第1章 FILE05:フィロス砦
「増援は、まだこないか」
声の主は亜麻色のショートカットに黒い瞳をしたまだ若い女性だ。おそらく20歳前だろう。
城壁からは、十重二十重に取り囲む敵軍の姿しか見えない。食料などはいくらかの余裕もあるが、昼夜問わず行われる魔法や少数部隊による攻撃が精神を削ぎ落としていく。このままでは内部から瓦解しかねない。
「強行突破するか……」
「ちょっと、ヴァネッサ。落ち着いてください」
口をはさんだのは、ひょろっとした背の高い銀髪碧眼の男だ。蒼い色のガイア教の神官服を着て胸には世界中のホーリーシンボルを下げている。従軍神官だ。
「うるさい、軟弱男。おまえも従軍神官なら勝利に導け」
イライラとした様子で、八つ当たりするヴァネッサ。このようなやり取りは日常的なのか周りの兵たちは、また始まったと苦笑を浮かべながら眺めている。
「無理を言わないで下さいよ。貴女と比べたら、大半の男は軟弱と言うことになりますよ」
「お前も、魔王と同じ銀髪だろ。目は青いが…… さあ行け! 行って魔王と一騎打ちでもして倒して来い!」
従軍神官に魔王を倒してこいと無茶を言うヴァネッサだが、もちろん本気で言っているわけではない。
「そんな事、言わずに降伏してみるというのは……」
「ええい、却下だ、却下。我が軍が半年前なにをしたか忘れたか。こっちにその気があっても向こうが拒否するに決まっている」
ヴァネッサがため息をつく。半年前の虐殺さえなければ、降伏という選択肢も選べたのだろうが…… 魔王軍も決して許しはしないだろう。その場にいなかったとはいえそのことを知ったときには、ヴァネッサも激しい憤りを感じたのだ。
ガイア教の従軍神官、ハット=レプスリーはこのフィロス砦の司令官であるヴァネッサ=クロウリーを見つめる。ショートカットの亜麻色の髪が風に揺れ、愁いを秘めた黒檀のような瞳が美しい。ここ2週間、ろくに休んでいないはずだが少なくとも部下の前では疲れた様子を見せない。強い人だと思う。
「ヴァネッサ、敵の攻撃も無いことだし少し休んだらどうだい」
「ああ、そうだな。そうさせてもらう」
いつもの彼女なら否定の怒声が響くところだが、やはり疲れているのだろう、おとなしく頷く。
ヴァネッサは副官に指示を出し私室の方に歩いていく。その後ろを従卒の少女がついて行く。
「ハット殿、先ほどこのような書状が届きました」
ヴァネッサと入れ違いに入ってきた兵士が差し出した書状には、ガイア教のシンボルである世界樹の紋章がついている。ガイア教団本部からの連絡書だ。中にはルノア=ティア司祭が魔族側の従軍神官に任命されたことが記されていた。それを読んだハットの口元に笑みが浮かぶ。
彼女なら無駄な戦闘は避けようとするだろう。
「こうなると、援軍の到着は遅れた方が好都合なのだが」
「ハット殿! すみません。すぐ来てください。怪我人が、飛び込んできまして…… 我々では……」
突然飛び込んできた兵士に、腕を引かれ引きずられていくハット。城壁には見張りの兵士だけが残された。
次回予告
フィロス砦にたどり着いた兵士のもたらした情報は、砦の選択肢を定める。
その選択肢を前にヴァネッサは?
次回 凶報
風があなたに物語を運ぶ
更新遅れました。お待たせしましたFILE05をお届けします。
考えて見れば、外伝の2話と本編含めてガイア教の男性神官が登場したのってハット君が初めてです(笑
ちゃんと男性もいますよ。
設定上ガイア様は女性神なので、その神官たちも女性のほうが目立つのですかね?
(読者に聞いてどうするよ(笑 )