第2章 FILE19:内乱09 答えなさい!
ゼロがゆっくりと近づいてくる。その端整なその顔には、狂喜の笑みが浮んでいる。だがミュラーには邪悪な笑みにしか見えない。
ミュラーはゆっくりと後退るが、1メートルもいかないうちに部屋の角に追い詰められた。
「銀の矢 裁きの矢 ホーリーアロー」
呪文と共に、ミュラーの周りに出現した光の矢がゼロを襲う。しかし、先の『ルールブック』の魔法と同様に、光の矢はゼロの三節棍に当たった瞬間に霧散した。
「ホーリーアロー! ホーリーアロー!」
ゼロはことごとく光の矢を打ち落とす。ミュラーの目の前まで歩を進め、三節棍を棒状に変化させ振り上げた。ミュラーも素早く呪文を詠唱する。
「彼の者に 安らかな眠りを スリープミスト」
眠りの霧がゼロを包む。だが、ゼロは何事も無かったように三節棍を振り下ろした。ミュラーは目を閉じ、頭を両腕で庇い、身体を丸くした。
1秒、2秒、だが何も起こらない。ミュラーは、恐る恐る目を開いた。
ミュラーとゼロとの間に、蒼い神官服の女性が割り込んでいた。ガントレットに包まれた右手でゼロの武器、三節棍をがっちりと掴んでいる。
「はぁい、ゼロ。私のことがわかる?」
ゼロの顔には、笑みが張り付いたままだ。
「死人を出していないのは、たいした進歩ね」
女性は周囲を見回す。村人に怪我人は、見えない。革鎧を着た少年と少女が倒れているが、とりあえず命にかかわることは無さそうだ。
「でも…… 今、彼女を本気で殺そうとしたでしょう?」
女性が空いている左手で、ゼロをぶん殴った。ゼロがたたらを踏む。さらに追撃の一撃、ガントレットをつけた手で殴られ、さすがのゼロも尻餅をつく。
「さっさと、目を覚ましなさい!」
一喝されても、ゼロは笑みを貼り付けたまま、腰のダガーを抜きつつ立ち上がる。
「あ、少し軽かったかな?」
常人なら一撃でノックアウトできるだけの威力がある拳撃を、軽かったと言ってのける。
「はっ、ハッハッハッハッハ」
笑いながらダガーを繰り出すゼロ、蒼衣の女性は、まるで踊るようなステップでその攻撃をさける。
何度か攻撃を避けられたゼロが、雄叫びを上げた。身体ごとぶつかるようにして飛び込んでくる。
「きゃっ」
ミュラーが小さく悲鳴を上げた。目の前、数センチの所で血に濡れたダガーの切っ先が止まっている。
ゼロのダガーが、ミュラーに当たると判断した女性が右手で止めたのだ。
「痛っ」
ゼロが間合いを取ろうと下がる所に、女性が追い討ちをかける。負傷した右手で思い切りぶん殴る。パッと血の紅い華が咲いた。
殴られたゼロの身体が、ピクンと震えた。
「ゼロ、答えなさい! 私の名前は?」
ゼロがダガーを落とし、頭を抱える。
「答えなさい! ゼロ」
「ふぇ、フェン……」
「答えなさい!」
ゼロが顔を上げ、女性の顔を見た。
「フェ、フェンリア…… ヒルデガルド……」
ゼロはフェンリアの名を呼ぶと、スーと目を閉じた。そのまま、前のめりに崩れ落ちるゼロを、フェンリアが抱きとめる。
「おかえりなさい。ゼロ……」
フェンリアは、ゼロの耳元でやさしく呟いた。
次回予告
フェンリアは勇者と呼ばれるアイオリアと会う。
そこでアイオリアがフェンリアに要請したことは?
次回 内乱10 勇者と伝道師
風は貴方にどんな物語を残しましたか?
フェンリア…… ガントレットした手で殴りますか普通?
怪我した手でもぶん殴っていますが(汗
それにしても、アクションが派手な娘だなぁ。
『ホーリーアロー』と『スリープミスト』は宗派に関係なく、神官たちがよく使う一般的な魔法です。
立て続けに魔法がこんなに出るのって初めてですねぇ(笑