第5話
「はは…なんだこりゃ、ホントに俺がやったのか?」
高揚感が体から沸き上がり先ほどの超人染みた動きを思い出し口角がつり上がった。
人よりも劣っているのだとそう劣等感を感じていた自分だけに、この結果にはとてつもない幸福感があった。
しかし、ゴブリンってあんな動きが出来るのか、最後の刺なんて見てから回避出来たぞ…。
もしかするとあのゴブリン、咄嗟に出した発火術式が当たってなかったら不味かったのではないだろうか。
ケイルの疑問は正しかった。
あのゴブリンはゴブリンの中でもそこそこの経験を積んだアサシンゴブリンだったのだ。
流石に平均的攻略者を殺せる強さこそ無いものの経験の浅い攻略者なら死角からの攻撃や素早い動きに対応出来ずあっさり殺される事もある筈だ。
ましてや本来ケイルが勝てる相手ではなかった。
しかしケイルの欠陥だらけの発火術式が功を奏して、運良く勝てたのだ。
ケイルの発火術式は馬鹿みたいに消費魔力も多いし威力もそれに見合わず平均より少しだけ強い程度だが、『発動速度』この一点だけは非常に優れていたのだ。
術式は
『魔力を吸い始める工程』
『どのような結果を起こすかを決める工程』
『魔力を変質させ、より少ない魔力で発動するように効率化する工程』
『現実に術を発現させる工程』
の4工程かあるのだがケイルの術式は魔力を変質させ効率化をする工程がとても雑でほぼないに等しかった。
そして、この本来なら時間のかかるこの工程をほぼ実行せずに発動する術式は非常に早く、ゴブリンは見てから回避することが出来なかったのだ。
そうして運が良く格上の魔物を殺せたケイルは大きなアドバンテージを手に入れたのだ。
次の獲物を見つける前にトゲトゲの魔物の死体の所へ行き首を切り血抜きを始めた。
ゴブリンは炭になっていたし人に近い形をしていたのでとてもではないが食べようとは思わなかったがこいつは人からはかけ離れた見た目をしていたので食べてみようと思ったのだ。
それにさっきから頭の中で『美味しそう』とゴブリンの予感が告げていた。
俺は期待半分、不安半分でいたがフと魔物の首の切り口血から吹き出している血を見る。
赤い血だったが頭に警告が流れた。
『毒』
「…………食べられないじゃないか」
と俺が呟いて魔物の死体へ目を向けると『舌がビリビリして美味い、でも2日寝込む』とゴブリンの経験が告げた。
あ、これ、駄目だ、食べられないやつだ。
俺は泣きそうになりながらもう食べないと誓った光苔をムシッって口に入れた。
「やっぱり不味い」
再び歩き出した俺はすぐに自分の変化に気が付いた。
足音を起こす度に、壁に反射したその音から何となく見えて居ない部分までの地形が分かったのだ。
どうやらトゲトゲの魔物から鋭敏な聴覚を得られたようだった。
ふと思い付き、音送りを発動した。
音送りの消費魔力は非常に軽微で殺して他者から奪った経験ならまともな術式を使えるようになるという事実を嬉しく思いながら思い付きの実験へ再び意識を戻した。
軽く壁を叩く、これから進行する予定だった先の道から壁を叩いた音が聞こえた。
随分先の地形へ音を送ったつもりだったが強化された俺の聴覚はしっかりと帰って来た音を広い先の地形がどうなっているのかを俺に教えてくれた。
「なるほど。この先に敵は居ない。別れ道があって右側は行き止まりっと。」
トゲトゲ魔物の聴力と、ゴブリンの音送りの合わせ技は非常に有用だったが、消費が少ないとは言え魔力を持っていくその技に常用は出来ないなと残念さも感じていた。
そして左の通路へと足を進めた。
結局その日は何の穴かよくわからない穴を見つけそこで休むまでに5体の魔物と遭遇し、3体を仕留めた。
内2体は見た瞬間に勝てないと予感がしたので音送りを囮に使って逃げたのだ。
5体の内訳としては
トゲトゲの魔物が一体、ダブリだが一応殺した。
こいつは音送りのカモにも程がある。
なんとなく、より鮮明に音を聞き分けられるようになったような気がする。
右腕だけが巨大化した人型の醜い魔物が一体、音送りを囮にしたら隙だらけだったので背後から首を刈り取って殺した。
右腕だけ大きくなったらどうしようかと不安だったが特にそんな事にはならなかった。
心なしか右腕で振るうナイフのキレが良くなった気がする。
2mほどの赤い大きなトカゲが一体。
眠っていたのでそのまま頭蓋を串刺しにして殺した、間抜け。
こいつだけ特に何かが変わった気がしない。
ハズレ、次に見掛けても無理に戦う必要はないように感じる。
殺せなかったのは、刺だらけの白い球体に黒いヒモのような体が縦に一本伸びた魔物が2体。
並んで地面から生えていたのだが、見た瞬間に勝てないと予感がしたので音送りを囮に使い即座に逃げ出した。
以上が本日の魔物の内訳である。
「この分なら村や街に必要とされる実力を付けるのも案外早いかもしれないな」
俺は確かな手応えを感じながら眠りについた。