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真っ赤な花

ギュテールは人ではない。

突然現れた魔法使いに醜い怪物の姿に変えられてしまったから……。

ギュテールは死なない。

その時、同時に不死身になる魔法もかけられたから……。

ギュテールは喋らない。

その怪物の顔はあまりにおぞましく、近づくものすらいないから……。

ギュテールは動かない。

あの日から笑いもせず、泣きもせず、怒りもせず、……、

ただ座っている……。


ギュテールはその昔、一国の王子だった。

そして、何一つ不自由のない裕福な生活をしていた。

そこでは欲しい物は言えば何でもそろった。

しかし、欲しい物だけで満たされているはずの生活がギュテールの心を満たしたことはなかった。

ギュテールはいつも何かを求めていた。


そんなある日、ギュテールが住んでいたお城に一人の魔法使いがやってきた。

民を蔑ろにしている国王に鉄槌を下すために。

そして、魔法使いは国王が最も大事にしていたもの、ギュテールを醜い怪物の姿に変えた。

体長は今までの3倍、緑色の肌、発達した筋肉、そしてギョロッとした目……。

その醜くおぞましい姿に人々は恐れを抱いた。

やがてその恐怖に耐えられなくなった国王はギュテールをお城から追い出した。

ギュテールはとばっちりを受けただけだが少しもつらくなかった。

むしろこれから自分を満たす何かを見つけられる。

それも不死身だから永遠に。

その時、むしろワクワクしていた……。


しかし、そう簡単にはいかなかった。

人はギュテールを見かけるたびにそのおぞましさに顔は強張り、目をそらしてしまう。

ひどいときは武器を手に取り、ギュテールに襲いかかった。

ギュテールはそんな人を見かけるたび新しい住処を探して歩いた。

何年も歩いてやがて人気のない森にたどり着いた。

歩き疲れたギュテールはここでひとりで生きていこうと誓った。

ギュテールは新しい生活への期待に胸を膨らませた。

しかし、期待とは裏腹にここでも花も木も動物たちもみんな、ギュテールから目を背けた。


それから何年か過ぎ、雲を眺めたり水浴びをしたりとのびのび生きていたギュテールに

突如、一輪の真っ赤な花が話しかけた。

「こんにちは、怪物さん。君はいつも一人だね。」

ギュテールは最初こそ驚いたが、すぐに冷静になって聞かれたことだけを淡々と答えた。

「僕は一人でも生きていけるからね。」

「そうかい、それは寂しいね。」

ギュテールにはこの言葉の意味は分からなかった。

「そんなことはないよ。僕は不死身だ。

何も食べなくても何が起こっても何もしなくても僕は死なない。

ずっと生きられるんだ。僕はそれがうれしい。」

自分には永遠という時間がある。不死身という体がある。

いくらでも何でもやりたいことができる。

ギュテールはそう思っていた。

「そうかい。」

そう言うとその花は黙り込んでしまったが、しばらくするとまた口を開いた。

「また私とお話ししてくれるかい?」

「君は変わっているね。こんな僕とまたお話ししたいだなんて。

まあ、お話しくらいならいつでもしよう。僕は死なないからね。」

その日からギュテールの何でもなかった日々に友達ができた。


それから幾度となくギュテールはその花とおしゃべりをした。

いつの間にかそれはギュテールにとって唯一の楽しみになっていった。

しかし、季節が巡り、色づいた木々の葉は落ち、冷たい風が身を裂くようになると

その花はみるみる弱っていった。

「怪物さん。私はもうだめみたいだ。冬が来てしまった。

春になったらまたこの場所に私は生まれ変わるだろう。

そしたら、また私とお話ししてくれるかい?」

「そうか、君は死んでしまうのだね。わかった。春になったらまたお話ししよう。

僕はいつまでも待てる。だって僕は不死身だからね。」

「それでは一度さようならだ。」

ギュテールはこの時初めて寂しいと思った。しかし、また春になれば会える。

ギュテールはつらくはなかった。


それからしばらくすると、太陽が顔を出す時間が伸びていき、森に積もっていた雪が溶け、ぽかぽかした陽気が心地いい季節がやってきた。そう再び春がやって来た。

気が付くとまた同じ姿をした一輪の真っ赤な花がそこに咲いていた。

「こんにちは、お花さん。久しぶりだね。」

「きみは誰だい?」

「僕を覚えていないのかい?」

「私は今生まれたばかり。すまないけれど私は君を知らない。」

その花はギュテールを知らなかった。

ギュテールは仕方なく自己紹介をした。

「僕は怪物。不死身の怪物だ。君とはこの前の冬が来る前までよくおしゃべりしていたんだ。」

「そうかい、私は君を覚えていない。君は恐ろしい顔をしているがきっといい奴なのだろう。」

「これから改めて仲良くしてくれないか。」

「ああ、こちらこそよろしく。」

またギュテールとその花は仲良くなった。

そしてやはり、ギュテールにとってこの時間が唯一の楽しみになった。

しかしまた冬は来る。

そのたびにギュテールはその花に別れを告げ、寂しくなるのであった。


何度か別れを繰り返し、ようやくギュテールは気づいた。

お城に住んでいた時は何でもそろっていたのに満たされなかったのに

今はその花がいないだけで、たった一輪の真っ赤な花がないだけで満たされないことに……。

ギュテールはようやく自分の心を満たすものを見つけられたのだった。


もう何回冬を越えただろう。

この時のギュテールは冬を迎えるたびに溜まっていった寂しさがとうとう限界に達していた。

お花さんと一年中、いや一生一緒にいることはできないだろうか。

ギュテールは考えた。そうだ、別れが来なければいいのだ。

ギュテールは冬が来る前にその花を摘み取り花瓶に挿した。

「何をするのだ、怪物さん。これでは種を蒔くことはできない。

これでは次の春に君とお話しすることはできなくなる。」

「いいんだ。ここで僕と一緒にいよう。ここでずっとお話ししていよう。

そうすれば冬の間ももちろん次の春もその先もずっとお話しできる。

水も変えるし必要なものは僕が何とかするから。」


ギュテールは本気でそうするつもりだったし、本気でそうしていた。

何日も何日も花瓶に挿した花のために水を汲みに行き、寒くないように花の周りを暖め、冷たい北風があたらないように風よけになった。


しかし、ある寒い日のこと取り替えるための水を汲んで帰ってきたギュテールは倒れて起き上がれないその花を見つけた。ついに限界が来てしまったのだ。

「寒い、寒い。やはり私にはこの寒さを耐えることはできないようだ。私は冬を越えられない。」

「そんな……。僕は……これで君とお別れなんていやだよ。」

「そう落ち込まないで。君が良かれと思ってやったことだ。

私は君を恨んではいないよ。人と出会った花の人生とはもともとそういうものさ。

むしろ他の私より君と長い間お話しできて、私は楽しかった。」

「僕は楽しくない。僕が余計なことをしなければ……。」

「私はここで死んでしまうけれど。君はこれからも違う誰かと楽しく生きてくれ。君は不死身だ。それがうらやましい。」

「そんなことはできない。今、君が最初に言っていたことがようやくわかったんだ。君が死んでしまうことが、僕が不死身であることがこんなに寂しいなんて……。」

「そうかい?私にはもう君が寂しいとは思えないけれど……。」

そう言い残すとその花はぐったり倒れこみ、

それっきりしゃべらなくなってしまった。

ギュテールはその花が最後に言った言葉の意味が分からなかった。


また太陽が顔を出す時間が日に日に長くなり、南からの暖かい風がギュテールを包む。

また春がやって来た。

だけど、そこには何もなかった。

今まで感じていた温かいものはもうそこにはなかった。


ギュテールは寂しかった。ただただ寂しかった。

ギュテールは自分の過ちを悔いていた。ただただ悔いていた。

ギュテールはその場に座ってその花が咲いていた場所を見つめていた。

ギュテールにはもう何もする気が起きなかった。もう何も……。


それから何度も冬を越えたがギュテールは今もただ座ったままでいる。

体の周りには草や苔が生え、頭には綺麗な黄色い花が咲いていた。

だけどギュテールはそのことに気づかない。

何も感じないまま、何もしないまま今もただ座っている。


ギュテールは人ではない。

なにかではないし、なんでもない。

ギュテールは死なない。

が生きているとも言えない。

ギュテールは喋らない。

雨の日も雪の日もひとりでただ座っている。

ギュテールは動かない。

怪物は今も醜いまま……。


<つづく>

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