第1章 FILE16:その夜のこと
「今日は客が多かったようだな」
書類の束をルノアに手渡しながら、レイバが訊ねた。
「ええ、とっても」
手渡された書類には、現在の魔王軍の詳細が書かれている。構成人員だけでなく物資の備蓄までこれ以上ないぐらいに細かく。
「よろしいのですか? 従軍神官といえ、他組織の人間にここまで詳しい情報を与えてしまって」
「司祭のことは信頼している。3日後の軍議でこれからの方針を決める」
「これからの方針ですか?」
「仕掛けられた戦だからな。失地回復という当初の目的は達した。すぐにでも和平交渉を行うか。交渉を有利に導く為にいくつかの都市を落とすか。相手が白旗揚げるまで戦い続けるか。ほかに選択肢はあるのか。司祭は和平交渉を押すのだろうが、我が軍師殿は2番目か3番目を押すだろう」
「よく分かってらっしゃるのですね」
レイバの言葉を聞いたルノアが、くすくすと笑う。
「笑い事ではない。実際問題として、リューム国王が捕虜返還の条件で和平交渉に応じるとは思えん。彼等の方が仕掛けてきた戦だしな」
「ええ、でも和平交渉の申し出くらいはなさってもよろしいのではありませんか? 長く続く平和ではないかもしれませんが、民にとっては貴重な時間になると思います」
そこにルナが戻ってきた。
「せっかく2人きりにして上げましたのに、もう少し艶っぽい話は出来ないのですか?」
ルナがあきれたように言い、ルノアにカップを渡す。
「私の家に伝わる薬湯です。少し苦いかもしれないですが全部飲んでください。レイバ様もどうぞ」
ついと、カップを差し出され思わず受け取ったレイバ。
カップの中ではダークグリーンの液体が湯気を立てている。食欲をそそる色ではない。匂いもなんと表現してよいかわからないほど複雑だ。
「全部、飲まないとだめ」
「全部、飲まないとだめか」
思わず、声がハモる。
「ええ、時間かけてもいいですから、全部飲んでください」
ルナは自分のカップを取るとおいしそうに飲む。
ルノアとレイバは少しだけ目を合わせて同時に口に含む。次の瞬間2人は慌てて手で口を塞ぐ。どうにか飲み込むとレイバが水差しに手を伸ばす。レイバはグラスに水を注ぎルノアに手渡すと、自分は水差しから直接、水を飲む。
「ルナ。少しどころじゃない。すごく苦い」
「お二人の分は、薄くしたのですけど…… まあ、良薬は口に苦しともいいますから全部飲んでくださいね」
ルナはけろっとした顔で言った。
次回予告
ルノアとパンドラ、ぶつかる意見。
そこに飛び込んできた報告にレイバは。
次回 軍議
風が貴方に物語を運ぶ
ええっとまだ紹介してない人たちがいたので、ここで補足。しかも肝心の人が(汗
ルノア=ティア
この大陸では非常に珍しい黒瞳黒髪(どちらか一方がと言うのは割合多い)。背中には幼い頃につけられた刀傷がある。
天地創造の神ガイア神を祭るガイア教団の司祭。神官としてだけでなく、戦士としての実力もある神官戦士。
従軍神官の職務の傍ら負傷者達の治療にあたる。兵たちからは『蒼い聖女』と呼ばれた。
魔王レイバと出会い魔族側の従軍神官になる。
レイバ=レスト
魔族を率いる魔王。別名、金眼の魔王。
魔剣、ソウルイーターを持つ。魔法にも長けているがその資質は剣のほうにあった。
金眼、銀髪で中肉中背。貴族の坊ちゃまのような優男で一目見て魔王と判る者はいなかった。
ハット=レプスリー
銀髪、蒼眼、ひょろっとした男。
ガイア教リューム国従軍神官。戦いは好まないがその剣技は、その辺の傭兵ぐらいなら簡単に打ち倒すほどの腕の持ち主
好きな者は辛いものとヴァネッサ(笑
次回、外伝2で登場したあの人が出てきます。ずいぶん久しぶりな気もするなぁ。