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卵の中の神語り  作者: だいふべん
八雲立つ
7/9

「な、なに笑ってんだ? おお? なに笑ってんだよっ!」

怒気を発し、小柄な男はオモカイに駆け寄ると、その襟の所をぎゅっと握って押し上げた。なされるがままのオモカイは、口許の笑みを残したまま、特に動こうとしない。


「止めろ、ヤスオッ! 相手は曲がりなりにも『ムハタレ』の人間だ」

「でもよう、キョウちゃん……ぐおっ」


 ヤスオがキョウの方へと余所見をした瞬間、オモカイの右コブシがヤスオの腹にめり込んだ。腹を両手で押さえながら、ヤスオは地面にうずくまる。


「下賤のモノが、アタクシのケダカク、美シク、高キな体に触るんジャないワヨ」

「テ、テメエッ!」


 キョウの怒声を尻目に、オモカイはヤスオを片手だけで軽々と持ち上げると、こちらに向かって放り投げてみせた。その細い腕からは想像できない力だった。


「イヤ~ナ雰囲気ダから、コレでお暇すルワ。そレじゃネ、グズなミナサンにヤクモとやら。ナカなか楽しめたワヨ。またドコカで会いマショ!」

 

 オモカイはもう一度、こちらに口許だけの不気味な笑みを見せると、悠々とその場から逃げ去った。

 ヤクモとしては追って捕まえるべきかとも思ったが、そうするとアシタを一人にしてしまう。キョウたちの中で動ける者も、怪我をした仲間を置き去りにしてまで、覆面の男を追跡しようとはしなかった。


「ヤクモーッ!」


 ククノチの声だ。ヒシタが社に到着し、事情を告げたのだろう。先発してククノチが来ることは予測していた。ククノチの翼があれば、山の入口まで一っ飛びだ。頼もしい相棒が来たことに、ヤクモはほっと胸を撫で下ろした。

 

「なんぞな、あの奇妙な服を来たヤツらは?」


 物凄いスピードで飛んで来たかと思うと、くるっと一回転してからヤクモの肩に十点満点の着地を披露した。


「ま、まるくて……もふもふの鳥がしゃべってる……」


 今度はキョウを筆頭に、ヤクモが男たちを見た時のような唖然とした顔をしていた。


「あいつらのことはいい、それよりもアシタだ。背に担ぐと傷付いた体に負担になるかもしれない。ククノチ、アシタの体を戸板ごと社まで運んでくれないか?」

「合点ぞな! このククノチ様に任せておくぞな!」


 そう言うや、ククノチは宙に跳び上がった。そして、強烈な緑色の光を体から発したかと思うと、丸く透明な球体に変化した。少しゆらゆらしたかと思うと、アシタが乗っている戸板へとすうっと溶け込むようにして入り込んだ。

 途端、何の変哲もなかった木の戸板が、魔法がかかったように動き出し、地を離れて宙にぷかぷかと浮かび上がった。


「んじゃ、ワチは一陣の風となるぞな! 昼の高速風路が呼んでるぞなっ! ヒャッハー!」

「乗り物になったからと浮かれるなよ。アシタに負担をかけたら駄目だぞ」

 

 「分かっとるぞな!」と言い残し、戸板が宙空をスーッと滑り出すと瞬く間に山の奥と消えて行った。男たちはあんぐりとした顔で、その光景を眺めている。精霊など普通の人ならば滅多に見れない、驚くのは無理もない。

 ククノチは元来、木の精霊だ。そのため、木材が加工されているものならば、精霊の姿に戻って乗り移り、それを動かすことなど容易い。生きている植物は別の霊が中に住んでいるためにその限りではないが、余程大きなものでないならば大丈夫だと教えられていた。


 ハナノが社で待機しているはずだ。アシタの状態を見れば、ここに運んだ理由を察してくれるはずだ。後はヒシタと一緒にここに向かっているであろうイズミに、これまでの成り行きを包み隠さずに話す。

 それでこの一件は収まるはずだ。円くとはいかないけれど。


「よ、よう……あのガキは、頭を打って気絶してるだけじゃなかったのか……?」


 キョウが仲間に肩を貸されたまま、弱々しい声で話かけてきた。ヤクモは、先ほどのやり取りから、男たちは本当の事を何も知らないのだと察していた。


「サック――と言ったか、お前の仲間。あいつの銃弾から女の子を庇って撃たれたんだ」

「銃だと? サックはそんなものは持ってなかったぞ……」


 何かの間違いではないかと驚いた顔をするキョウ。うな垂れたその体は、さっきまでの威勢の良さとは打って変わって、別人のように小さく見えた。


「一体全体、何がどうなってんだ。まったくよぉ……」


 混乱したまま歯噛みするキョウに、ヤクモが言葉を投げた。


「今回のこと、仕事とお前は言ったな? 子供が目当てじゃないとも。じゃあ、本当の目的は何だ?」


 ヤクモの質問に、キョウは即答せずに押し黙った。暫く考えた後、諦めた顔になって口を開いた。

「そうだな。ここまでこじれれば隠しても仕方ない。俺たちに与えられた仕事は『この村で祭りが催される前に何でも良いから騒ぎを起こせ』だ。オモカイはこの仕事の仲介役だった。村の様子から子供を誘拐する作戦を決めたのも奴だが、祭りが終われば村に帰す手筈てはずになっていた」


 キョウの口から事件のあらましを知ったことで、ヤクモの頭が忙しく回転する。


(宿霊祭の妨害が狙いか? それならば、この国の人間に害はあっても利はない。やはりアレマシビトたちが動いたと考えるべきだ。武装を固めようとするイマル国やオチハ村の動きを事前に察知し、子供たちを人質に取ることで祭りの開催を止めさせようとした。しかし――)


 今までのアレマシビトたちの情報を整理すれば、国として組織立って動いていると言うよりも、個々に好き勝手している感じが強かった。確かに、自分たちへ向けられる刃が多くなることは歓迎されることではないが、それでも、その国にとっての大切な儀式を、不当な圧力によって潰すということは明らかな敵対心をおおやけにすることになる。無論、自分たちが犯人だとは言わないだろうが、真っ先に疑われ、風当たりが強くなるであろうことは予測できるはずだ。


 キョウたちは、倒れたままの仲間を担ぎ、その場を後にした。去り際に、一言「ガキのことはすまなかった」と言葉を残して。


「――ヤクモ」


 感情を殺したような声が耳に伝わった。名前を呼ばれ振り返ると、大鳥居の下にイズミが立っていた。その後ろにヒシタと、そしてタジナがいる。


「タジナさん、どうしてここに?」

ヤクモは不思議そうな顔で聞いたが、タジナは目を伏せるだけで何も答えず、すっと小さく頭を下げた。


「タジナから話は聞いておる。この大事な禊の最中に、子供らのためとはいえ、お前がヒトをその手にかけたとな……」


 どうやら、伝えるべきことは、既に伝えられていたようだった。タジナは村長として、村民から受けた報告がヤクモに関することだったため、イズミの所へ報告に来てくれたのだ。村長という立場を顧みず、自らが、直接ここに。

 ヤクモは、タジナに向かって深々と頭を下げ返した。そして、そのまま口を開いた。


「その通りです。オレは……自らの感情を抑えられず、ヒトを斬りました」


 ヤクモの耳元に、イズミが深く大きく呼吸する音が流れ込んできた。


「そうか、これ以上は何も言うまい。お前はこの山に対して、二つの禁を破るという大罪を犯した。よって、今より追放処分とする。宿霊祭より生魂祭が終わるまで、ここはおろか、村にも近づいてはならぬ。そしてその後も、その穢れが清められるまで、ヤマツミの森に立ち入ることは、一切まかりならぬぞ!」

悲痛な顔を隠せずに、吐いて捨てるようにしてイズミは言った。

 

 一瞬の静寂の後、ヒシタは思考がやっと追い付いたかのように慌てて大声を出した。

「み、巫女様! そそれ、それは一体、どどどういうことですか!? そ、それにおんの清めなんて、いつになるか分からないじゃないですか! 下手をすればずっと……」


「この大鳥居より中にヤクモが入ろうとせぬことは、それを心得てのことよ」

「ヤ、ヤクモさん!?」


 ヤクモは取り乱したヒシタの顔を見て、にっこりと微笑んだ。そして、ヒシタに優しい声で語った。


「禊は穢れを払うこと。その最中に、オレは自らのをヒトの血で染め、穢した。それに、宿霊祭はモノに霊を宿す祭礼だ。そこにヒトの怨で穢れた霊がいればどうなるか。愚霊オロチを引き寄せ、下手をすればモノに宿らせてしまうかもしれない、それが一つ――

 みんなのためを思えば、それだけでもここにはいられないさ。もう一つは、俺の口からは言えない」


 分かっていたことだった。それでも、いざ口にすれば、心がふるふると揺り動く。昂ぶりそうな感情を押し殺し、ヤクモは必死に平静を装った。


「安心しろ。我が名において、一たび参じた窮鳥を無下に放つような真似は絶対にせぬ。この若者の弟の命、私が責任を持って預かろう。そして、もう一つの禁を破る前に抱いたであろう危惧は、確かな未来ではない。杞憂に終わるという道もある」


「ありがとうございます。――ありがとうございました、イズミさん!」


 ヤクモは叫んだ。ただ、心のままに叫んだ。頭を上げようとしないヤクモには、イズミの目から流れ落ちる雫を見る術はなかった。


「その刀、『霊斬チギり』は持って行け。私が保管し、有事の際のみお前に渡しておったが、元々はお前のものなのだ。いずれにしろ、機を見て返すつもりだった。八年前も、そしてこれからも、お前の守り神となろう。旅に必要なものは、後でククノチに持って来させる」

イズミはそう言うと、さっと後を振り向き、社の方へと歩き出した。


「ワシからも一つ。子供を守るためという大義があるが、今は平時ゆえ、殺人となれば王都の捕縛使が乗り出して来るやもしれぬ。だが、ワシは……いや、ワシら村の者はヤクモ殿のことを咎人とがびととは決して思わぬ。扱わぬ。それをゆめゆめ忘れないでくだされ」


「ありがとうございます。タジナさん」

ヤクモは、遠退くイズミの足音を確認しゆっくりと顔を上げた。そして、タジナの顔を見ながら礼を述べた。


「ヤ、ヤグモざあぁぁん……」

「泣くなヒシタ。アシタやマヒメたち、村のみんなのことをよろしく頼むぞ」


 ヒシタの肩に手を置き、泣き止むまで待った。体は大きくなったが、まだ成人しない子供のままだ。成人したてのヤクモが言うのも何だが、この大きな弟に対する感想は、これからも変わりそうになかった。


(ハナノ……)


 社の方を見上げククノチを待つ。その間、ヤクモの脳裏はハナノの姿で満たされていた。母を追い、神巫女として立派になろうと一生懸命な少女。それゆえに、己の生をその御役目に捧げた悲しい少女。優しく微笑み「兄さん」と呼ぶハナノの声が耳元で甦った。


「ヤマツミ様、今までお世話になりました!」

ヤクモはもう一度、ヤマツミの森に向かって勢いよく頭を下げた。


「どうか妹のこと、これからもよろしくお願いします」

ただただ、ハナノの幸せを願わずにはいられなかった。その思いが届くようにとコトノハに込める。

 

 空は赤く染まり、陽も隠れようとしている。木の影が覆うヤマツミの森で、ホタルのような淡い光りが、テンテンと賑やかに瞬いた。

一章はこれで終わりです。次回から二章になります。

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