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黄色い花

ギュテールは怪物。

その姿はこの世のものとは思えないほどにおぞましい。

ギュテールは醜い。

その姿は誰もが避けたくなるほどに醜い。

ギュテールは不死身。

永遠に死ぬことは許されない。

ギュテールは化け物。

ただそれだけ……。


あれから長い年月を経過した。

ギュテールは依然としてただ座っていた。

何かをするわけでもなく、何かを考えるわけでもなく。

誰かの役に立つわけでもなく、自分のためになるわけでもなく。

ギュテールはただ座っていた。


ある日、ギュテールを変える出来事が起こった。

それはとある梅雨の日、空いっぱいに暗雲が立ち込め、雨が、雷が絶え間ないそんな日。

ギュテールのいる森で大規模な火事が起こった。

木に雷が落ち、森に火が付いてしまったのだ。

森の中は見渡す限りの木や草に囲まれていた。

瞬く間に火は森を飲み込んだ。


ギュテールはいつもとは違う異様な熱さに思わず目を開けた。

しかし、ギュテールは事態を把握するとまた静かに目を閉じた。

体が火に包まれようが

周りの酸素がすべてなくなろうが

ギュテールは死なない。

ギュテールは不死身だ。

それに雨も降っている、放っておいても火はいずれ消える。


「熱い、熱い。このままでは私は燃えて死んでしまう。誰か助けて。」

ギュテールは頭上から声がして再び目を開けた。

ギュテールの頭の上には綺麗な黄色い花が咲いていた。

「どうかお願いだ。私は自分では動けない。私をあの火から遠ざけてくれないか。

お願いだ。助けてくれ。」

黄色い花は必死に必死に何度も何度もギュテールにお願いした。


ギュテールはお願いを聞くことにした。

黄色い花が可哀そうだったからとか、

見殺しにするのは心が痛むからとか、

そういった理由はなかった。

ただ何となく……。


ギュテールは黙ったままその花を頭から引き抜いてそのまま手で持って走り出した。

火から遠ざかるように。

のそのそと。

それでもその花はギュテールの態度とは裏腹に

ギュテールの手の中で何度も何度もお礼を言っていた。

「ありがとう。ありがとう。私のために本当にありがとう。」


しかし、というよりやはり、

ギュテールを追いかける火の勢いはすごく、

何年も座ったまま体を動かしてこなかったギュテールでは、

心からその花を助けたいと思っていなかったギュテールでは、

到底逃げ切ることは叶わなかった。

あっという間にギュテールたちは火に取り囲まれてしまった。


「お花さん。どうやらここまでのようだ。君を助けることはできないみたいだ。すまない。」

ギュテールは黄色い花にそう言った。

その言葉に助けられなかった悔しさや別れの寂しさなどはない、

ギュテールはただそう言った。その花に、そして、自分に言い訳するように……。


「そうかい。私はここまでなのだな。ありがとう。助けてくれて。」

それを聞いたその花は穏やかな表情でこう返した。

もう助からないというこの状況でその花はしっかりとギュテールを正面から見てそう言った。

ギュテールは何でもっと頑張らなかったんだと怒られたり、

死にたくないと泣いたりすると思っていたので驚いた。

そして、そのときギュテールはその花に対して初めて

自分の不真面目な態度に本当に申し訳ないと思った。


「君もこの火の中では助かるまい。最後の時が来るまで少しお話でもしないか。」

その花は言った。

ギュテールは不死身だとは言ってもやはり火に触れたら熱いし痛い。

だけどギュテールは迷わずうなずいた。

最後にこの花が望んだささやかな願いを聞くことで少しでも贖罪がしたかったから。


その花が先に口を開く。

「よく見ると君は醜くておぞましい顔をしているね。」

「そう、僕は醜くておぞましい怪物だ。君は僕が怖いかい。」

「こういう状況じゃなければ君を恐れ、避けていたかもしれないね。

だけど今はもう怖くない。君が優しいことを知っているから。

そう言えば君は友達はいるのかい。」

「昔はいたんだ。君と同じ花の友達が。真っ赤な花の友達が。」

「へぇ。きっとその花は変わり者なのだろう。」

「うん、その花が最初にこの森で出会った僕に声をかけてくれたんだ。

そして、僕たちは友達になった。

それからその花が生まれ変わるたびに僕らは何度も友達になった。

あのころ僕は幸せだった。」

ギュテールはその真っ赤な花との思い出を語った。

楽しかったこと、面白かったこと、そして、寂しかったこと。

ギュテールが一通り語った後、黙って聞いていたその黄色い花は言った。

「それでその友達は今どうしているんだい。」

「死んでしまった。いや、死なせてしまったんだ。僕のせいで。もう二度と生まれ変わらない。」

「そうかい。それはすまないことを聞いてしまったね……。」


火は勢いを増し、空気を吸い込んだ肺が焼けるように熱い。

その黄色い花は熱さにやられてだいぶぐったりしてしまっていた。

その花は最後の力を振り絞って言った。

「そろそろ最後だ。ありがとう。最後まで私に付き合ってくれて。楽しかったよ。

お互い生まれ変わったらまたお話ししよう。」

ギュテールは言うべきか少し悩んだ末、言った。

「僕は死なない。僕は不死身だ。死んでしまうのは君だけだ。

すまない。君をここから逃がすことができなくて。」


その花は少し考えてからギュテールに穏やかな声で言った。

「そうかい。それは寂しいね。」


その言葉を聞いたギュテールは怒った。

「そんなことは知っている。僕は不死身の怪物だ。僕は寂しい不死身さ。

君は僕の友達とまったく同じことを言う。そんな君が僕は腹立たしいよ。」

ギュテールは自分が気にしていることを、

昔はあんなに誇らしかった不死身のことを、

昔の親友と同じ言葉で指摘されたことが腹立たしかった。


しかし、それを聞いたその花はゆっくりと首を横に振った。

「君は勘違いしている。

私が寂しいと言ったのは君が一人になってしまうことさ。

君は一人が好きなわけでも好きで一人になったわけでもない。

きっとその真っ赤な花も私と同じことを言ったんだと思うよ。」


その時、ギュテールは初めて分かった気がした。

あの真っ赤な花が最初に言った「そうかい。君は寂しいね。」という言葉の意味が……。

あの真っ赤な花が最後に言った「君はもう寂しくない。」という言葉の意味が……。


あの真っ赤な花が春になり生まれ変わるたびにギュテールは自分から友達になった。

ギュテールはあの時すでに寂しくならない方法を知っていた。

ギュテールはあの時すでに自分の心を満たす方法を知っていた。

それなのに何年も何十年もギュテールは何もしなかった。

ギュテールはあの真っ赤な花がくれた温かい何かを手放してしまっていた。

ギュテールはそのことに今ようやく気付いた。


ギュテールの醜い目からとりとめのない涙があふれ出した。

「ありがとう。

君のおかげで僕は醜い怪物だけど、不死身の怪物だけど、

それでも寂しい怪物ではなくなった。

ありがとう。」

それからギュテールは本気でその花を助けたいと思った。

もうこの火の海から抜け出すのは無理だが、ギュテールは考えた。

ギュテールは考えて、言った。

「聞いてくれ。今思いついたんだ、君が助かるかもしれない方法を。

これから僕は君に覆いかぶさり火から君を守る。

そうすれば君は助かるかもしれない。」

ギュテールは死なないとは言っても火に触れたら熱いし痛い。

それでも言った。

「そして、もし無事に生き残れたら、僕と友達になってくれないか。」

その黄色い花は何も言わずにそっと微笑んだ。

ギュテールの心に取り囲む火の海よりも温かい何かが流れ込んできた。


ギュテールはその花を地面に植え直し、

火から守るようにその上に覆いかぶさった。

火は長い年月の間にギュテールの体に生えていた苔に燃え移りギュテールの体の上を踊り出す。

火の海の中でじっとうずくまるギュテール。

本当は叫び声を上げたくなるほど熱かった。

だけどつらくはなかった。

本当はのたうち回りたくなるほど痛かった。

だけど寂しくはなかった。

ギュテールは火に包まれても死なない不死身の体が誇らしかった。

ただただ誇らしかった。


やがて降り続いた雨により森の火は消えた。

あちこち黒焦げになったギュテールの醜い体の下には

一輪の黄色い花が美しく堂々と咲き誇っていた。


これから暑い季節がやってくる。



ギュテールは怪物。

だけど今ではたくさんの友達に囲まれている。

ギュテールは醜い。

だけど心はまばゆく輝いている。

ギュテールは不死身。

たくさんの出会いを求め、たくさんの別れを経験した。

ギュテールはギュテール。

かけがえのないただのギュテール。


そして、怪物は今、幸せの中にいる。


<おわり>

最後までお読みいただきありがとうございました。

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