第2章 FILE15:内乱05 復讐の刃 前編
「ガイアよ、傷つきし者に、癒しの光を」
4歳くらいの女の子の額に当てたフェンリア手が光る。手をどけると傷一つ無い滑らかな肌が見えた。
「はい、もう大丈夫。傷跡一つ残っていないよ。女の子だから、顔に傷が残ったら大変だものね」
フェンリアは目線の高さを女の子に合わせて微笑んだ。すると女の子は、恥ずかしそうにして母親に抱きついた。フェンリアは、何度も頭を下げる母親に今日はゆっくりと休ませるように言い、部屋から送り出した。背伸びをすると骨がコキコキと鳴った。
150人ほど村人の内、26人が死亡し、生き残った人間も、そのほとんどが怪我をしていた。なかでも村長と、この村、唯一の教会ファン教の神官が殺されてしまったのが痛かった。村の意思を代表する人間が居ないのだ。
仕方がないので、フェンリアは村の中では一番立派な村長の屋敷を借り受け、怪我人に治療を施していた。
重傷者も幾人かいたが、命にかかわるような者は今のところいない。だが敗残兵達に犯された娘のように心の傷を抱えたものも少なからずいる。魔法を使えば外傷は簡単に治せるが、こればかりは時間が必要だ。
「やっと片付いた……」
フェンリアは机の上に突っ伏した。
魔法の使い過ぎで動く気にもならない。しかし、現実はそれほど甘くは無かった。 すうっと意識が暗闇に吸い込まれようとした時、荒々しくドアが開かれた。
フェンリアはぴょんとバネ仕掛けの人形のように背筋を伸ばした。
ドアの方に目を向けると村の若者が3人立っていた。それぞれの手には鎌や鍬などの農機具が握られている。
「今から、野良仕事…… のわけないわね」
あと2時間もすれば日が落ちるし、雰囲気が尋常ではない。あきらかに殺気立っている。フェンリアはそっと懐のダガーを握る。
「あ、あいつらを、俺たちに渡してもらおうか!」
鍬を持った、如何にでも田舎の兄ちゃんといった感じの青年が叫ぶように言った。極度の緊張のためか声が裏返っている。
「あいつら? 誰の事よ?」
フェンリアはすっとぼけた。あいつらとは村を襲った兵士達のことだろう。今は丁寧に縛り上げ、教会の地下室に閉じ込めてある。地下に続く入り口でゼロが見張っているから、脱走はまず無理だ。
「む、村を襲った奴らだ」
3人の内で一番背の低い青年が答えた。手には鎌と何故か鍋の蓋を持っている。盾の代わりだろうか。
「それで。彼らを引き渡したら、あなたたちはどのようなショーを、見せてくれるのかしら? 詳しく聞かせてくれない?」
フェンリアの声は氷ように冷たい。先ほどまで、怪我人達に慈愛に満ちた声をかけていた女性と同一人物とは信じられない。
「う、うるさい!そんなのは、俺達の勝手だ!」
上ずった声で叫ぶ青年達にフェンリアは冷笑で答えた。その氷の刃は青年たちの心を抉るが要求を撤回させるまでにはいかない。殺気だけが高まっていく中先に口を開いたのはフェンリアだ。
「はっきりと、言ったらどう? 僕ちゃん達は縛られて無抵抗の人間を嬲り殺すのが好きですって、それとも村が襲われた時は怖くて隠れていたけど、縛られて抵抗できない奴らは怖くないぞー! かしら?」
フェンリアは青年達に辛らつな言葉を浴びせる。事実、死者のほとんどが村を守ろうとして敗残兵に立ち向かった人達だ。
フェンリアとゼロが助けに入った時には、村人で抵抗している人間はいなかった。隠れていたか、村の外まで逃げ出したのであろう。
それが悪いと切り捨てるつもりはない、自分の身を守る為にしたことだ。だが、それなら、それらしくしていればいいものを、抵抗できなくなった加害者を嬲り殺しにしようとするのだから救われない。
もう少し自分のしようとしている事が、どんなに恥ずかしい行為か客観的に見て欲しい。と思う。
理不尽に平和な暮らしを壊された憤りは理解できる。ならばあの場で戦って、己の手で大事なものを守ればよかったのだ。己の命を懸けて。
自分は安全な場所に居て、復讐を遂げようとする。それがフェンリアには気に入らない。
「なんだと! ガイア教の神官だと思って下手に出ていれば!」
何時、下手に出ていたのかはわからないが、激昂する青年達。手にした凶器を構える。
「痛い目にあわないと、わからないみたいね? いいわ、その性根が真っ直ぐになるまで、たたき直してあげる」
フェンリアは、不敵に笑った。
次回予告
凶器を手にした村人たち。
斬り捨てるのは簡単だが、ゼロは困っていた。
次回 内乱06 復讐の刃 後編
風は貴方にどんな物語を残しましたか?
なべの蓋という盾があったのはドラクエだったかな?
今回もフェンリアが主役です。
しかし、本当に書きやすい娘です。もしかしたらルノアより書きやすいかも。
次回はゼロの出番です。