自筆証書遺言
「わしも、そう長くないな…」
彼は、震えている右手を見ながら、ポツリと言った。
「そろそろか……」
手元に紙とペン、それに実印を用意した上で、誰も来ないように、メイドに告げた。
人払いをすますと、ゆっくりとした手で、遺言状を書き始めた。
最後まで書き切ると、封筒にいれて、ロウで封印を施し、さらに封筒の外側にも自らの名前を書き加え、実印を押した。
メイドを呼び出すと、これを託すとだけ言い残し、スゥと一息はいた。
同時に、心臓の鼓動も鳴り止んだ。
メイドは大慌てで医者を呼んだが手遅れであり、逝去した。
メイドに託された遺言状は、この時点で相談を受けた、故人の友人である弁護士の手に渡り、家庭裁判所へ検認の申し立てを行った。
法定相続人として、別居中の妻、独自に生計を行っている息子がいる。
妻は本人が、息子は代理人である司法書士が、それぞれ家庭裁判所へやってきた。
また、メイドも、検認作業にくるようにと、裁判所からの命令があった。
申立人の代理人である弁護士が、裁判所の部屋に集まった人たちの前に、メイドが持ってきていた遺言状の封筒を取り出し、裁判官へ渡した。
封印があることを確認し、さらに、表紙に署名、捺印がされていることを確認した。
「これは、現時点まで一度も封印が破られていない遺言状として認めます。これより、検認作業を行います」
ペーパーナイフを使い、立会人全員の目の前で、封印を切った。
そして、中にある遺言書本体を取り出し、目の前で検認を始めた。
「遺言状。一つ、家宅については、身辺の世話をしてくれたメイドに譲る。一つ、金銭債権については我が唯一の実子たる息子に譲る。一つ、その他一切の財産については、最後までいてくれなかったが水に流してくれると信じている妻に譲る。以下、本名、死亡時の日付が記載されています。以上で検認を終了します」
それからは、全員が異議を唱えなかったため単純承認され、遺言通りに執行された。