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卵の中の神語り  作者: だいふべん
八雲立つ
2/9

宿霊祭しゅくちさい』を三日前に控えた朝。村の方から、数人の来客があった。先日、イズミがヤクモを使者に立て、今年の祭事の段取りについては既に伝えてある。ヤクモは、村人たちが神妙な顔つきでイズミの前に座ることから、明るい話題ではないなと推測したのだが、残念なことにその予想は外れてくれなかった。


「それだけは駄目じゃ!」


 イズミが声を張り上げた。物凄い剣幕に、そこに居合わせたハナノの体がビクンと跳ねる。ククノチは自らの羽で反射的に目を塞いでいた。


「そうは言うてもイズミ様……。儂らこのままじゃ――」

殺されるのを待つだけですと嘆息し、村の長老はうつむいた。


「長老の言う通りです! イズミ様、どうか我らにいくさのための武器をお授けください!」

村の若い男たちが口を揃えて身を乗り出し、声を張って懇願する。


「アレマシビトの話は聞いておる。王都ニニヨより、其方らに使者が遣わされていることも。だが、相手の真意が測れぬ内に、先んじて武威を示せばどうなるか。要らぬ敵意を招くだけぞ!」


「ですが……」

若者たちは納得できないといった顔で下を向き、ふさぎ込んでしまった。


 宿霊祭は、その名の通りモノに霊を宿すことを目的としており、作物に宿った霊がその中から守護することで豊かな実りを約束するものである。しかし、霊を宿すことができる対象は、何も作物だけに限ってはいない。農耕用の道具や日常品に至るまで、モノであれば何でもその対象となる。

 

 その霊と依代よりしろを繋ぐものこそあの神酒であった。

 

 霊を武器に宿せばどうなるか。扱う人間の技量にもよるが、通常のものより遥かに強力な代物になる。


 この社に住まう神には二つの顔がある。造酒の神と鍛冶の神。現在、あの酒蔵となっている建物のもう一対は、たたら場である。そのため、この社には多くの刀剣類が奉納されていた。


 村人たちとイズミの会話を静観していた村長むらおさが、大きな体をのっそり揺らし、座り歩きで進み出た。


「今ならば、祭りに合わせ付霊することができるのです。どうせ持つならば心強い方がええ……。王都からの御使者も儂と同じことを懸命に訴えておりまする」

村長は床に擦りつけるように深々と頭を下げた。「どうかご一考を」の言葉が、床にぶつかり重く響く。


 こんなに悲痛な村長の顔は、今ままでに見たことがなかった。その巨体に違わず大らかな人で、ヤクモが村を訪ねた際はいつも昔馴染みの仲間のように歓待してくれる。また、近隣の村でも剛勇で知られ、ヤクモも鍛錬のために何度か手合せをお願いしたが、対峙した時のあの大熊のような圧力は、思い出すだけでも背筋が冷たくなる。


 村では、『巫女の声は神の声』とされていた。そのため、イズミの取り決めに反対したことは、ヤクモが知る限りにおいて今まで一度たりともない。その村長が節を曲げるほどに火急を要しているということなのか。ヤクモはイズミの方を振り向いた。苦悶に歪む顔がそこにあった。


「それでも、理に反する荒喰あらくいに振るう刃ならばまだしも、人が人を殺すための凶刃を渡す気にはならぬ。ましてや、無垢な子供たちをその争いの中に立たせるなぞ、どうして了承できようか!」


 男女を問わず村で成人者が出た場合、この社の神から一振りの短刀を下賜する習わしことになっていた。それはあくまでも狩猟時や、荒喰と呼ばれる悪霊・悪神からの自衛用であり、あらゆる災厄から家族を護ることを祈願したお守りのようなものなのだ。


 今回の村人たちの請願は、奉納してある刀剣を未成年者を含む村人全員に下賜するというものと、そこで余ったものを全て、付霊した上で王都に送りたいというものだった。


(アレマシビトとは、それほどの脅威なのか)


 三年ほど前、このフタナ島に『シコク』という国が突然生まれた。異世界からの略奪者と呼ばれるアレマシビトたちが住む国である。彼らは姿こそ人と同じだが、その文化や思想がこの世界の人間とは全く異なるという話を噂で聞いた。それを理由に異世界人扱いされているのだが、とにかく強欲で、目的達成のためには殺しもいとわないという。


(何だこの感じ……)

ヤクモの胸を、小さな針がチクリと刺した。



 その後、議論は平行線をたどり、村長たちは一様に肩を落とし、すごすごと村に帰って行った。ヤクモと同い年くらいの村人たちは、「堅物過ぎる」と不平を口にするものや、口にこそ出さないが明らかな不満顔をするものがいたが、少し年配の村人になると、仕方のないことだと諦めていた。


 ――我らにとっても敬うべき大切な神なのだ。その神を血なまぐさい人の世のことわりに巻き込むなど、本来ならば罰を受けて然るべきかも知れぬ。ゆえに、この御裁可は仕方ないことじゃわ。


長老は帰り際に重い口調で呟いた。


「私の言ったこと、間違っていると思うか?」

村人を見送るヤクモの背中へ、イズミが声をかけた。


「イズミさんの判断に、口を挟むつもりはありません。ですが――」

ヤクモはイズミの方を振り向くことなく穏やかな声でそう言うと、小さくなった村人たちの背中からもっと遠い場所へと目を移した。そこには陽光輝く青空に幾重にも重なる巨大な雲があった。


《そうだ! お前の名はヤクモにしよう! あの雲はな、一人の想い人を護るためだけに、ああやって八重やえにかさなり大きくそびえ立っているのだ。お前もあの雲のような益荒男ますらおになれ!》


 あの日の記憶がよみがえる。名前を失った少年に、新しい命が吹き込まれた、あの日のことが。


「――いざとなれば、俺が村の人たちを護ってみせます」

ヤクモはさっと振り返り、イズミの目を見てそう言った。そこに、颯爽さっそうと飛んできたククノチがヤクモの左肩にぴたりと止まる。


「ワチも! ワチも手伝うぞな! イズミ様はでんと構えておくといいぞな!」

黒い羽を散らかせながら、えへんと威張って胸を叩いた。


 イズミは二人の顔を見て、ふっと一息、目尻を下げた。

「あのわらべが頼もしくなったものだ。だがまあ、稽古で私から一本取らないことには大言壮語は吐けんぞヤクモよ。さあ、鍛錬じゃ! ククノチは……まあガンバレ」


 ククノチは、その言葉に「お任せぞな」と胸を叩いて言った。ヤクモは神妙な顔つきで「はい」と頷く。


(流石です。ククノチ先生)

ヤクモは心の中で舌を巻いた。人を安心させるには、自らの覚悟を示すことだ。その時の姿は常に堂々としたものでなくてはならない。ヤクモにとってククノチは前向きな生き方を教わる師匠でもあった。

 

 イズミはそんな二人の様子を見比べて破顔はがんし、「アハハ」と豪快に笑いながら社の奥へと消えて行った。


「私も、お二人に負けないよう頑張ります!」

三人の様子を静観していたハナノが、ここぞとばかりに胸の前で両手をぎゅっと握りしめると、鼻をフンと鳴らした。


「まあ、何もないのが一番なんだけどな。そう願っててくれ」

そう言ってヤクモは、力みで強張こわばったハナノの頭にポンと軽く手を置いた。子供扱いされたことへの抗議の目をかわし、ヤクモもイズミの後へと続く。


 肩から離れパタパタと飛んで来たククノチが、ポスンッと軽い音を立ててハナノの頭の上に座った。


「ハナノ様、入れ込み過ぎると駄目ぞな。は荒れた心を嫌うぞな。常に心乱さぬよう、安穏として居らねばならんぞな。ほれ、ワチのように」


 ククノチが首に巻いていた布包みをさっと広げると、中から小さなキセルが出てきた。それをぱくっと咥えると悠々と煙を吹かせだした。


「なぜいつも、頭の上に乗るんですか……」

ハナノの不満顔を尻目に、キセルを揺らしてプハーともう一息、白煙をくゆらせるククノチ。


「ハナノ様はたまぞな。珠を護るのがワチとヤクモがイズミ様から賜ったお役目。じゃけん、危ないことをしちゃいけんぞな」

「そうは言っても、あたしだって」

みんなの手伝いがしたい、そう言葉を繋げようとして口をつぐんだ。


 常日頃から、母からは神域を出るなと申しつけられている。その禁を破らなければ山から降りることすらできない。それに、いざ戦いとなれば自分に出来ることなど限られている。最悪、誰かの足を引っ張るかもしれない。そのために大切な人が犠牲になる、そんな場面がないとは言えない。


(あたしに、覚悟が足りないから)

そう思うと、二人を追う足取りが急に重くなった。今の自分に出来ることは、何も起こらないことを願い、三日後の宿霊祭に全力を注ぐことなのだ。そう自分に言い聞かせ、頭の上のククノチを両手で掴んで肩に移した。


「あああぁっ!」

ククノチが肩から滑り落ち、階段をぽんぽんと転がって行った。兄の真似をするには少しばかり肩幅が足りなかったと、ハナノは思わず舌を出した。


 

 次の日、ヤクモは村の様子を確かめるために下山した。集落への道中はあぜ道を歩くに限る。この時期だと植えられたばかりの稲たちが、田んぼに引かれた水の中からちょこんと顔を出している。その様子が背伸びを待つ子供たちに思われて、この上なく愛らしい。

 風景を愛でていると、時折、カエルがぴょんと跳ねて来て通り道に待ったをかける。いつも通り、指で背中を優しく撫でてやると、気持ち良さそうに眼を閉じた。一通り満足させて、水の中へと返してやる。その繰り返しが3回ほど続いた。


(ククノチが居たら、はようはようと急かされそうだな)


 今回、ククノチはハナノのお目付け役だ。大切な祭礼を控えているだけに、大役を任されたハナノの精神面の安定は最優先事項だ。こういう時にこそ、誰かが側に付いておかなければとククノチに頼み込んだ。最初は「村へ行くぞな、一緒するぞな」と渋い顔をしたが、最終的にはハナノのためだと折れてくれた。


 ハナノにもいつか、この道を歩かせてやりたい。右も左も前も後ろも、命が芽吹いたこの場所を。


「ヤクモ兄ちゃーん!」

麻の貫頭衣を着た少年が、小さな体をいっぱいに伸ばして、こちらに向かって手を振っていた。


「よう、アシタ! 調子はどうだ?」

ヤクモも右手を空へと振り上げ、元気な声に応えるように腹から大きな声を出す。アシタの周りにぞろぞろと幼い子供たちが集まってきた。


「ヤクモのお兄ちゃん、ククノチちゃんはー?」

子供たちの中でも一番小さな女の子が、小首を傾げてそう聞いた。

 

 アシタの妹、ミルタはククノチが大のお気に入りらしい。ここの来る度にククノチはミルタと鬼ごっこになる。いつも追いかけられることに帰り道でぶつくさ言うが、決まって顔は晴れやかだった。ククノチも満更ではなく楽しんでいるようだ。


「ごめんな。今日はハナノお姉ちゃんのお世話番なんだ」

「えー……」


 つまらないとばかりにミルタは足元の小石を軽く蹴った。その石が、運悪く近くにいたカエルの面にちょこんと命中、そのカエルはすいっと水の中へ逃げてしまった。それを見たミルタが、慌てた顔で「ごめんなさい」と謝って、カエルの元へと駆け寄った。


「ヤクモ兄ちゃん、今日は時間あるの? 時間あるなら剣と弓の稽古をつけて! 父ちゃんが明日帰ってくるから上達したとこ見せつけるんだ!」

「けえこ! けいこぉー!」


 マヒメはアシタと同い年の女の子だ。ヤクモがここに来る度に剣の稽古をとせがむ。将来は自分の父親のような立派な狩人になることを目指しているらしい。


 初めて会ったのは、ちょうどその親父さんに用があり、マヒメたちの家を訪ねた時だった。一人で鍛錬だと木の棒を振っていたマヒメは、村で見たことがない男が自分の家に入ったため泥棒だと勘違いし、助走をつけて男の背後から撃ちかかった。マヒメの様子に気が付いていたヤクモは、それを右手で事もなげにさばくと、そのままの流れでマヒメを担ぎ上げてしまった。その身のこなしに感動したマヒメが、弟子入りを志願したのだった。


 タキリとタツヒはマヒメの妹たちだが、姉の真似なら何でもしたがる。どちらかと言うと、この二人の扱いの方がヤクモには難しかった。


 今日は村全体の様子を、時間の許す限り見て回ろうと思っていた。子供たちの相手となると2時間は必要になる。畦道での道草とは比較にならない。ヤクモは少し悩んだ末に、良いことを思い付いた。


「よし! 今日はみんなで忍者ごっこをしよう!」

「ニンジャ?」


 聞き慣れない言葉に、アシタが不思議そうな顔をした。


「そうだ。忍者というのはな、闇に身を潜めて色んな術を使い、様々な諜報活動をする人のことだ。諜報活動というのは……あれだ、今日は、ひっそりと村の人たちの様子を探る活動、いや任務だな」

「闇に身を潜める――よく分からないけどカッコイイ!」

「何か、こそこそしてて悪者の匂いがするなぁ。色んな術ってのは興味あるけど」

「にんじゃー! にんむー!」


 子供たちの反応は様々だが、一様に目が輝きだして、わくわくしている様子が伝わってくる。


「人の様子を観察することはとても大切なんだぞ。相手の細かな変化を見逃さないのが一流の狩人だしな。マヒメの父ちゃんみたいにな」

そう言うと、マヒメの顔が更にパアッと輝いた。


「じゃあ、忍者になったみんなには、特別に術を授けよう! 名付て『伝心の術』だ」


 ヤクモは、腰に提げた袋から、手のひらほどの大きさの紙と、木で作られた棒のようなものを取り出した。何とも言えない樹木の香が辺りに漂う。


「この紙と筆は、森の神樹様から作らせて頂いた特別なものなんだ」

そう言うと、ヤクモは紙の上にサラサラと文字を書いた。角筆かくひつであったため、紙の上に文字に沿った凹みができていく。それがしばらくすると、うっすらと淡い光を出した。


「すごおおおい!」

ミルタが感動の声を上げた。紙の上に光が生まれ、不可思議な記号がその神秘性を増している。その美しさに素直な言葉が口から出ていた。


「これを一人ずつに渡すから、ちょっと待ってな。姿が見えない遠い場所にいても、兄ちゃんに何か伝えたいことがあったら、この紙に向かって言うんだ。そうすればお話しできるから。でも、これは神様から頂いた術だから、遊びで使っちゃダメだぞ。約束な!」


 子供たちの眼が、これ以上ないほどの爛々(らんらん)とした輝きを放った。紙を配るときは全員が全員とも、興奮のあまり受け取る手がぷるぷると震えていた。


「それじゃあ、みんな、任務開始だ! 村の中を見て回って、困ってそうな顔をした人がいれば、兄ちゃんに教えてくれ。危ないから村の外には出たら駄目だぞ」


《はーい!》


 予想はしていたが、頭の中へと一斉に声が響く。心構えをしていたために笑顔を崩さない程度には耐えることができた。子供たちが向うから、元気に手を振っている。ヒクつく顔で軽く手を上げそれに応えた。


(我ながら一石二鳥の作戦だ)

ヤクモは自らの咄嗟の機転にコクンと一つ頷いた。そして、子供たちの後姿が見えなくなるまで見守ると、満足気な顔をして村の中へと入って行った。



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