第2章 FILE20:内乱10 勇者と伝道師
フェンリアはベッドで寝ているゼロの額に濡れた布を載せた。ゼロはあの後、気を失ったままいまだに目を覚まさない。
「ゼロ…… 起きたら、もう一発かしらねぇ」
フェンリアはため息をついて右手を見た。ミュラー司祭が治癒魔法をかけてくれたが、ダガーが手の平から甲に貫けた跡が赤く残っている。
「こら、早く目を覚ましなさい」
声にいつもの覇気が無い。正規軍の従軍神官に攻撃したため、国家叛逆罪の容疑で軟禁されて、明るく振舞えるほど能天気ではない。特にこのような戦場での場合、現地司令官の判断が大きい。
しばらく、フェンリアがゼロの顔をボーっと見ていると、扉がノックされ少年と少女が入ってきた。ゼロに殴り倒された2人だ。たしか、リュエルとヒルトといったはずだ。手は剣の柄にかけられいつでも抜刀できる体勢だ
「そんなに、身構えなくても大丈夫よ。彼もまだ目覚めてないし、わたしもガイア神の名において、貴方達を傷つけるつもりはありません。外の方も中に入られたらいかがですか?」
フェンリアの声に扉の影から姿を現したのは、背の高いひょろっとした青年だった。全くもって戦場が似合わない。国立図書館か神殿の書庫で本をひっくり返している、うだつのあがらない若い学者のようだ。
「リュエル、ヒルト、さがってよい。神官殿失礼した。私はこの部隊の指揮官、アイオリア=ロウというお見知りおきを」
「ガイア教伝道師、フェンリア=ヒルデガルドです。あちらで、寝ているのがゼロと申します。傭兵です」
アイオリアは2人の名前に覚えがあったようだ。
「『天使の片翼』と呼ばれるあなたと、『純白の死神』…… おもしろい組み合わせですね」
「天使のふたつ名は、あの娘の…… ルノアのものよ。最近は『蒼い聖女』と呼ばれているみたいね。私は天使って柄じゃないわ」
フェンリアも最近は『剣の神官』と呼ばれることが多い。
「それに彼も、ガイア教に入信した者です。今は一緒に布教の旅をしております」
フェンリアの言葉に頷くとアイオリアは近くにあったイスに座る。フェンリアもイスに座った。
「村人から話を聞いてきました。事件の方は不問にします。悪く言う人もいましたが、ほとんどの人があなたに感謝していましたよ」
アイオリアは笑いながら言った。
「それに怪我人も出てないですし、理由が理由ですから」
「ありがとうございます。助かりました」
フェンリアの顔に笑みが戻る。
「それから、敗残兵達ですが、彼らの処遇は捕虜として軍で預かります。戦が終わったら、裁判にかけられることになりますが」
裁判にかけられるだけマシだろう。敗残兵が民間人を襲えば捕虜としての資格を失う。
正規軍は問答無用で処刑してしまってもかまわないし、必要とあれば民衆に引渡し私刑にしてしまってもかまわない。
「それは仕方ないでしょう。罪は償ってもらわなければなりません」
「そうですか。それからもうひとつ…… この戦が終わるまで、我々に同行してもらいます」
「同行ですか?」
「ええ、外に漏れる情報は少ない方がいいですし、ガイア教の神官も探していたのですよ。我が部隊もガイア教の信者が多いですから」
フェンリアは、ゼロを見た。
「よろしいのですか?」
アイオリアも、質問の意味に気づいたようだ。心身喪失状態にあったといえ正規兵を傷つけたのだ。今の軟禁どころか逮捕されても文句は言えない。
「彼の事は、ミュラー司祭から聞いています。構いませんよ」
アイオリは、笑いながら言った。フェンリアはアイオリアに好感を抱く。
「それでは、しばらく厄介になります」
フェンリアは頭を下げた。
次回予告
作戦会議で反乱軍の戦力が報告される。
思った以上の敵戦力にアイオリアは。
次回 内乱11 決戦前 前編
風は貴方にどんな物語を残しましたか?
というわけで、正規軍に同行することになりました。
どうなりますことやら。