ターゲット《真那》
友佳のお葬式は友佳の両親が学校関係者の弔問を拒否したらしく、私達はお線香も挙げさせてもらえないまま何事も無く一週間が過ぎて行った。いじめの主犯であるはずの山崎瑞希は何の罪も問われる事も無く平然と学校へ来ていた。
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「ねぇねぇ! 半年以内に呪い殺すって本当に出来るのかなぁ~、血文字で遺書に書いてあったってテレビで言ってたよね……。瑞希達のグループって何人だったっけ?」
昼休みに隣の席でお弁当を食べていた4人のクラスメイト達が、友佳の遺書に書いてあった瑞希達の事を小声で話し出した。
「いじめやってたのをトイレで見ちゃった事があるんだけど……。確か瑞希を入れて5人だったよ! 怖くてすぐに出て来ちゃったからハッキリ憶えてないんだけどね」
小柄でクラスではいつも目立たないようにしてる赤井マリが、ヘラヘラ笑ってからその時の事を思い出した様子で少し身震いしていた。
「そりゃそうだよ! 瑞希とは目を合わせるのも怖いもん。獲物にされたらたまったもんじゃないし、それでも先生には密告してたんだよ……。あんまり酷いからなんとか助けて下さいって!」
委員長の長谷川睦美が更に小声で、他の3人に顔を近づけていじめを密告していた事を打ち明けていた。
「私も両親に話した! なんとか助けられないかなって……。でも、瑞希の親ってあれじゃん……。警視庁の凄く偉い人なんでしょ? だから親は私に関わるなって言ったんだよね」
副委員長の松井裕子は少し涙声になっていた。
「本当に友佳が呪い殺してくれたら良いのに……。瑞希達! 懲りずにまた獲物見つけていじめやってるみたいだし、今度はうちのクラスの子じゃないけど……。昨日トイレで見ちゃったんだよね」
マリと同じでいつもクラスでは目立たない山口佳苗が、近くに瑞希に通じる生徒が居ないことをキョロキョロと周りを見回して確認してから話していた。
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その4人の後ろを、血だらけの友佳がフラフラと歩きまわり淋しげに4人の話を聞いていた事などまったく4人は知らなかった。瑞希達への恨みで我を失い恐ろしい怨霊になってしまった友佳の姿が、私の目にはハッキリと映っていた。
物心ついた頃から、何故か普通では見えないはずの物が視える。これが私の一番の悩みの種だった。しかも、友佳のような怨霊化した化け物だけが何故かハッキリと視えてしまう……。どうせなら死んでしまった両親が視えれば良いのにと泣いた事も何度もあるけれど……。叔父夫婦がこの事を信じてくれていたので少しは私も救われていた。
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教室を暫く彷徨っていた友佳は、多分瑞希達を探して出て行ってしまったようだ。視えるだけで何も出来ない私には、友佳の事を傍観する事しかこの時は出来なかった。
昼休みが終わり始業の鐘が鳴って午後の授業が始まった。窓際だったので授業が始まって15分位で眠気が来てうとうとしていたらその時だった。
「キャーーーー! イヤァーーーーーー! 来ないでーーーーーー!!」
廊下から誰かの泣き叫ぶような声が聞こえたかと思ったら、教室の前の廊下を瑞希達のグループの内の一人の神埼真那が全速力で走って、凄い形相をした友佳から逃げていた。始まったんだ。
「何? 今の? 神埼さんだったよね? どうしたんだろ? すっごい顔して走って行ったよ!!」
廊下側に座っていたクラスメイトが、廊下に身を乗り出して叫びながら逃げる真那を見て叫んでいた。
「貴方達はこのまま教室で自習してて下さい! 先生が見てくるから……」
英語の村井晶子先生がそう言って真那を追いかけてすぐに教室から出て行ってしまった。
「あれって……。もしかして友佳の……? 友佳の幽霊に追いかけられてるんじゃ……」
先生が出て行った後は、自習なんて出来る状況では無く廊下に出て様子を伺いながら友佳の遺書の事を思い出してザワザワしていた。
「幽霊なんて居るわけ無いでしょ!? あんた達? そんなもの信じてるの? 馬鹿馬鹿しい! 死んだら終わりよ! 気分悪いから帰る! 弥生も帰るよ! 委員長! 先生に言っといてよね!」
瑞希はそう叫ぶと、鞄を持って瑞希の腰巾着の安倍弥生を連れて教室から出て行ってしまった。
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(ハァハァハァハァハァハァハァハァ……なんで? なんで? なんで? なんで?)
廊下を走って逃げながら神埼真那は考えていた。死んだはずの友佳が何故視えるのか? 血だらけで凄い形相の恨みの籠った顔のとても恐ろしい友佳が何故視えるのか……?
(ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! 許して!!)
そして……。真那は走馬灯のように思い出していた。友佳を瑞希達といじめていた時の事を……。助けてと叫ぶ友佳を無視してトイレの便器に二人が友佳の頭を押し込んでその背中を蹴り続けて笑っていたのは真那だった。
許して……助けて……。そう泣き叫ぶ友佳の言葉なんて聞かなかった。ただ、その姿が真那は面白おかしかった。そして一度だけでは無かった。何度も何度も瑞希達といじめを繰り返していた。真那にとって友佳はただの獲物でしか無かった。
(ハァハァハァハァハァハァハァハァ……。怖くない……幽霊なんて……居るわけ無いんだから!!)
歯を食いしばって恐怖に堪えながら真那は必死でそう心の中で叫んでいた。
《許さない!! 許さない!! 許さない!! 許さない!! 許さない!!》
耳元で友佳の声が聞こえた。怒りや恨みの籠った友佳の声が……。
そして……。
(嘘!!ここって……やだ! そんなはず……。ハァハァハァハァハァハァハァハァ)
全力で走っていたので、息が切れて頭が回らない。校門へ向かって逃げていたはずなのに真那は友佳をいじめていた高等科一階のトイレの中にいつの間にか逃げ込んでいた。
(助けてください! 許してください! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!!)
真那は必死で心の中で叫んでいた。目にはいっぱい涙を溜めて……。
あまりの恐怖に腰も抜けた状態だった。
そして……。真那のすぐ後ろで友佳の声がした。
《許さない!! 許さない!! 許さない!! 許さない!! 絶対に許さない!!》
真那が振り返ると、便器の中から無数の手が出て来て真那の頭を掴みそのまま便器の中に真那は引きずり込まれて消えてしまった。
*****
教室では授業が終わっても先生が誰一人戻って来なかったので、委員長と副委員長が職員室へ様子を見に行くと大変な騒ぎになっていて二人は慌てて教室へ戻って来た。
「神埼さんが消えたらしい! 高等科一階のトイレで! 遺体は無くてトイレの中が血だらけだったって!!」
真那が消えた女子トイレの中は、血で真っ赤に染まっていたらしい。最初に発見した真那の担任の川島裕子先生はその状況を目の当たりにして失神してしまったようだ。
その後は、警察が来て騒がしくなり生徒も教師も一人一人刑事から事情聴取をされて家に帰る頃には夜の7時を過ぎていた。
「闇子! こっちだよ! 大変な事になったね。遅くなりそうだったから迎えに来たんだ」
校門の前で、叔父の佐崎龍之介が私を見つけて手を降って叫んでいた。過保護なんだから……。
「そんなに大きな声で叫ばなくても、龍之介はデカいからすぐにわかります!!」
お礼も言わずに私が悪態をつくのはいつもの事なので、叔父は笑ってごめんごめんと助手席に座った私の頭を撫でて謝っていた。
「それで? 視えたんだろう? 闇子には友佳さんの怨霊化した姿が……」
叔父は車を運転しながら、まるで全て見ていたような口ぶりで私に聞いて来た。
「追いかけてた……。凄く怖い顔をして……。真那の事を友佳が追いかけてたけど……私には何も出来ないから……」
そう言って私が俯いていると、叔父はまた私の頭を撫でてただ黙って頷いていた。
*****
翌朝、起きてテレビをつけると……。もう、すでに昨日の真那の事がどのチャンネルに変えて見ても騒がれていた。トイレの中に残されていた血は真那の血液型と一致したらしい。自殺した女子高生が遺書に残した通り自分をいじめていたグループの一人をトイレの中から連れ去ったのか? なんてことを大の大人が真剣な顔で話していた。所詮人事だもんね……。
そして、学校からの連絡網で今日は臨時休校になったので私は自分の部屋へ戻ってもう一眠りすることにした。
私には関係ない。……そう自分に何度も言い聞かせてベッドに入って目を閉じた。