最終話《闇子と光》
シリアスな展開はやはり苦手で今回処女作の「光と夜刀と地縛霊」の光と真澄が登場してこの事件に終止符を打ちます。
瑞希が疑心暗鬼に陥ってしまって、私の手を振り払って逃げ出して怨霊化した弥生に引きずられ道路へ放り出された時、必死に私は瑞希の名前を叫んで追いかけていた。そして、瑞希のすぐ前までトラックが迫って跳ね飛ばされそうになった瞬間、この目の前にいる白装束の男の人に瑞希は助けられていた。
背丈は180cm位で年齢は二十代後半? 龍之介よりはだいぶ若く見えた。
腰の辺りまである綺麗なストレートの黒髪を一つに後ろで束ねていて、日本神話の御子さまのようだった。
(この人……。私のポケットの中から……白い煙に巻かれて出たよね?)
私は恐る恐る上着のポケットにそっと手を入れて中にあったはずの人形を掴もうとしたけど、ポケットの中には何も入っていなかった。
(師匠に貰った人形が無くなっている! もしかして? あの人が師匠の式神?)
瑞希のことを気にしながらも、私がポケットの中から姿を現した師匠の式神に戸惑っていると、その式神に邪魔をされて怒り狂っている友佳が目の前に姿を現した。
《許さない! 瑞希達を殺すために私はあの日死んだの! 邪魔しないで!!》
怒り狂った友佳が物凄い風を起こしてこちらに向かって攻撃を仕掛けて来た。
【ジャキーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!】
瑞希を抱えている私の前に仁王立ちになって、式神が友佳の攻撃を跳ね返してからこちらに向きを変えて私に向かって叫んでいた。
「奴がそろそろ痺れを切らして姿を現すはずです。奴は人の姿をして近付いて来るかもしれません。騙されないよう十分にお気をつけ下さい。わたくしの主もこちらへ向かっております。それまでわたくしが出来る限り時間を稼いでおきます」
そう言って式神は友佳の方へ向きを変えて友佳を睨みつけて身構えていた。
辺りは昼間だというのに薄暗くなり物凄い風が吹き荒れていた。
瑞希は思っていたよりも友佳に怯えて恐怖を感じていたのか? かなりのショック状態にあるようで目を覚ます様子が無かった。
(取り敢えず保健室に連れて行かないと……。抱えて走るしか無いよね)
後方では友佳と式神が現実とは思えないような攻撃をし合って宙に浮いていた。
(大丈夫……。もうすぐ師匠も来るし、怖くなんか無い……)
そう自分に言い聞かせながら私は瑞希を背中に背負って保健室へ向かった。
《逃がさない! 逃がさない! 絶対に殺してやる! 殺してやる!!》
友佳が怒り狂って叫んでいる声が頭の中で何度も聞こえていたけど、私は振り返らずに夢中で走った。
高等科の保健室に辿り着いてドアを開けると保健医の柴田涼子先生がすぐに駆け寄って来た。
「何があったの? 瑞希さんよね? あなたは……影野さん? 事情は後で聞くので先に瑞希さんをベットに寝かせましょう」
私が質問の返答に困っていると、涼子先生はすぐに察してくれて瑞希をベットに寝かせるのを手伝ってくれた。
「瑞希……正門の前でトラックに引かれそうになってショックで気を失ったまま目を覚まさないんです」
友佳の事は信じてもらえるか不安だったので、私は事故に合いそうになったということだけを涼子先生に説明をした。
「そうだったのね。ご苦労様! 瑞希さんは私が家の方に連絡を入れて迎えに来て頂くので影野さんはもう教室に戻りなさい」
そう言ってベットに寝かせた瑞希を抱え上げて涼子先生は何処かへ連れて行こうとしている。
「涼子先生? 瑞希を何処へ連れて行くんですか?」
私が涼子先生に話しかけたと同時に、今まで明るかったはずの保健室が薄暗くなり涼子先生は肩を震わせてクククククと声を漏らして笑い出した。
「ちょ!? 嘘でしょ!? まさか涼子先生が……」
驚いて固まって私が動けないでいると、気味の悪い笑いを浮かべて涼子先生はこちらへ振り返った。
《ククククククククク、嘘じゃないわよ! そのまさかって奴だよ! フフフ馬鹿な子……。わざわざ獲物を自分から届けてくれるなんてね》
後悔しても遅かった。瑞希は涼子先生の姿から一変して気味の悪い不気味な姿を現した悪魔に抱えられていた。
(怖くない! 怖くない! 怖くない! 大丈夫!)
私は必死に震える両手を抑えて自分に何度も何度も言い聞かせていた。
《フフフフフフフフフ、足も震えてるじゃない? 影野闇子さん》
悔しいけど……。こんなに気持ちの悪い混沌とした不気味な邪気を纏った輩を間近で見るのは初めてだったので震えを抑えようとしても止まらなかった。
(どうしよう……。瑞希を助けないと。……でも足が、足が動かない)
その時、ドアの向こうで九字を唱える声がハッキリと聞こえて来た。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前! 悪鬼退散―――! 破―――!」
《ギャャャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!》
白い閃光が走り悪魔はまともに術をくらってもの凄い叫び声をあげながら悶え苦しんでその場から消えてしまった。
私が唖然としていると、保健室のドアが激しく開いて李慶師匠と小柄な美人と師匠に良く似た美男子が立っていた。
*******
初めての経験に足が震えて立っているのがやっとの私を師匠は優しく後ろから支えてくれていた。
「闇子さん! 一人で良く頑張りましたね。こちらのお二人が西から来た私の同業者で光さんと真澄です。真澄は私の従兄弟で光さんは真澄の奥さんです」
私に二人のことを紹介してもう大丈夫だと優しく頭を師匠は撫でて笑っていた。
「李慶! こちらのお嬢さんはショックで魂が体の外へ出てしまったようです。すぐに魂を探さないと連れて行かれますね……」
瑞希を見ていた真澄さんが師匠に向かって瑞希の体に魂がいないと言って険しい表情を浮かべていた。
「ここって悪霊や地縛霊の吹き溜まりになってる場所やから、瑞希って子もその影響を受けていじめを繰り返していたみたいやね。死んで怨霊化してる子も自分の意志で死んだんじゃない。悪霊にそそのかされて死んでる。……可哀想に」
光さんが辺りを見回しながら感じたことを口に出して話していた。
「瑞希を探さないと! 友佳は五人と地獄に落ちるって言ってた!」
私が慌てて保健室を出ようとすると目の前に友佳が瑞希の魂を抱えて姿を現した。
《フフフフフフフフフフフフフフフ》
「友佳!! やめて! 友佳も瑞希も悪魔や悪霊に利用されてただけなんだよ! もうやめて!」
私が友佳に向かって叫ぶと、抱えられていた瑞希が顔を上げて何とも言えない不気味な笑いを浮かべていた。
(何? 瑞希が笑ってる? 今のは何?)
《クククククククククク……ククククク》
私が戸惑っていると光さんが私の手を引っ張って真澄さんの後ろへ下がった。
「術を食らった悪魔は保健医の先生の身体を捨てて瑞希さんの魂に入り込んでこちらの様子を伺っていたようですね。本当に質の悪い奴ですよ!」
真澄さんが大きな溜め息をついて友佳と瑞希を見据えていた。
《フフフフフフフフフフフフフフ……フフフフフフフ》
悪魔が友佳の後ろで宙に浮いて勝ち誇ったように不気味に笑っている。
すると光さんが落胆している私を見て少し笑うと私の背中を叩いて喝を入れてくれていた。
「大丈夫! 闇子ちゃんが強く願えば悪魔だけを払えるよ! 闇子ちゃんにはそういう能力が眠ってるねん。だから信じてやるしかないよ! 自分を信じるんや!」
光さんはそう言って強く真っ直ぐな綺麗な瞳で私を見つめていた。
(やるしか無い! 瑞希を助けて友佳を浄化させるにはやるしか無いんだ!)
私は目を閉じて瑞希の中にいる悪魔が薄っすらと視えている状態で九字を唱え始めた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」
両手に力を籠め九字を唱えた私は闇のような黒い大きな塊をその手に出していた。
《お、お、お前は!?……まさか!?》
瑞希の中にハッキリと悪魔が姿を現した。
「悪霊退散!!破―――――――――――――――――!!」
その瞬間を私は逃さないように自分を信じて術を悪魔に向けて放った。
《ギャャャャアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!》
真っ黒な塊に包まれると悪魔は凍てつくような断末魔を上げて黒い塊の中に消えてしまった。
しかし……。悪魔は消えたのに友佳は瑞希の魂を抱えたまま離そうとしなかった。
《瑞希は私が連れて行く! 私はその為に死んだんだから!》
「友佳! 今までの事はすべて悪魔や悪霊の仕掛けた事なんだよ! 五人を許してあげて! 友佳は地獄になんて落ちてしまうような人じゃないでしょ?」
私が友佳を説得していると、光さんが側に来て友佳に向かって手を差し出していた。
「友佳さんにはもう見えてるでしょ? あの白い光が……。その四人を連れて白い光に進んで下さい。瑞希さんには生きて今までして来た罪を償ってもらいましょう」
あれだけ頑なだった友佳が、光さんのその言葉と差し出された手に癒やされて血だらけだった酷い姿ではなく、生前の元気だった頃の友佳の姿に戻っていた。そしてそっと抱えていた瑞希を私に手渡した。
《闇子ちゃん……。ごめんね……ありがとう》
穏やかな表情に戻った友佳は元の姿に戻った四人と一緒に白い大きな光の向こうへ逝ってしまった。
*******
初めての経験でまだ現実に戻れそうにない私の手を引っ張って光さんは私のことを力いっぱい抱きしめていた。
「闇子ちゃん! 頑張ったね! 凄かったわ~! 私と正反対の能力ってどんなんやろ? って思ってたんやけどやっぱり李慶師匠が言ってた通りやったわ!」
私と光さんが正反対の能力を持っていて、二人でなら友佳を救って悪霊を消し去ることが出来ると師匠は二人に話していたらしい。
ただし、私には経験値が無かったので五分五分の賭けだったに違いない。
「それとですね。衝撃の事実があるんですよ! 闇子さんは光さんと従姉妹なんです。光さんのお母さんと闇子さんのお母さんは姉妹なんです。私も妙子さんに聞いて驚きました」
師匠は私と光さんを見比べてうんうんと微笑んで頷いてから話を続けた。
「光さんは白い光の力で魂を癒やし光の先へ導く能力を持っていて、闇子さんは闇の様な黒い力で光さんが癒せない悪魔や悪霊を地獄へ封印する能力を持っているので二人が揃うと祓い屋の私たちとしては有難い存在です」
本当に衝撃の事実だった。自分に従姉妹がいるなんて聞いた事が無かったので私は凄く驚いていた。
憔悴しきった瑞希を家まで送り届けて真澄さんが瑞希の父親に今回の事件の詳細を話して今回の事件に終止符を打った。瑞希は人里離れた更生施設へ暫く通わされることに決まったそうだ。
「瑞希もきっと悪霊にそそのかされていただけだから、すぐに学校へ戻って来れるよね」
私が光さんに聞くと光さんは優しく笑って頷いてくれていた。
その夜、師匠のお屋敷に龍之介と妙子さんが私を迎えに来て光さんと真澄さんに何度もお礼を言っていた。心配症の龍之介は寿命が縮まったと私を思い切り抱きしめてくれていた。
別れ間際に光さんは、私に何度も何度もハグをして少し目に涙を浮かべながらまた会おうねと約束をして帰って行った。
そして帰りの車の中で、ふと私は式神のことを思い出して上着のポケットに手を入れてみると師匠から渡された人形が戻って来ていた。
私はホッとしてそのまま眠り込んでしまった。