ターゲット 《瑞希》
ニュースで弥生の死亡事故を知って、私はショックで言葉が出なかった。
止められなかったんだ……。友佳は私の言葉を聞いてはくれなかった。
契約……。友佳は確かに契約って言っていた。
(何の? 契約だろうか? 師匠の所へ行って確かめないと……)
私はそう思って、師匠に連絡を入れて師匠のもとに向かっている途中の車の中で突然、友佳が私の頭の中に語りかけて来た。
《この事に関わらないで! 私は良いから! もうすでに遅いから……》
(遅いって何故? 大丈夫だよ! 私が友佳を浄化するからもう終わりにしようよ!)
《無理! 無理! そんな事出来ない! あの五人を呪い殺す為に私は死んだのに!》
(友佳! やめて! お願い! 友佳が悪霊になってしまう……。悪霊になってしまったら……)
《邪魔しないで! 闇子ちゃんは関わっては駄目! 危険だから!》
(友佳? 友佳? どうして? どうして? お願いだから悪霊なんかに負けないで!)
私がそう頭の中で叫んだ瞬間に、運転手が急ブレーキを踏んで車が急停車していた。
私は運転席にぶつけたおでこをさすりながら、車の前方を見ると前を走っていたトレーラーと乗用車三台が玉突き事故を起こして炎上していた。
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事故の処理を行うために、そのまま道路は通行止めになってしまったので、迂回して師匠のお屋敷に着いたのは午後九時を回っていた。これまでの出来事を私が師匠に伝えると師匠は眉間にしわを寄せて怪訝な表情を浮かべていた。
「友佳さんはすでに悪霊と契約を交わしていたのでしょうね。そして、闇子さんを悪霊から守るために車の中で語りかけて来たのでしょう。友佳さんの復讐を邪魔する闇子さんは、悪霊にとってはただの邪魔者でしかありませんからね。どうも質の悪い輩が絡んでいるようですし……」
師匠はそう言って私にどう説明したら良いかと思案しているようだった。
「悪霊以外の何か別のものが絡んでるって事でしょうか? もしかして友佳はそれと契約を交わしたんですか?」
「人がですね……。関わっているかもしれないんです。生きている人間がね。分かり易く言えば、生きた人の皮を被った悪魔って言う表現が一番正しいのかもしれませんがね」
そのまま私は師匠に書庫へ案内されて、古びた巻物のようなものを師匠は広げて見せてくれた。
「古来から人の中に潜み、人の魂を貶め地獄へ導く輩が存在すると伝えられているのです。子を宿している母体に上手く潜り込んで入れ替わり、そのまま人として何食わぬ顔で成長して時を待つそうです。獲物を見つけるまで……」
更に師匠は話を続けた。
「闇子さんには忍びない事ですが、次に友佳さんが瑞希さんを狙った時にその輩は上手くすれば現れてくれるはずです。友佳さんだけを祓ってもその輩を見過ごせばまた、同じ様な悲劇が繰り返されるのでね。必ず仕留めないといけません」
そして、師匠は手の平に収まる小さな人形を私に肌身離さず持っているようにと念を押してから手渡した。
「暫くは、闇子さんの出来る限り近くで私も様子を伺うことにしますが、念の為にこれを持っていて下さい。私に仕える式神がこの中に籠められていて、必ず闇子さんをお守りします。必ず肌身離さず持っていて下さいね」
真剣な顔で師匠に言われて、私は戸惑いを隠すことが出来なかった。
「本当に祓えるのでしょうか? 友佳を祓うなんて……私には……」
「祓うと言っても、友佳さんが悪霊に取り込まれてしまう前に素早く浄化するという方法もありますから、落胆しないで下さいね。今、西の方から同業者が助太刀に向かってくれていますから明日の朝には着くはずです」
師匠は落胆している私の頭を優しく撫でながら大丈夫ですよと微笑んでいた。
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瑞希は恐怖と怒りで感情が不安定になっていた。今朝はメイドに暴言を吐いて朝食に出されたパンを飼っている犬に向かって投げつけてから家を出た。ハイヤーの運転手には、何時までたっても運転が下手だと悪態ついて瑞希は車を降りた。
闇子が学校へ着いて教室に入ると、今度は委員長たちに瑞希は絡んでいる様子だった。
「さっさと呪い殺されちゃえば良いのよ! 何で瑞希様が最後なの? どうせならさっさと殺られちゃってくれたら、こんなに淀んだ息苦しい空気の中で勉強しないで済んだのに!」
とうとう我慢しきれずに反撃に出たのは闇子と同じクラスで一匹狼的な大沢葵だった。
「なんですって! 成金の小娘が生意気言ってんじゃないわよ! この貧乏上がり! 何時から私にそんな口が聞けるようになったのよ! 後で後悔するんだからね!」
腰巾着も取り巻きもいなくなって、一人になっても瑞希は相変わらず負けていなかったが、そんな強気な瑞希の態度は返ってクラスメイトの口火を切った。
「そうよ! さっさと死んで! いなくなってくれれば良いのよ! みんなそう思ってる! 友佳にみんな感謝してるんだから!!」
気の小さいマリまでもが、立ち上がって瑞希に向かって指を指しながら叫んでいた。
溜まりに溜まった瑞希に対する今までの不満を、ここぞとばかりにみんなはぶつけていた。
【ガシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!】
瑞希は手に持っていた鏡を床に叩き付けると、走って教室を出て行ってしまった。
割れて飛び散って粉々になった鏡を、委員長と副委員長が素早く片付けて何も無かったかの様に振る舞い、事の次第を担任に報告する気は全く無いようだった。
闇子は瑞希の行動に胸騒ぎを感じて、友佳を探すために教室をそっと抜け出した。
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「ムカつく! ムカつく! ほんっとムカつく! 何なのよ! いつもペコペコしてる癖に何なのよ! 許さない! パパに言って懲らしめてやる!」
瑞希は高等科の一階のトイレの中で鏡に向かって叫んでいた。
「呪い殺すならさっさとしなさいよ! 私から来てやったんだからね!!」
【バリバリバリバリバリ……ガシャーーーーーーーーーーーン!!】
瑞希が叫んだ瞬間! トイレ中の鏡がひび割れて音を立てて砕け散っていた。
砕け散った鏡の破片で頬を切って、生温かい血が流れてくるのを瑞希は感じてゾッとしていた。
(何なの? 何? 本当に友佳がやってるの? 死んだら終わりでしょ? ありえない!)
瑞希はまだ信じていなかった。霊魂なんて怨霊なんて無い。きっと生きている人間が自分たちを獲物にして楽しんでいるんだと思っていた。
突然、背中がゾワッとして瑞希は振り返った。そこにはこのトイレで行方不明になっていた神埼真那が青い顔をして血だらけで立っていた。
「真那じゃない!? 生きてたの? 今まで何処にいたのよ! 黙ってないで何か言いなさいよ! ねぇ!」
そう言って瑞希が真那の肩を右手で押すと、真那の頭がゴロンと床に転げ落ちてしまった。
「キャーーーーーーーーーーーー! イヤァーーーーーーーーーーー!」
瑞希は驚きのあまり、もの凄い叫び声を上げてトイレから出て走り出した。
(今のは何? 今のは何? 嘘よ! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘! 嘘! そんなはずない! 死んだら、死んだら終わり、死んだら終わり……)
そう心の中で呟きながら走っていた瑞希は、何かに足を掴まれてその場に倒れこんでしまった。
(誰? 今のは、誰? 誰が誰がこんな事をしているの? 何で私が獲物なのよ!)
瑞希が起き上がろうとして、ふと見上げるとそこには焼却炉で焼かれて死んだはずの千花が青い顔をして瑞希を見つめて立っていた。
「キャーーーーーーーーーーー!キャーーーーーーーーーーーーーーー!」
焼け爛れた千花は醜く無残な姿で恐ろしい化物のようだった。瑞希は恐ろしくなって叫び声を上げていた。
(嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!)
再び体勢を取り戻して走り出した瑞希は校舎から出て正門へ行こうとしたその瞬間だった。
【……ドン!! ドサッ!!】
瑞希の目の前に真上から人が振って来た。……瑞希が恐る恐る駆け寄って良く見ると、死んだはずの咲楽だった。上半身が180度捻れて酷い姿をしているにも関わらず、咲楽はニヤリと瑞希を見て不気味に微笑んでいた。
「イヤァーーーーー! イヤァーーーーーーーーー!イヤァーーーーー!!」
(何で? 何で? 何で? 何で? 真那や千花や咲楽が……こんなの嘘よ!)
どうして仲間だった三人に、こんな目に合わされているのか瑞希はわけが分からなくて、そのまま正門を目指して走って逃げていた。
(死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない!)
瑞希は正門から運転手に迎えに来るようにスマホから連絡をしたが聞こえて来たのは聞き覚えのある友佳の不気味な声だった。
《瑞希……。み~つけた~♪ フフフフフフフフフ♪ もうすぐ五人を地獄へ送ってあげるからね♪ フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ》
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「もうやだーーーーーー!! 死にたくない! 死にたくない!!」
正門で両耳を両手で塞いでしゃがみ込んでしまっている瑞希を私はようやく見つけて走り寄った。
「瑞希! 瑞希! ほら! 顔上げて! こっち見てお願い! しっかりしなさい!」
私は少し荒っぽいかと思ったけど、躊躇してる間も無く瑞希の頬を平手打ちしていた。
「……闇子? 闇子? どうして? どうしてここにいるの? もしかして?」
瑞希は私を疑いの目で見ているようだった。疑心暗鬼になっているんだ。
「大丈夫! 一緒にいるから! 一人はキケンだから探しに来たんだよ!!」
そう言って伸ばした私の手を振り払って瑞希は道路へ向かって走り出した。
「駄目だよ! 瑞希! 戻って! 行っちゃ駄目! 早く戻って!!」
必死で後を追ったけど、既に遅かった。瑞希は血だらけの弥生に手を引っ張られて道路へ飛び出していた。
「イヤァーーーーー!! 瑞希―――――――――――――!!」
私が叫んだ瞬間! 上着のポケットの中から何か煙のようなものが吹き出して、目の前が真っ白になっていた。そんな中を目を凝らしてよく見ると、白装束を着た黒髪を後ろで一つに束ねた男の人が瑞希を抱えて私の目の前に素早く移動させて横たわらせていた。