第1章 FILE03:従軍神官
フィロス砦は魔族が築いたものであったが、そこに住む女子供を含む非戦闘員まで皆殺しにして王国軍側が手に入れたのが半年前。そして、砦は魔王軍側に完全包囲され半年前と逆の状態に陥っている。
「3万の兵に囲まれて2週間…… よく持つ」
銀髪金眼の青年が砦を眺めながら呟く。傍には黒い甲冑に身を包んだ4人の騎士が控えている。
そこに、身長3メートルはある大男が近づいてきた。
「レイバ様、敵増援部隊を退けてきましたぞ」
自慢げに報告する大男に、レイバは不愉快そうに言った。
「ラスター、俺は補給部隊を叩けと命令したはずだが?」
「無論。補給部隊は叩いて、物資も鹵獲しております」
「その後、勝手に兵を動かした…… か。ラスター。今回は大目に見てやる、次に命令違反を犯したら、たとえ功を立てても指揮官から外す。覚えておけ」
ラスターを追い返すとレイバはため息をついた。ここのところ勝戦が続いたせいか命令違反を犯すものが出てきた。勝てば良いという悪い考えだ。
「ジェニス。今後の命令違反、軍規違反は厳罰を持って処理する旨、全軍に再通達しろ。良いか俺に二言は無いぞ。あと、ルノア司祭はどうしている?」
ジェニスと呼ばれた黒騎士が答える。燃えるような紅い髪をして左腕が無い隻腕の騎士だ。その背中には2メートル近い、通常の人間では到底振り回せないほどの大剣を背負っている。
「今の時間でしたら兵達に説法をしている頃です。この2ヶ月でガイア教の信者が2倍以上になりましたから」
「ルノア司祭の力も大きいが、彼の宗教は魔族の存在も認めているからな」
「しかし、司祭殿が我が軍に残られるとは思いませんでした。何故でしょう?」
ジェニスの問いに、レイバは軽く首を振る
「さぁな、従軍神官もいない我々を憐れんだ、だけかも知れぬ」
従軍神官とは敵軍との外交交渉を行う役職だ。
戦時中は敵軍に送った使者が殺害されることは日常茶飯事だ。それを防ぐために第三者である宗教団体の者から使者を選んだのが始まりとなった役職で、教団からの出向という形になっている。
無論、信仰に対する強い思いだけでなく、軍事的な戦略眼、知識も必要とされまさにエリートといっても良い。
所属する軍のために最善の道を探る従軍神官自信が、軍内部もしくは国家内部で力を持つことも珍しくなく、軍師のような地位にいるものも珍しくない。そして、それがその国に対する各宗教団体の影響力にもなるため、各宗教団体から複数人送られているのが現状だ。
場合によってはリューム王国の側室レティシア妃のように、従軍神官が王族に見初められ輿入れし教団との関係が強化されることもある。
「でも司祭殿を見ているとそんな感じはしませんね」
「ああ、そうだな。それで話は変わるがルノア司祭を呼んで来てくれ」
「それには及びません」
良く通る澄んだ声にレイバ達が振り返ると、ルノアが立っていた。
この大陸では珍しい黒い髪が風になびいている。その後ろには魔族の青年が付き従っている。2ヶ月前の戦いでルノアに助けられて以来ルノアに心酔している。名前はグロウという、純粋な戦闘力だけを比べるなら黒騎士達にも引けを取らない戦士だ。 護衛役としては適任ということでレイバも同行を認めている。
「良いタイミングだな。司祭の話から聞こうか」
「はい、お願いがあって参りました。医薬品が不足しています。調達してはいただけませんでしょうか?」
ルノアは単刀直入に切り出す。
「良いだろう。リストをジェニスに渡してくれ。他には?」
「ガイア教団より、私が魔王軍の従軍神官として正式に任命されました。いくらか、人手も送ってくれるそうですが余り期待しないで下さい。あくまで志願で決まりますから」
「教団が、よく許したな」
「いえ、以前から従軍神官を派遣する話はあったのですが……」
「志願者がいなかったということか」
「はい、私もリューム国での任期が残っていましたので……」
「いや、司祭が気に病むことではない。貴女が来てくれたおかげで、どんなに助かっているか。これからもよろしく頼む」
ルノアは、レイバが差し出した右手を握った。
「それでだ、早速ではあるが従軍神官として初仕事を頼みたい。私の天幕まで来て欲しいのだが」
ルノアは笑みを浮かべて一礼した。
次回予告
少女は砦に対しての総攻撃を主張する。
それに反対するルノア。
次回 魔王軍の軍師
風があなたに物語を運ぶ。
今回もお付き合いありがとうございます。
今回は従軍神官の説明が入りました。
次回から少しストーリーが動き始めますよ。
昨日、外伝1を最後まで更新しました。良かったらこちらもお読みください。
過去のルノアの活躍が読めます。