第1章 FILE01:蒼の聖女
戦場の外れに張られたテントの中で、蒼い修道服に身を包んだ女性達が怪我人達の手当てに追われている。
傷の軽い者には応急処置を施し、重傷者には神の奇跡、神聖魔法で使い傷をふさいでいく。
彼女達は天地創造の神ガイアを信仰する女性たちで、ある程度修行を積み神聖魔法を修めた者たちだ。青い修道服と首から掛けられた世界樹と呼ばれる木をデザインしたホーリーシンボルがそのことを示している。
しかし戦闘が長引くに連れ負傷兵は増え、死者も増えていく。魔法も万能ではなく、魔法を使える人間も無限に使用することはできない。
「司祭様!」
テントに飛び込んできた若い兵士が一人の女性を呼ぶ。
司祭と呼ばれたがまだ二十歳前の若い女性だ。他の者とは違い修道服の上から蒼いブレストアーマーと呼ばれる部分鎧を装着し、腰には二本のショートソードを下げている。布教のための知識だけでなく戦う術をも身につけた神官戦士だ。
この大陸では珍しい艶やかな黒髪に黒檀のような双眸、そして透き通るような白い肌がその戦装束とマッチして硬質の冷たい凛々しさを醸し出すが、慈悲に満ちた表情が見るものに安らぎを与える。
「司祭様お逃げください。戦は我軍の…… 我軍の敗北です。ここにもすぐに敵が押し寄せてきます」
兵士の報告に、司祭と呼ばれた女性は静かに頷く。
「わかりました。貴方達には引続き護衛を頼みたいのですがよろしいですか?」
「ええ、よろこんで」
頭を下げ、若い兵士はテントを出て行く。
「ルナ侍祭、貴女が皆さんを率いてお逃げなさい。動かせない者は置いていきます。急ぎなさい」
矢継ぎ早に修道士達にいくつかの指示をだす。
「ルノア司祭様は、いかがなさるのですか?」
「私は残ります。動けない者を見る人間も必要です」
「司祭様いけません。貴女にこそ無事でいてもらわないと」
「ごめんなさい、ルナ」
そう言って司祭、ルノアと呼ばれた女性はルナを抱きしめた。
「あなたには迷惑をかけてばっかりだけど引き受けてちょうだい。ごめんなさい、私の我儘を許して」
ルナを放したルノアはいつものように微笑んだ。その微笑を見たルナはルノアの決意が揺るがないことを思い知る。こうなるとこの人は頑固だ。
「さあ、皆さんも急いで。時間がありません」
ルノアは負傷兵達に声をかける。一人でも多くの命を助けるために。
「貴方達に、慈悲深きガイアの加護があらんことを」
ある者は歩いて、ある者は荷馬車に詰め込まれ逃げて行く者達にルノアは祈りをささげた。
何人か「残る」と訴えた者もいたが、ルノアは一人ずつ根気よく説得した。ここから先は命の保障などありはしない。
取り残された重傷者の何人かがルノアにも逃げるように訴えるが、ルノアはただ首を横に振り微笑む。その笑みを見て持祭のルナと同じように、彼らはルノアの決意が硬いことを知り、そして自分たちが見捨てられたわけではないと思う。ルノアに助けられた兵達が彼女を慕い『蒼の聖女』と呼ぶのも無理はない。
「さあ、もう休んでください。傷に障ります」
その時、一人の男がテントに入ってきた。右手に持った大剣は血に濡れ、全身返り血で汚れているがどうやら傷を負っているようだ。彼はテント内を一瞥し、ルノアたちに向かい大剣を構えるがそのまま倒れた。
「魔族……」
負傷兵の一人がつぶやく。
男の指先には獣のように鋭い爪が生えており、腕は金色の毛におおわれ、顔は狼のようだ。その異形の姿はこの男が魔族であることを示す。
だが、人間と魔族の間にはそれほどの違いはない。
体の一部が異形で頭に角が生えていたり、犬や猫のような耳や、瞳をしていたり、眼前で倒れてる男のように狼男みたいな例もあるし、姿は人間とまったく変わらない場合もある。個人によって姿かたちは違うが、共通点は総じて魔力が高いということだ。
そして数は少ないが人間と魔族の間で子供を成した例もある。
ルノアは男の下へ駆け寄ると傷の箇所を調べる。頭部と腹部に負った傷が深い、血液もだいぶ失ったようだ。このままでは半時を待たずに天に召されるだろう。
ルノアは男の傷に手を当て、深く深呼吸すると呪文と唱える。
「慈悲深きガイアよ。傷つき倒れたこの者に癒しの奇跡を」
魔法の言葉と共にルノアの手が光を放ち男の傷がふさがっていくが、魔法とて万能な力ではない、傷は外見上消えてしまったが血液を失いすぎている。後は男の生命力次第だろう。
ルノアは負傷兵たちが男に向ける憎悪の視線を無視して、男をベッドまで運んだ。
次回予告
負傷者を守るため剣を抜くルノア。
その場に現れた黒衣の騎士。
金眼の魔王と蒼の聖女。
この出会いは偶然か? 運命か?
次回 戦場の出会い
風があなたへ物語を運ぶ。
第1話、お付き合いありがとうございました。
剣と魔法のファンタジーものは最近少ないですね。私が学生の頃は主流だったのですが……
あえて時代の流れに逆行して執筆して行こうと思います。