第1話
皆は、空を見たことがあるだろうか、海を見たことがあるだろうか?
俺が12歳の時に村の外へ食料を取りに行って死んだ母親に聞いたんだが、大昔の世界は迷宮に覆い尽くされていなくて上を見れば空、陸の果てには海とか言う青くて広い空間が広がっていたらしい。
上を見て天井ではなく青い空間が広がっていただなんて想像するだけで気味が悪いし、なんだか恐ろしいと母に言ったらケイルは臆病ねと笑われてしまった。
それで俺は拗ねてその日は母と口を聞かなかったのを覚えている。
あれは確か7年前だったっか。
壁にもたれ掛かって休憩していた俺はそんな昔の事を思い出しながら、これからどう生きて行けばいいのか目処が立たずに項垂れていた。
「村が滅んでからもう3日も経ったのか。」
俺は自分に確認するかのようにそう呟いた。
問いかける相手は居ない、きっと他の村人はあいつ以外、皆死んでいるだろう。
自分以外にも逃げ延びた者は居たかもしれない。だが既に3日も経っているのだ。
ソフィアの結界で守られて居たから自分含め、あの村の人は今まで生きて来られたのだ。
元攻略者だった村守り人の3人なら兎も角、ただの村人が単身で何日も生き残れる程迷宮の魔物は優しくない。
俺が3日も生き残っているのは奇跡的にまだ魔物に遭遇して居ないだけの話で、もしも遭遇していたら自分は今頃魔物の腹の中に納まって居たであろう事は想像に容易い。
「死にたくねぇなぁ」
そう呟きながら俺は横になった。3日の疲れが溜まりに溜まって限界が近かったのだ。
それからしばらくして地面に密着した耳が足音を拾った。
何か柔らかい物を叩き付けたような音から裸足である事が想像出来た。
この小石だらけの迷宮を人が裸足で探索するなんて風に考える事は少し難しい。
となると、恐らくは魔物だろう。
いよいよ来たか。
そう思い俺は足音の方向に立ち上がりながら向き直った。
足音のした方向には光り苔があまり生えておらず、暗い通路が続いていて何がこちらに来ているのか全く見えない。
見えてしまう距離まで近付かれる前に急いで逃げるのが一番だ。
自分は武器も持っていないし戦う術もそう大したものは持っていないのだ。
迎え撃つなんて考えたくない。
そう考えていると、突然足音とはの逆の方向から風を切るような音がして背中に何かが刺さるような激痛を感じた。
「…いッ!?」
突然の痛みに襲われた俺は自分自身でも驚く程、迅速に反撃に出た。
素早く振り返りながら右手に魔力を走らせる。
そして自分が使える数少ない術式の中から殺傷能力に優れた『発火術式』を選び振り向き様に発動させた。
この術式は文字通り対象を発火させる魔術である。
火を放ち引火させるのではなく対象の構成物質の一部を発火しやすい物資に置き換えて発火させる術だ。
この術で一度着いた火はそう簡単には消えない。
だからこそ無理をして発動させたのだ。
発火術式は成功し後ろから攻撃してきた『それ』は大きな炎に包まれ、のたうち回った。
それはボロボロの布をかぶり顔を見えないようにした人のような何かであった。
だが腕の部分は肌が露出しており、その緑色の肌が人間ではない事を示していた。
「ゴブリンだ…」
迷宮における下級魔物の定番であるゴブリンは一般的な人間と同じか、それ以上の身体能力を持ち原始的な装備で獲物に襲いかかる生き物である。
独自の社会を持ち、群れている場合もあれば単独である場合もある。
下位だからと油断して掛かるとあっさりと殺される事もある迷宮の最初の壁の1つである。
そして今回は運良く単独で襲ってきただけのようだ。
(運が良い。襲ってきたのが単独で良かった。)
そう思った直後酷い脱力感が全身を襲い、鼻血が垂れ、汗が吹き出し、爪の生え際が熱くなった。
この症状は魔力切れだ。
魔術1発で打ち止めである。
ゴブリンが発火術式で死ななかった場合の事はあまり考えたくない。
術式を教えてくれた親父にも言われたが俺には魔術の適正があまりない。
式を組むのが下手で必要以上に魔力を消費する式しか組めないためだ。
何度指導されても改善出来ず、これが原因で親父から村守り人を継ぐ事は出来なかった。
俺はふらつきながらもゴブリンから視線を向け続けていた。
最初はもがき苦しんでいたゴブリンだったが、今では地面に小さく丸まって苦しそうに呻き声を上げるだけになっていた。
そしてすぐに呻き声すら上げなくなり黒い炭のようになって動かなくなった。
炭になったゴブリンの頭を踏み潰して砕いてようやく安心して激痛を感じている背中を確認した。
石を削って作った黒いナイフのような物が背中に突き刺さっており地面には自分の背中から流れた血が広がっていて、何処か他人事のようにそれを眺めながらふらつくのは魔力切れだけが原因じゃ無かったんだなぁと感じていた。