第1章 FILE10:夢現(ゆめうつつ) 前編
幼い女の子が泣いている。年のころ7、8歳くらいか。
「とうさま、かあさま」
女の子の前には血溜りの中に倒れている、一組の男女の姿があった。既に事切れているのだろう、ピクリとも動かない。
「おやおや、かわいそうになぁ。でも、すぐに会えるぜ。その前に、俺と遊んでもらうけどな。お嬢ちゃん」
少女を捕まえているヒゲ面の男が下卑た薄笑いを浮かべる。
「おいおい、やめておけ。今日、用があるのは食料と金だ。くだらん抵抗しやがって、返り血で汚れちまった。おい、お前ら、食料と金を集めて来い。抵抗するヤツは殺せ!」
「なぁ、アニキ。少しくらい、いいじゃねぇか」
「だめだ! こいつらのおかげで時間を喰った。お楽しみは今度にしろ」
「ちぇっ、しょうがねぇか」
男の手が緩んだのを、少女は見逃さなかった。男の手から逃れ両親の亡骸にすがりつく。
「とうさま、かあさま」
「アニキ、やっぱり連れて行く。これほどの器量良し、ちょっといねぇ。黒い髪と瞳がそそるぜ」
「もう何も言わん。好きにしろ、変態が……」
ヒゲ面の男が少女に手を伸ばす。泣いていた少女が振り向きざまその手を払った。男が手を抑えて悲鳴を上げる。
「手が、手が、イテェ」
いつの間にか少女の右手に、刃渡り30センチ程のナイフが握られている。両親の亡骸から拾ったのだろう。両手で構えアニキと呼ばれた男に向ける。
「ほう、いい目をする。後10年もしたらいい女になっただろうが……」
男が動いた。少女の目では追いきれない。背中に灼熱感が走り気が付くと地面に倒れていた。手を動かそうとすると全身に激痛が走る。指一本動かすことが出来ない。
両親も死んだ。このまま死んだ方が幸せな気がした。少女の意識はそのまま闇に飲み込まれていった。
「とうさま…… かあさま……」
「ここは?」
ルノアは闇の中に立っていた。周りを見回すが一面の闇だ。
フィロス砦で矢を受けたのは覚えていた。その後、今までの人生でもっとも見たくない場面を見た。
走馬灯というものが、あれならばガイアに「意地悪」と言いたくなる。
「もう、10年も昔のことだというのに……」
当時の情景の細部まで、覚えていたことに驚いた。背中の古傷が熱くなった気がする。
すると、どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。声のするほうに歩いていくと急に周りが明るくなり、森の中に立っていた。目の前に幼い少年が男にすがり付いて泣いていた。
「父ちゃん、父ちゃん」
少年の姿に10年前の自分の姿がダブる。
「どうしたのですか?」
少年に声をかける。
「神官様。父ちゃんが…… 父ちゃんが…… 助けて」
ルノアは少年に頷くと、男の傷を見る。明らかに剣で切られた傷だ、傷は深いが今、治療を施せば助かる。しかし、男の顔を見たルノアの動きが止まった。
忘れるはずもない。10年前、両親を殺した男だ。ルノアの中で悪魔が囁いた。
チャンスじゃないか。手を汚すことなく仇を討てる。放っておくだけでよい。
両親の死の情景を見たばかりのルノアには、その囁きがとても甘美なものに感じられた。
次回予告
親の敵を目の前にしたルノア。
彼女は決断を迫られる。
次回 夢現 後編
風が貴方に物語を運ぶ。
ちょっとだけ更新ペースを上げている今日この頃ですが、皆さんどうお過ごしでしょうか(笑
訳のわからない場面に放り込まれているルノアですが、あと3、4話ほど後にどういうことか明かされると思います。(説明しなくても予想がつくでしょうが……)
ルノアの過去については簡単に『外伝1 神官姉妹と王子様』で(すごく)簡単に書いたのですが、今回はもう少し具体的に書いてみました。
では、『夢現 後編』でお会いしましょう