ターゲット《千花》
真那が学校の女子トイレで忽然と消えてしまってから十日目。
真那は見つかる様子も無くて学校の周囲ではマスコミの関係者が彷徨いている状況だった。
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「今日も居るよね……。あれって次の犠牲者が出たら、すぐにスクープ出来るようにって待機してるんでしょ? 大人も残酷だよね。女子高生をネタにして、書きたい放題の言いたい放題って奴だもん!!」
正門の前にいるマスコミの関係者たちを眺めながら、クラスの女子はいくつかのグループに分かれてヒソヒソと話をしていた。
「それでも……。良く平気な顔で学校に来てるよね。瑞希たち……。私なら怖くて学校なんて来れないよ! やっぱり図太く出来てるんだね……」
瑞希と弥生が居ないことを確認してから、マリが小声で瑞希達の悪口を言っていたら……。
「ちょっと! ちょっと! マリ!? 誰かに聞かれたら瑞希や弥生の耳に入るかもしれないんだからね!? 学校でそんな話はしないほうがお互い身のためだよ!」
慌ててすぐ横で聞いていた睦美が、マリの口を抑えてその会話を静止していた。
確かに今は関わらない方が良いと誰もがいじめの話も友佳の話も出来るだけ学校では口に出さないようにしているようだった。みんな出来るだけ関わり合いたくないんだ。私もその内の一人だから睦美の言っていることは良く分かる。
「そうだよ! あの人達……。あれから凄くピリピリしていて、私なんか席がすぐ近くだから目が合っただけでも緊張して胃に穴が開きそうだよ」
瑞希のすぐ前の席の佳苗が今にも泣きそうな顔をして胃を抑えていた。
真那の事件から、瑞希も他の三人もずっとピリピリしていて些細な事で周りの生徒に罵声を浴びせたり罵ったりが酷くなっていて佳苗も被害者の一人だった。
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午後の授業を終えて帰り支度をして正門を出ると、叔母が真っ赤なスポーツカーで迎えに来ていた。
「妙子さんが迎えに来るなんて珍しいですね。龍之介が無理なら連絡してくれれば一人で電車で帰るのに……」
そう言って私が助手席に座りシートベルトをしていたら、妙子さんはクスクスとしばらく何かを思い出して笑っていた。
「ごめんごめん! 思い出したら笑いが止まらなくて……。龍さんは急な取引で台湾へ行っちゃったの! それでね! 龍さんから私が頼まれちゃったのよ! 闇子ちゃん、最近顔色も悪いし、ずっと考え込んでるんでしょ? 龍さんがすっごく心配しちゃってね! それでも大事な取引だから、渋々出掛ける準備して、何度も何度も私に頭を下げちゃってね。闇子ちゃんのことを宜しくって涙ぐんじゃって~!フフフ」
妙子さんに龍之介のことを詳細に説明されて、私は過保護な叔父のその姿がすぐに頭に思い浮かんで思わず溜息が出た。
「顔色が悪いのはあまり眠れていないの? 時々考え込んでるのは、自殺した友佳さんと消えた真那さんのことでしょ?」
妙子さんに図星を指されて私は素直に頷いた。正直、あの日以来ずっとあの二人のことを考えていたからだ。
「友佳が……。真那の事があってから視えないのが凄く気になってるの。真那と一緒に消えたのか? それともどこかで様子を伺っているのか? 視えても私にはどうすることも出来ないんだけど」
「叔母としてはあまり関わらないで欲しいって言うのが正直な所なんだけどね。視えてしまう闇子には傍観するのって難しいと言うか、罪悪感を感じてしまうんでしょう? かわいそうに……」
妙子さんはそう言ってから、私の頭を優しく撫でてくれた。そして、心配そうに私の顔を覗き込んでから少し寄り道するわよと言って高速へ入った。
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妙子さんに連れて来られたのは、古い大きなお寺だった。勝手知ったるといった感じで、妙子さんは敷地内にある大きな日本家屋の広い駐車場に車を停めて玄関のインターホンを鳴らしていた。
玄関がすぐに開いて迎えてくれたのは妙子さんと同じ三十過ぎ位の年齢の綺麗な顔立ちの僧侶だった。
「思っていたよりも早く着きましたね。法定速度は守って下さいよ! 妙子さん」
戸惑っている私を見て僧侶は、心配しなくても大丈夫ですよと言って微笑んでいた。
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その頃、学校では……。
友佳をいじめていたグループの一人である緑川千花が恐怖に顔を歪めていた。
「ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、お願いだから殺さないで!!」
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放課後、千花は何時も通り帰り支度をして帰るつもりだった。
真那の事があってから、それまで一緒に下校していた瑞希たちは家の使用人や家族が迎えに来るようになってしまったので、千花以外は先に帰ってしまってた。
昨日までは千花にも迎えが来ていたのだが、他の四人とは違って千花の家はただのしがないサラリーマンだったので、送り迎えをしてくれていた母も仕事が忙しいようで今日から一人で帰ることになっていた。
何時も通り……。何時も通りに千花は教室を出て正門に向かっていたのだが、ふと気が付くと何故か校舎裏のゴミ捨て場の古い焼却炉の前に立っていた。
「嘘!?どうし……て? どうして? なんでこんなトコにいるの……?」
千花が何が起こっているのかよくわからなくて後退っていると、背筋が突然ゾクッとして振り向くと頭のてっぺんから真っ赤な血を滴らせ恨みで顔を歪ませた恐ろしい形相をした友佳が千花のすぐ後ろでうめき声を上げていた。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
持っていた鞄を放り出し、千花は凍てつくような叫び声を上げて走り出していた。
「イヤァーーーー!!イヤァーーーーーーーーーーー!!」
千花は恐怖のあまり叫び声しか出なかった。夢中で逃げて正門を目指して全力で走るしかなかった。
それなのに……。
ふと気が付くとそこはまた、さっきまで千花が居たごみ捨て場だった。
《許さない!! 許さない!! 許さない!! 許さない!! 許さない!!》
千花の耳元で友佳の声がする。千花は首を横に何度も振ってその場にしゃがみ込んで耳を塞いだ。それでも声は千花の頭の中でどんどん大きくなっていた。
そして、恐怖に怯えながら千花は友佳をいじめていた時の事を思い返していた。
瑞希たちとごみ捨て場で友佳を取り囲んで、泣きながら鞄を抱えて縮こまっている友佳を五人で何度も足蹴にしてから、千花は自分のポケットからハサミを取り出し友佳の髪を鷲掴みにして切って焼却炉の中に入れて火を付けて燃やした。
何度も何度も辞めてと、許してと……。泣き叫ぶ友佳の事など気にも止めずに友佳の髪をハサミでザクザク切って焼却炉で燃やして千花は笑っていた。
《殺してやる!! 殺してやる!! お前を絶対に許さない!! 殺してやる!!》
千花の頭の中に聞こえてくる友佳の声は更に大きくなっていた。もうどうすることも出来ず、心の中で何度も何度も繰り返して千花は友佳に一生懸命謝罪していた。
(ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!)
恐怖で半狂乱になってしまった千花の顔は、涙と鼻水でグチャグチャだった。腰も抜けてしまったようで立ち上がれない。
(嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 嫌だ!)
這いつくばりながら、千花がその場から逃げようとした時……。
千花は何本もの腕に髪を鷲掴みにされて勢い良く焼却炉の中に引きずり込まれてしまった。
【ドンドンドン!! ドンドンドン!! ドンドンドン!! ドンドンドンドン!!】
焼却炉の中で千花は恐怖で気が狂いそうになっていた。中は真っ暗で何も見えない。必死に中から何度も何度も叫び声を上げながら叩いたけど助けなど来なかった。
「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! イヤァーー! 誰か助けてーー!」
命乞いする千花を嘲笑うかのように、焼却炉の隅の方から火の手が上がりメラメラと炎はすぐに燃え上がっていた。千花はその炎に焼かれる自分の肉の匂いを嗅ぎながら最後は断末魔と共に息絶えてしまった。
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学校でそんな事が起きているとは知らずに、闇子は妙子さんに連れて来られたお屋敷の客間へ通されてその僧侶と向かい合って座っていた。
「このお嬢さんが龍之介さんの姪っ子さんの闇子さんですね。確かに、凄い能力をお持ちのようですね」
案内された座敷で向かい合って私を見つめて僧侶はうんうんと頷きながら勝手に何かに納得していた。
「折を見て闇子ちゃんに紹介するつもりだった柳李慶師匠よ! これでも四十過ぎてるのよ! この方、一応祓い屋を家業にされてる業界の有名人なの!」
妙子さんにこんな風に紹介されて、李慶師匠は苦笑いをしながら私に宜しくと頭を下げたので私も慌てて頭を下げた。
「闇子さんはハッキリと怨霊化した霊が視えるんですよね? そして視えるというだけで祓える術も無く思い悩んでいると妙子さんからは聞いています」
李慶師匠は真剣な顔で私の瞳を見つめて何かを確認しているようだった。
「しかし、闇子さんには計り知れない能力が眠っています。その能力は闇子さんが望んで修行を積めばきっと目覚めることでしょう。そして、その能力は怨霊となった魂を鎮める事も消し去る事も出来る強いものです。闇子さんにそれなりの覚悟は必要ですけどね」
突然の師匠の話に私がどう答えて良いのか解らず俯いていると、妙子さんが私の背中を叩いてにっこりと笑っていた。
「思い悩んでいるよりも、何か行動した方がスッキリするかもしれないと思ったから連れて来たの! そんなに悩まないでね。もしも、視えるだけでなく怨霊から身を守る力が欲しいと思うのなら師匠に相談すれば良いのよ!」
俯いている私の顔を覗き込んで妙子さんは黙って頷いた。そして、私は師匠とスマホのアドレスを交換して、一週間後にまた会う約束をしてから妙子さんと私は帰路に着いた。
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そして、その日の夜遅くに学校の連絡網でいじめグループの緑川千花が未だに家に帰って来なくて、家族や先生があっちこっちを探し回っていることをクラスメイトからのメールで私は知らされたのだった。