第2章 FILE07:カーライン王子
「アイオリア様。グリード将軍がお呼びです。城の執務室に出頭するようにとのことです」
屋敷の中庭でリュエルを相手に剣の稽古をしていたアイオリアに声をかけたのは、金髪の髪をショートにした碧眼の少女。ヒルト=アルフォンス、1週間前にアイオリアの騎士見習になった少女だ。
「わかった。リュエル、剣を片付けておいてくれ。ヒルト、着替える。その後は供を頼む」
「ヒルト。ここで待っていてくれ」
グリード将軍の執務室の前でアイオリアはヒルトに剣を預けた。城内での帯剣は認められているが、室内への持込は禁止されている。必然的に部屋の前に立つ衛兵か、伴った者に預けることになる。ヒルトは剣を受け取り一礼する。
「アイオリア百騎長、入ります」
部屋に入ると執務室の机には、グリード将軍ではなく整った顔の金髪碧眼の青年が座っていた。貴公子然とした細身の青年だが、その体が鍛え上げられたものであることは福の上からでも分かった。どこかで見たような顔、そしてその青年の素性を思い出したアイオリアは慌てて片膝を突き、頭を下げた。
「失礼いたしました。カーライン王子」
「いや、不意打ちするような事をしたのはこちらだ。すまなかった。噂の勇者様に会って見たくてな」
カーラインはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「顔をあげよ、アイオリア百騎長。そなたには新設される私の軍団で力を貸して欲しいのだ。王位継承権を放棄した私に付くのは、ハズレくじかもしれないがな」
カーライン王子は、先日、王位継承権を放棄した。理由は公表されていないが、これで王位継承権1位は正室のナルディア妃の生んだカディス王子に移り、本人たちを置き去りにしたお家騒動は一応の決着を見た。
カーライル王子には領地と公爵の爵位、将軍の地位が与えられることが決まり、領地は拝領してないが、爵位と将軍の地位はすでに得ている。
そして将軍の地位の者に許される、自分の軍団を設立するためのスカウトだとアイオリアは察した。
「私の後継人であるグリードから、そなたのことを聞いてな。私に力を貸してはくれないか?」
カーラインはアイオリア手を握り、頭を垂れた。
「カーライン王子。私のような者に頭を下げるなど」
「私の為に力を貸してくれる者のためになら幾らでも頭を下げよう。それに頼んでいるのは私だ」
カーラインはそう言って頭を上げようとしない。
カーライン王子は、庶子というだけで門閥貴族達には嫌われているが、若い文官、貴族以外の兵達から王位をと期待されていた。それも、彼の人柄と庶民のための政策を次々と打ち出す政治手腕ゆえだ。
王位を放棄したものを惜しむ声もいまだ多く、喜んだのは門閥貴族達くらいだ。
頭を上げようとしないどころか、額を地面に押し付けかねないカーラインの姿を見ながらアイオリアは困り果ててしまった。
確かに剣を捧げる相手としては申し分ない。王位継承権を放棄したとはいえ出世も望めるだろう。しかしできるだけ平凡に暮らしたいと思うアイオリアの理想からはどんどん放れていく。
しかしカーラインの言葉には惹かれるものがあった。名君の資質もある。
その彼が力になって欲しいと頭を下げている。それに答えたいという思いもあった。
アイオリアはしばらくカーラインを見つめた後に口を開いた。
「カーライン王子。私の剣と忠誠を貴方の為に」
カーラインは頭を上げ、アイオリアの手を握りなおした。
「すまない。アイオリア百騎長。そなたには苦労をかけるだろう。だが、私も出来うる限りそなたに報いよう」
カーラインのうれしそうな顔を見て、アイオリアの表情も緩む。アイオリアは自分の全てを捧げても後悔しない主を見つけた気がした。
次回予告
カーラインは、魔王軍の使者として訪れた女性と再会した。
そこで交わされた会話は?
次回 再会
風は貴方にどんな物語を残しましたか?
外伝1に登場したカイン王子の登場です。王位継承権は放棄してしまっていますが。
ルノアとカインの出会いが書かれている『聖魔戦記外伝1 神官姉妹と王子様』もよろしくお願いします。(次回はあの娘も登場しますことですし)
カインのイメージとしては、文武に秀でた好青年です(笑
次回はアイオリアではなくカインが主役です。