第1話 あの後で……
『異世界で引きこもりたいけど周りの女性が許してくれない件について』の続編です。
「シロウ兄、どうするのこれ? 」
「それは、軽く火で炙れば大丈夫だよ」
サツキが湿気をたっぷりと吸ったおにぎり用の海苔を手に取って俺に見せた。蓋をきちんと閉めなかったせいで、海苔が本来のパリっとした触感を失っている。
「う〜〜ん。でも、なんか臭うよ」
「どれどれ〜〜」
そのままの状態で数日経っていたようだ。少しカビ臭い。
「本当だ。これじゃあ、使えないかな? 」
「じゃあ、おにぎりに海苔ないの? ショックなんだけど〜〜」
「う〜〜ん、じゃあ、焼きおにぎりにしようか? 」
「本当? ラッキー! 」
うちの家族は、焼きおにぎりが好きだ。握るだけより手間がかかるのが難点だが、醤油に出汁と生姜を入れるのが鈴風家の味だ。
俺が朝からお弁当を作っているのは、何時ものことだが、今日は、少しばかり違う。
今は、夏休みなので、みんなで海に行く事になったのだ。
「おはよう〜〜」
「おはよう。睦美。悪いけど、ラップ取ってくれないか? 」
「シロウお兄ちゃん、睦美、今起きたばかりだよ。妹使い荒すぎるよ」
「そんな事言ったって、サツキは、卵かき回してるし、俺は、火の側から離れるわけいかないからしょうがないだろう? 」
「えっーー! もう、後でお菓子を要求しるからね! 」
「わかったよ」
「シロウ兄、もしかして、生姜としょうがないをかけたの? 」
「そんなつもりはありません! 俺はお笑い芸人じゃないんだから」
「そう? つまらないギャグがシロウ兄らしかったのに〜〜」
つまらないって……確かに使い尽くされたしょうもないギャグだけど、最初に使った人に謝れ!
「二葉姉と三季姉は? 」
「まだ、寝てるよ」
「睦美、悪いけど起こしてきてくれる? 」
「えっーー、やだよ〜〜。二葉姉も三季姉も寝起き最悪なんだもん」
「お菓子とデザートを付けます」
「うん。わかったーー! 」
うちの家族が食いしん坊で助かる。
「砂糖どれくらい入れるの? 」
「味見しながら調整して」
「えっ〜〜やだよ〜〜卵、生のまま味見するの〜〜」
「じゃあ、適当で」
「いいんだね。どうなっても知らないよ」
「わかったよ。俺がするから、サツキは、タッパ用意しといてくれる? 」
「本当、妹使いが荒いんだから」
ブツブツ言いながらサツキは食器棚からお弁当を詰め込む為の少し大きめのタッパを取りに行った。
「あ〜〜もう最悪。睦美ったら寝てた私の顔に濡れたタオルかけるのよ〜〜」
「私なんか洗濯バサミ鼻に挟まれたんだから〜〜痛いし、跡ついたらどうしてくれるの? 」
二葉姉と三季姉が起きたようだ。
睦美が言ってた寝起きが最悪って起こし方に問題があるのでは?
「へへ〜〜ん。2人とも寝坊助なのが悪いんだよ〜〜」
『睦美ーー!! 』
朝から追いかけっこが始まったようだ。どうして、うちはこうも騒がしいのだろう?
夏休みに入ると、母親は貯まった有給を消化する為、休みを取り、海外の父親のところに行ってしまった。ここにいるには俺と姉妹達だけだ。
俺は、ある事がきっかけで、異世界の亜空間に一千年ほど引きこもっていた事がある。みんなが俺を見つけてくれなければ、あの亜空間から出る事はなかっただろう。
そして、俺は、チートじみた能力を持っている。それは、一度死に損なった時に得た女神様の加護だ。だが、ここにいる家族には、隠していた俺の能力の事が知られてしまった。それからというもの「異世界に連れて行け」とか「魔法を使いたい」など、姉妹達からの催促が多く、目まぐるしいほど忙しい毎日を送っている。
まぁ、1000年程、何もしないで引きこもってたから、別に少し忙しいくらい問題ないけど……
そんなわけで、俺としては……
『ドンガラガッシャーーン!』
「何、どうした? 」
「えへへへ、やっちゃった……」
追いかけられていた睦美が派手に転んだようだ。食卓の上に置いておいた詰めかけのお弁当が散乱していた。
『あっ〜〜〜〜! 』
タコさんウインナーが足をもげた状態で散らばっている。
俺は、その様子を見て冷蔵庫を開け、黙ったまま新しいウインナーを焼くのだった。
◇
『海だーー!! 』
照りつける太陽……
透き通った海……
白い砂浜……
最高に綺麗な海だ。
ここは、異世界の海である。近くにはレヴィアタンという上級悪魔が住んでいる入江があり、そこは、ここ以上に別世界のようなところだ。
この場所は、何度も訪れていて、俺には縁の深い場所だ。連れてきた事があるのは、すぐ下の妹、サツキだけだ。
だが、その白い砂浜に不似合いな3つの黒い棺が並んで置いてある。
暑くないのか? うん、見なかった事にしよう……
「シロウ、遅い」
「ごめん。お弁当作りが長引いちゃって」
黒いビキニ姿のリーナに俺は、二葉姉や三季姉、睦美を見ながら言い訳をする。
当の本人達は、目の前に広がる綺麗な海に夢中だったけど……
リーナは、俺と契約している最上級悪魔だ。その身に纏う黒炎は、冥府の王の証でもあり、実際、冥界を治める王の立場にある。
「ミミーも待ちくたびれたのでちゅう」
「ごめんね。ミミー」
「ダメダメなシロウお兄ちゃんの事だから許してあげるのでちゅう」
「ありがとうね」
ミミーも俺と契約している最上級悪魔の1魔で、ベルゼブブ家の最後の跡取りだ。何時もは、勉強で忙しい身なのだが、今日は、休日をもらえたらしい。可愛らしいフリルのついた花柄の水着がとても似合っている。
「シロウ様、お荷物、お持ちしますね」
「ありがとう。クルミ」
細かい気遣いのできる鬼娘のクルミは、リーナの侍女のような事をしている。見かけによらず力持ちだ。白い肌に青いワンピースの水着が眩しい太陽に照らされて綺麗に輝いていた。
俺は、無視していた白い砂浜に転がっている黒い棺を見ながら、
「ドラ子は、どうしたの? 他の吸血鬼達は、何となくわかるけど」
「ドラ子様は、冥府で仕事しています。最近は、怖いくらいに仕事一筋です」
「へ〜〜どうしちゃったんだろう? 前は、結構、めんどくさがりだった気がするけど」
ドラ子は、吸血鬼兄妹の長女だ。冥府の幹部の1人だが、事務仕事を引き受ける才知溢れる吸血鬼でもある。他の吸血鬼達は、きっと、そこの棺の中でくつろいでいるだろう。
「ドラ子は、優秀」
「優秀なのは理解できるけど、まさか、リーナが仕事ばかりさせてるの? 」
「違う。今のは問題発言」
「違いますよ。サリーナ様は、ドラ子様を気遣って休め、休めと言っているのですが、ドラ子様が言う事聞かなくて」
「そうなんだ。言いすぎたよ。リーナ。ごめんね」
「わかればいい」
「じゃあ、どうしちゃったんだろう? 」
「おそらく、ドラキュラ伯爵がいなくなってしまったのが原因かと思います」
「そうか……ドラキュラ伯爵の事で……」
邪神アンラに消されてしまったドラキュラ伯爵の件で、仕事に打ち込んでいるのか……
「最近のドラ子は、24時間働くマシーンとなっている」
「リーナ、それって問題じゃないの? 」
「大丈夫。本人は、仕事ができて嬉しそうにしてる」
ワーカホリック状態なのか……
「でも、気になるから後で様子を見てくるよ」
「そうしてあげて。でも、不用意に声をかけるとキレるから注意が必要」
「わかった……」
どんなけ仕事に夢中なんだ?
「シロウ君、あっちでサツキちゃん達と遊んでるね」
「うん。わかった。俺も後で行くよ」
「待ってるね」
スズネは、同じ高校に通うクラスメイトだ。スズネは、退魔師の血筋を引いている法術という能力を使う女性だが、暴走気味なのがたまにキズである。
スズネは、俺にそう話しかけると睦美が遊んでいるとこに行ってしまった。引き締まった身体に赤いビキニの水着が良く似合っている。
「シロウさん! 」
突然、そう声をかけられたと同時に腕に柔らかいものが当たった。ミリエナ国のカトリーヌ第2王女だ。
「わっ、驚きましたよ。カトリーヌ様」
「まだ、そんなよそよそしい名前の呼び方するのですか? 私の中では、シロウさんは、もう、お兄様扱いなんですから〜〜」
「えっと、それはどういう意味で〜〜」
「それとも、私もお姉様と同じように恋人候補に入れてもらおうかな? 」
「カトリーヌ、ダメですわ。シロウ様が困っていますわよ」
「こんにちは。アンリエット様」
「こんにちは。シロウ様。今日は、お誘いありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ」
「ほらっ、カトリーヌ、シロウ様から離れなさい」
「やだよ〜〜、お姉様が優柔不断だからシロウさんは、私がもらうね〜〜」
この国の王女でありミリエナ国第1王女のアンリエットと第2王女のカトリーヌは、とても仲の良い姉妹だ。異世界に初めて来た時の事を思い出す。
さっきから背中に凄まじい殺気を感じている。見ないでもわかるその殺気の正体は、王女達の侍女メイド1号のソランジュと2号のロリンジュだ。この2人の侍女は姉妹なのだが、俺を目の仇のするとても怖い存在だ。
振り返るのが怖い……
そんな最中、幽霊のアスカがやってきて
「シロウ、あっちでアザゼルが呼んでるぜ」
「そうか。わかった。すみません。ちょっと、行ってきます」
幽霊のアスカは、リーナ黒炎の一部をその魂の強化に使っている為、始めはとても可愛らしい女の子の幽霊だったが、悪魔の穢れがその性格に凶暴性を付与してしまってヤンキーまがいの小学生幽霊と化している。
俺は、アスカがちょうど良いタイミングで話しかけてくれたので、王女達を振り切って浜辺でうつ伏せで寝転んでいるアザゼルの元に走った。
「もう、シロウさん、行っちゃったじゃない」
「カトリーヌが悪いんですわ。シロウ様とベタベタするから」
「だって〜〜シロウさんの周りには可愛い子ばかりいるんんだから、アピールしないと気付いてもらえないんだもの」
「それは、そうですけど……」
「お姉様も頑張らないと」
「そ、そうですわね」
そんな会話が聞こえてきたけど、聞かなかった事にしよう……
「シロウちゃん、遅かったじゃないの〜〜悪いけど、日焼け止めクリーム塗ってくれない? 」
「来た早々、俺をこき使わなくても」
「や〜〜ね〜〜。これでも、気をきかせたつもりなのよ〜〜ん。そうしないと、きっとあのメイド達にミンチにされてたわよ〜〜ん」
「それは、助かったけど……」
俺は、仕方なく堕天使であるアザゼルの背中に日焼け止めクリームを塗り始めた。でも、それは、更なる過酷な時間を派生させるきっかけとなる。
「シロウ兄、私も塗って〜〜」
「シロウ、私も」
『私もーー』
それを見ていたサツキが言葉を発した瞬間、次から次へと女性達から催促の嵐になった。
普通なら、羨ましい状況のはずなのだが、俺には、辛い労働時間になっていた。
結局、全員に日焼け止めクリームを塗らなければならないという事になってしまった。
あ〜〜手が痛いよ……
苦行? が終わり、周り回ってアザゼルの元で休んでいると
「そう言えば、シロウちゃん。あの子達は? 」
「うん。そうだよね……」
アザゼルが言っていたのはきっとシアンとエリックさんのことだ。
シアン……
まず、みんなには、その事から話さないといけない。
1000年前、勇者一行としてその役目を果たし、俺を庇って亡くなったシアンの事を……




