治らないのか?」
「あぁ……これは、治らないよ」
「どういう事?何か重い病気とか?」
「違う。これが自前の声だからさ……」
……何だ……変な感じがするぞ……
「シロウ君!危ないっ!」
スズネの掛け声が一瞬でも遅れていたら、俺は、大輝に刺されていた。
大輝の手には、ナイフが握られていた……
『キャッーー!』
その様子を見ていたクラスの女の子が叫ぶ。大輝は、立ち上がり、俺を何度も
ナイフで刺そうとしていた。
俺は、大輝のナイフを床に払った。
クラス内は、パニック状態だ。
「大輝ーー!何するんだーー!」
「そいつ多分、大輝君じゃないよ」
スズネの声でハッとした……確か、悪魔の中でしわがれた声を出す奴がいるって
ドラ子が言ってたっけ……
「地獄の伯爵、ハルファス……」
『よくご存知で〜〜腐ってもサリーナの契約者ってところですか……カッカカカでも、やっと気づくなんて余程、危機感の無い虫なのですな。それとも、この私が開発した気配察知させないアイテムのお陰でしょうか、カーカカカ!』
大輝に扮したハルファスは自慢するように腕輪を見せた。赤いルビーのような宝飾を施した高価そうな物だった。
「大輝は、どうした?」
『虫をどうしようが構わないでしょう? 腐る程いるのですから、カッカカカ』
大輝は、そう言い首をグルグル回転し始めた……ネジのように大輝の首が回る。そして『コロン……』と床に転がった。身体からは、血が噴水のように溢れ出た。
『キャッーー!!』
『わぁーー!!』
クラスは、さらにパニックになる。スズネは、破魔の剣を取り出して戦闘態勢をとった。
大輝の取れた首の上には、血でできたカラスのような鳥の顔が出現していた。
地獄の伯爵ハルファスだ。
『さあぁ〜〜レクリエーションの始まりだ。楽しみましょう〜〜カッカカカ』
◇◇◇
さっきから、シアンやサツキから引っ切り無しに念話が入っている。
『シロウ、スイスから、核ミサイルが発射されたらしい。ドラ子さんがマンモンの気配をスイスで感じたので転移して向かった』
『シロウ兄、都内で人が殺しあってるってーー!』
『淫魔サキュバスが都内に現れた。ソラスとクルミが向かっている。それと伊豆大島で地獄の大公爵アガレスの気配を感じた。アザゼルが向かった……』
『シロウ兄、どうなってるの?みんな、騒いでるよーー!』
『念話に答える余裕が無い。俺の目の前には、ハルファスがいる』
俺は、そう2人の念話に答えた。2人は、驚いていた……
「スズネーー!クラスのみんなを頼む」
「わかったわ!【顕現せよ!白虎、朱雀、急急如律令!】、さぁーーみんな、この隙に逃げてーー!」
スズネの式神達が、ハルファスを牽制している。クラスのみんなは教室を我先と出て行った。中には腰を抜かし動けない者もいた……ハルファスは、両手を広げ、何かの攻撃をしようとしていた。
「マズい!スズネ、防御だ!」
その瞬間、ハルファスの広げた両手から無数の黒い魔弾が撃ち放たれた。
俺は、黒翼のマントを広げたので無事だったが、逃げ遅れた生徒数人はその魔弾に当たり身体に穴が空いていた。スズネは、1人の生徒を庇うように覆い被さっていたが、無事だったようだ。
「な、なんて事を……」
スズネが、破魔の剣を構えて飛びかかる。しかし、ハルファスはその剣を軽く手で止めてしまった。
俺は、ハルファスに向かって、火魔法ファイヤーショットを浴びせた。だが
それも、ハルファスには、全然効いていない感じだ。
『お二人とも、こんなものですか〜〜カッカカカ!』
スズネの式神達が、ハルファスに向かって襲いかかるが、口から暴風のような息を吐き出し、窓を突き破り外に吹き飛ばしてしまった。元の護符に戻ったようだ。
教室内は、もう、戦場跡のように見る影もない状態だ。
【ブラックシャドウ!】
俺は、ドラ子に教わった闇魔法をハルファスに向けて放った。暗闇がハルファスを包み込む。その隙に、スズネは、所持していたナイフを投げつけた。退魔用の特別製らしい。ナイフには梵字が刻まれている。
『私に闇魔法など効くわけないでしょう。カーカカカ!』
俺は、スズネを抱え黒翼のマントで外に出て屋上に上がった。生徒達は、先生の誘導で体育館に避難している。
俺達の後を追うようにハルファスが屋上にやって来た。そして……
『逃げるのかと思いましたが、ここを死に場所に選んだのですか?カーカカカ』
「お前は、お前だけは、絶対、許さない!」
『虫の言葉など何の意味もないと、まだ、わからないのか、カッカカカ!そろそろ、お終い……うむ?』
エリックさんの人形達が、ハルファスを取り押さえている。
『今だ!サツキーー!』
『わかったよ。【全方位型天空弾!発射!】』
この屋上に来たのは、サツキの天空弾をブチ込む為だ。サツキには、念話で連絡済みだ。
亜空間から、サツキの天空弾がハルファスに向けて発射される。
『ギャーー!』
ハルファスのしわがれた悲鳴が聞こえた……
サツキの天空弾は、神の力だ。悪魔にとっては、弱点でもある。
校舎のあちこちが崩れている。それだけの威力だ。ハルファスでも無傷という訳にはいくまい……
舞い上がった煙の中から、ハルファスの姿が見え始めた。そこをめがけて俺は走り出し思いっきり拳を打ち放った。手応えはあった……
すかさず、駆けつけて来たエリックさんの金の弓矢がハルファスめがけて放たれた。
しかし、俺が殴ったのは大輝の首が取れた身体だった。胸には、エリックさんが放った金の矢が刺さっている。
『シロウ君、上よ!』
俺は、スズネの言葉に従って上を見た。そこには、人間大のカラスのような黒い物体が飛んでいた。ハルファスの本体だ。
『カッカカカーー!結構、面白かったですが、もう、お終いのようです。カッカカカーー!』
その時、大きな揺れを感じた。地震だ……しかも……今まで経験した事の無い強い揺れだ……立っていられない……
周囲から悲鳴が鳴り響く。住宅やビルが揺れ崩れ落ちて行く……
揺れは、しばらく続いた。この地震だけでも大きな被害が出ただろう。
俺達がいる校舎も崩れ始めた。スズネは空に避難した……俺は、エリックさんを抱えて校庭に降ろす。校舎は大きな音をたてて崩壊した。
周囲から聴こえてくるのは人の悲鳴と崩壊音だけだ。
ゼウスの加護で空を飛べるようになったスズネは、ハルファスと撃ち合っている。
俺も剣を取り出し、ハルファスに向かって飛び立ち剣を振るう。エリックさんは矢を放った。
子供の剣の稽古でもしているみたいに、ハルファスは、ヒョイっと避ける。
戦いながら、街の様子が目に入った。大きなビルは軒並み崩れ落ちていた。
あちこちで、黒煙が立ち昇り、火災が起きている。
そして、俺は、崩れたビルの向こうに大きなキノコ雲が出来たのを見た。
『スズネーー!逃げろーー!』
その後、強い光の後に衝撃波が襲ってきた。そして、後に続いて大きな爆発音が鳴り響いた……俺とスズネは、その衝撃で何処かに飛ばされてしまった……
◇◇◇
どれくらいの時間が経ったのだろう……
俺は……今、空を見上げているはずだ。いつも見ていた青い空はそこには無かった……
寒い……
周りを見渡すと、瓦礫の散乱している中に多くの人達が人形のように倒れている……
黒焦げになっている者も多い……
どうなったんだ……
そうだ……フェニックスの涙を飲まないと……あれっ……取れない……
手が……手が無い……
俺は、両手を失ったようだ。
スズネは? みんなは?……
あちこちで火災が起きている。
今、ここで動いている者は、誰もいなかった。
俺は、誰も救えなかった……
家族も、友人も、クラスメイトも……
事前にわかってた事なのに……
俺に力が無かったか……ら……
もう……意識……が……
……………………リーナ




