ウちュくジ様
「ねぇ、こんな話知ってる?」
放課後、帰りの会が終わり、あちこちからクラスメイト同士の会話が聞こえる。
そんな騒がしい教室で隣の席のY野と話していると別の友達のS子が近づいてきてこんなことを言った。
S子は噂話が好きな可愛い女の子だ。誰から聞いたのかいつも僕らにいろんな話をしてくれる。
「どんな話?」
僕がいつものように聞き返すとS子は期待通りの反応が返ってきたことに喜ぶように口角を少し上げ、普段可愛らしい笑みを浮かべている顔を得意気な表情に変えた。
「ウちュくジ様っていう人の願いを叶えてくれる神様の話!」
今日の話はオカルトか。それもありがちな話だ。
そんな神様が存在するはずがない。もし存在していたらもっと有名になっているだろう。
その思いが僕の顔に出ていたのかまだ僕が何も言っていないのにS子は不満気な表情を浮かべ、僕の机に両手を強くついた。
「ちょっとI田!。そんな顔しなくてもいいじゃない」
「いやぁ、ちょっとありがちすぎる話っていうか…」
僕らのそんなやり取りを見て、黙って話を聞いていたY野が苦笑しながら口を挟んだ。
「まぁもっと詳しい話を聞こうよI田君。それでどんな話か聞かせてよS子ちゃん」
Y野は頭がよくいつも冷静な意見を出してくれる。
Y野の言葉を聞いて機嫌を直したようでS子が話し始めた。
僕も考えを改めよう。オカルトでも面白い話かもしれない。
「それじゃあ話すからI田もちゃんと聞きなさいよ。さっきも言ったけどウちュくジ様は人の願いを叶えてくれる神様で、しかもこのK小学校の生徒の願いだけ叶えてくれる存在なんだって」
「K小学校の生徒だけ?S子はその話を誰から聞いたの?」
まさか自分が通っている小学校での話とは思っていなかった。
その驚きのままにS子に尋ねる。
「お母さんよ。昔この学校に通ってた時に聞いたんだって。
お母さんが言うにはね…この学校が建てられた土地は昔、代々続く大金持ちが住んでたっていう話は聞いたことあるでしょ?その一族はなぜか女の子が生まれやすかったんだけど…それでも当主は長男が継がないといけなかった。
だから子供をたくさん作ったのよ、少なくとも長男が生まれるまで。でも、やっぱり今よりも死ぬ子供が多かったし、それに死んじゃうお母さんも多かった。
たくさん産んだせいで体が弱った人も…男児を生まないことに怒った一族の人に殺された人もいた。そんなことを何代もずっと続けてたみたい。」
「ここでそんなことがあったんだ…」
Y野がぽつりと呟いた。
…どんな場所にも僕の知らない歴史があることは当たり前のことだ。しかし、過去にそんな凄惨なことが何気なく通っていた学校の建っている場所で行われていた…。そんなことを改めて知るとどこか気持ち悪く感じてしまう。
「その後結局その家はお金持ちじゃなくなってこの土地は売られたんだけど、しばらくしてから学校が建てられることになったの。
だけど、学校ができてすぐに幽霊の噂が広まった。その噂は初めは着物を着た女性を見たとか誰もいないグラウンドでボールが跳ねてたのを見たとかその程度だったんだけど、次第に変わっていったの。階段で転ぶ生徒が急増したり、物がたくさんなくなったりとかね。
それでも学校は特に何もしてなかったんだけど、あることをきっかけに動かざるを得なくなったの。…生徒が失踪し始めたのよ。それも昼間の授業中でもおかまいなく。学校は大慌てで対応しなくちゃいけなくなった。それで近くの寺のお坊さんに除霊を頼んだけど、招いたお坊さんじゃどうしようもなかった。
だから、とりあえず祠を作って魂を鎮めようとした…そうしたら不思議なことが起こったの」
「それまでしてきた失踪とかの代わりに生徒の願いを叶えるようになった?」
Y野がそう尋ねると正解とばかりにS子は大きく頷く。
「そう、誰が始めたかはわからないけど祠の前で願い事をしてみると叶ったっていう噂が流れ始めたの。それからは生徒たちの間で『ウちュくジ様』って名前が付けられて、神様として扱われるようになったっていうのがお母さんに聞いた話の全部よ」
「それまではただの幽霊でしかなかった存在が崇められる対象になることで神様になったってことか。」
こういったオチで終わるオカルト話も聞いたことがある。叶える願いが生徒のものだけだというのはウちュくジ様の元になった魂が子供のものが多いからだろうか、それとも初めに願ったのが生徒だったからか…
「それで、具体的にどうすれば願いを叶えてもらえるの?」
僕が考え込んでいると、Y野が少し目を輝かせながら尋ねる。いつもの冷静な様子が少し変わって見える。
S子はY野の様子に嬉しそうに笑った。
「学校の裏の方にさっき言った祠があるでしょ。まずはそこに行こ!」
そう言ってランドセルを背負って立ち上がって意気揚々と教室を出ていく。僕とY野もあわてて教科書や筆箱をランドセルに入れて立ち上がった。
「早く来て!」
校舎の裏に行く道でS子が元気よく叫ぶ。
僕らが少し小走りで近づくとさらにS子は校舎裏へと走っていく。そんなに叶えたい願いがあるのだろうか。Y野がどう思っているか気になり、横目で見ると彼もS子と同じくらい期待していることが窺えるような楽し気な表情を浮かべている。そう言えばさっきもすぐに方法を聞いていたな…。
神様に叶えてもらいたい願いか。
それまでは考えていなかったことが二人の様子を見ていると頭に浮かぶ。
頭がよくなりたい?もっと運動ができるようになりたい?それともゲームが欲しい?
真っ先に思い浮かぶ願いはどれも神様に叶えてもらうほどの願いとは思えない。
じゃあお金持ちになりたい?…いや願いの叶え方がわからないんだからもしお母さんやお父さんが変わってしまったりしたら嫌だな。
そんなことを考えていると学校の裏に着く。
学校の裏は木に囲われたそれなりに広いスペースの中にゴミ箱などいくつかのものが散らばって設置されている。その中の一つが祠だ。
祠の前に立っているS子とY野に僕も近づき祠を見る。
すべてが石でできたその祠は扉のついた箱の上に台形の形をした大きな屋根が乗っかった見た目をしている。
周囲は木で囲まれているにもかかわらず蔦が絡まったり、コケが生えていたりはしておらず、地面にも雑草や落ち葉はほとんどない。学校がちゃんと管理をしているらしい。
いままではそれほど意識していなかったが、わざわざこんなものを作って何十年も管理していると考えるとS子が言っていた話は本当かもしれない。じゃあもしかしてウちュくジ様も本当なのだろうか。
「それでここでどうすればいいの?」
Y野がS子に尋ねると、S子は変わらず得意気なままポケットから小さな手鏡を取り出した。
「夕方にこの鏡を祠に向けて持って立つの。そうすれば祠の中にある鏡と合わせ鏡になって霊界?ていう
のにつながって、そのまま願い事を言うだけ。簡単でしょ」
確かにほかのオカルト話と比べてもずいぶんと簡単だ。改めて祠の扉を見ると少しだけ空いた隙間から光が反射しており、中に鏡があることがわかる。
「そんなに簡単なことでいいんだ。」
「うん。でもその代わり確実に叶えてもらえるわけじゃないんだって」
「まぁ、そもそも叶えてもらえるなんて思えないしなぁ」
Y野の驚いた声にS子が返した言葉を聞いてそんなことだろうと思った。
手順が簡単な代わりに絶対に叶うわけではない…。
そうしておけば仮に多くの願いが叶わなくてもそれは運が悪かっただけでウちュくジ様がいないわけじゃないと言い張ることができる。
そして、たまたま願いが叶った人がいればそれはウちュくジ様のおかげだといえばいい。そんな形で噂が今まで続いてきたんだろう。
ずいぶんと期待を寄せているS子やY野には悪いが、僕はウちュくジ様に期待できそうには思えなかった。Y野も何かを考えている様子だ。
「もう!そんなこと言うなら願うのはI田は最後だからね!」
「ごめんごめん、願うのは僕が最後でいいから」
S子と僕がそんなことを言っている間に考えがまとまったのかY野が口を開いた。
「じゃあS子が最初に願っていいよ。鏡もS子のだからね」
「本当?ありがとうY野君!じゃあ二人は祠から離れてて」
S子は嬉しそうに祠の前に立つ。僕らに離れるように言ったのは願いが聞かれるのが恥ずかしいからだろう。これ以上S子の気に障ることはしない方がいいな。
僕らはおとなしく祠から離れたが、少し気になって僕はY野に尋ねた。
「なんでS子に一番目を譲ったの?だいぶ興味持ってたのに」
「さっき言った必要な鏡がS子の持ち主なことと、そもそもウちュくジ様の話をしてくれたのがS子っていうのが理由だけど、あとあんまり時間がないかもと思ったからね」
「時間?」
「噂の内容がわざわざ夕方を指定してるってことは夕暮れの光が重要なのかもしれない。じゃあ早くしないと日が沈みすぎちゃうかもと思って。I田君には悪いけどね」
Y野の話を聞いてはっと気づき祠を見た。確かに今は祠が夕暮れに照らされているが、太陽が学校に遮られるように徐々に陰になりつつある。
「なるほど。さすが賢いなぁ」
「うん…まぁね」
話しが終わったところでちょうどS子が振り返った。少し不安そうな表情を浮かべている。実際にやってみると簡単すぎて本当に叶えてもらえるのかわからなくなったのだろう。
「終わった。次はY野の番ね」
その言葉にY野が祠に向かって歩き、S子とすれ違い際に鏡を受け取った。S子がこっちに近づいてくる。
「一応言うけど願いが何かを聞くのはナシよ。私も聞かないから」
「うん。わかってるよ。そういや聞いてなかったけど実際に叶えてもらえた願いってどんなの?」
「えーと、確か勉強してないのにテストの点数が何十点も上がったとか、学校に物を置き忘れることがなくなったとか、友達が増えたとか、あとは担任の先生を好きな先生に変えてくれたとか、そんな感じだった気がするけど」
さっきの予想が当たっているかのような話にやっぱりと思った。
それに願いの内容も…。
「なんか学校に関わるものばっかり」
「それは…そうね。この土地に根付いた神様だから仕方ないんじゃない?」
単に小学生が願うことが学校に関わることがほとんだということもあるだろうが…。
もしもそういう制限の中での願いなら叶うとしたら、僕の願いは…どうしようか。
「あ!この話Y野にしてなかった!」
S子が不意に叫ぶ。確かにY野の願いが制限の範囲外だったら…いや、どちらにせよ叶うとは思えないけど。
その時Y野が振り返る。
「僕の願いは一応学校に関するものだから安心して。」
その言葉にS子が安堵して息を吐いて笑顔になった。ずいぶんと嬉しそうだ。
「じゃあ最後は僕だ」
僕は祠に歩きながらY野から鏡を受け取り、祠の前で立ち止まった。
鏡をしっかりと祠についた扉の間に向ける。
僕の願い。神様に叶えてもらわないと叶わないような、しかも学校に関する願い。
本当に叶うとは思わないがせっかくならさっきS子に聞いたような大したことない願いよりももう少し難しい願いを…。
こうして立ち止まり一言も発さずに考えていると冬直前の気温が身に染みてくる。
もう半年もしないうちに小学校を卒業して中学生になるんだな…。
生活はどう変わるんだろう。二人ともそんなに遊ばなくなったりするんだろうか。
そんなことを考えていると漠然とした不安に襲われ、その気持ちのまま口を開いてしまった。
「もうちょっと小学生のままでいたい」
祠の鏡と手に持った鏡が同時に夕暮れ色に光った気がした。
その後、二人のもとに戻るともう帰ろうということになり校門へと向かって歩く。
歩きながら僕はさっきした願いについて後悔していた。
あんな願いが叶うはずはない。もちろん本当に叶えてもらえるとは思っていないけど、もう少し叶いそうなことを願えばよかった…。子供っぽいし…。
二人共僕と同じように願い事について考えているのか何も話さない。
二人が校門を跨いだのに続いて僕も校門を跨いだその時。
――――――――――――――僕は教室の自分の席に座っていた。
「え?」
思わず口から漏れ出たその言葉に周囲が反応しようとしたその時ガラガラガラっと扉を開ける音が響き注目を集めた。
「はーい。朝の会始めますよー。座ってくださーい。」
呆然としていると担任の先生が教壇に立つ。
…朝?何で朝に?
改めて周囲を見回すと黒板の日付に目が止まる。
そこには儀式を行った日のままの数字が書かれていた。
時間が戻った?これがウちュくジ様の力…?
「起立!」
その言葉に反射的に立ち上がる。
「礼!」
周囲の様子を見て、とりあえずいつも通りに過ごすことにしよう。
「朝の会の前に何か言ってなかった?」
朝の会が終わるとすぐに隣のY野が話しかけてきた。
その様子に変わったところはない。少し眠そうな、いつも通りの朝の様子だ。
今の僕にはそんな様子がむしろとても変に感じる。
Y野が時間が戻ったことをわかっていない様子ということは多分S子も分かってないんだろう。
…やはり、ウちュくジ様がこういう形で僕の願いを叶えてくれたということだろうか。
だとしたら半日くらいは小学生でいる時間が伸びたことにはなるけど…。
「い、いや、ちょっとぼーっとしてたら朝の会が始まる時間になっててびっくりしただけ」
とりあえずこう言っておけば誤魔化せるだろう。
Y野も「それだけ?ならいいけど」と言って別の話をし始めた。
いつも通りに授業を受け、放課後になるとS子が近づいてくる
儀式をしたのと同じ日ということはウちュくジ様の話をするつもりだろうか。少し緊張しながらS子の方に顔を向けると同時にS子が口を開いた。
「早く帰ろ」
ウちュくジ様の話をしない…?時間が戻ったはずなのに…?
何が何だかわからないまま急いで帰り支度を済まし、教室を後にした。
帰路につく生徒の流れに混ざりながら一歩一歩校門に近づく。
S子の様子から単に時間が戻ったのではないのかもしれない。だとしたらこのまま何事もなく家に帰れるのか?
校門に近づくほどに不安から歩みを緩めてしまいそうになるが、歩調を変えないY野とS子に遅れないように足に力を込めて歩く。
そんな僕を不思議そうにあるいは心配そうに二人がちらちらと見ている。
「どうしたの?」
そう尋ねてくれるS子に「なんでもない」とだけ返す。
Y野が何か考えながら学校の外に出た。S子も出た。僕も行かないと。
校門を超えようと足を踏み出した。
ガラガラガラっと扉を開ける音が聞こえ、担任の先生が入ってきた。
…どうやらまた同じことが起きたらしい。
もしかしたら僕が夢を見ているだけかとも思っていたが、そうではないらしい。
ウちュくジ様は本物の存在ということだ。
でも…あの時の僕の願いは思わず口に出してしまっただけで、具体的に考えてはなかったから、この時間の巻き戻り方はウちュくジ様自身が考えたのか?
そう思うと今までとは比較にならない不安が湧いてくる。
幽霊だった時には生徒が失踪したという話があった。でもそれは神様になってしなくなったはず…。
いや、神様だとしても「もう少し」をどれくらいの時間だと考えているか、他人には…僕にはわからない。
もしもこんなことが何週間も続いたら…いやもしかしたら数か月、数年続くかもしれない。
お母さんに会いたい…。ゲームがしたい…。
あの時、あんなことを考えなければよかった。ちょっと小学生のままでいたいと考えただけでこんなことになるなんて…。
…………………。
あれから何日か同じ日を同じようなことをして過ごした。
「もう少し」が「数日」の意味だと思ってくれたことを信じて。
でもそうじゃなかったみたいだ。
もう嫌だ。もう家に帰りたい。何とかしないと。
放課後すぐに立ち上がりS子のもとに向かう。
「S子、手鏡って持ってなかったっけ」
「I田?持ってるけど…な」
「じゃあそれ貸してくれない?お願い!」
S子の言葉を遮りながら貸してもらうように頼むとS子は少し不満気な表情になりながらもポケットから取り出した手鏡を渡してくれた。
「はい。これでいい?というか朝から元気ないのは本当に大丈夫なの?」
特に理由は聞かないで貸してくれるみたいだ。しかし、巻き戻しの回数が増えるにつれて一日に何度も大丈夫かどうかいろんな人から聞かれるな。
今の僕はそんなに余裕がなさそうに見えるんだろうか…。
「ありがとう!ちゃんと返すから!」
手鏡を受け取ると荷物もそのままに教室を飛び出した。
今度は走って校舎の裏に向かう。
わずかに切れた息を整えながら祠の前に立つ。ウちュくジ様が願いをどんな形で叶えてくれるかわからない以上やらずに解決するならよかったんだけど。
これで願い事を取り消す願いをかなえてもらえれば家に帰れる!
手鏡を扉の隙間に向けながら叫んだ。
「僕の願いをなかったことにして!!」
遠くから聞こえる生徒の喧噪から切り離されたように静かだった校舎裏に僕の願いが響く。
…何も起こった様子はない。
とりあえずこのまま帰ってみるか。
教室に戻ると、Y野とS子が待っていた。S子は僕の席に座っている。
「手鏡ってもう使い終わったの?急に教室出てびっくりしたんだけど」
「うん。ありがとう。返すよ」
S子に手鏡を返す。
「手鏡?何に使ったの?」
Y野が尋ねてくる。S子はなぜかウちュくジ様のことを忘れてるみたいだし、本来の今日の様子からY野ももともと知らなかったんだろう。
ということは今は二人共ウちュくジ様について知らないってことか。
僕からウちュくジ様の話をしようか。いや、S子がウちュくジ様のことを忘れていたのが気になる。十中八九ウちュくジ様の力で忘れたんだろうし、もしかしたらウちュくジ様は頻繁に願いを叶えることはできないから願い事をする人を減らすためにそうしたのかもしれない。
…今、ウちュくジ様の不利益になるようなことをするのはよくない、かも。
「いや、その、ネットで見た運勢がよくなるおまじないを急に試してみたくなってさ」
「なによそれ。私たちにも教えてよ」
「うーんと、何かこのおまじないについては人に話したら効果がなくなる?みたいな感じだからさ…」
「あぁ、たまにあるよねそういうの。人に見られちゃいけないみたいなやつとか」
僕の適当な言い訳にY野が助け舟を出してくれる。ありがたい。
Y野の言葉を聞いてS子もこれ以上の追求はやめてくれるみたいだ。
「じゃあ帰ろっか。帰ったら僕の家に集合ね」
Y野とS子が立ち上がった。僕も帰れるなら帰りたい。
僕も荷物を持って再び教室を出る。
こうして不安を抱えながら校門に向かうのは何度目になるだろう…。
もう終わって…。
ガラガラガラっ。
それからまた何日か経った。
あれから何とかしてこの学校を抜け出そうとして、校門以外の場所から学校を出ようとしたり、朝や昼の時間にも学校を出ようとしたりしてみたが、結局は同じだった。
学校を出ようとした時点で朝の教室に戻ってしまう。
かといって学校にとどまってみればあの時S子を追って教室を出た時間からしばらく経つとまた朝の教室に戻る。
どうすればいいんだ。
「ねぇ」
放課後帰る準備もせず自分の席に座って考え込んでいるとS子に話しかけられた。
「…何?」
「今日ずっと元気なかったけど本当に大丈夫?」
「大丈夫」
そう返してからあることに気づいた。
S子にウちュくジ様について忘れているようだが、もっとウちュくジ様について詳しい話を聞かないとどうにもできない。
ウちュくジ様は多分多くの人には知られたくないんだろうけど、こっちはもう余裕がないんだ。S子に改めて聞いてみると思い出すかもしれない。
「S子。ウちュくジ様の話って覚えてる?」
S子に体を向けながらそう尋ねるとS子が不思議そうな表情を浮かべているのが目に入る。
「なにそれ」
「ウちュくジ様だよ。この学校の生徒の願いを叶えてくれる神様の」
「覚えてないけど…」
…本当に知らないっぽいけど、でもこの学校で一番ウちュくジ様を知っている可能性が高いのはS子なんだ。
「本当に思い出せない?確かS子のお母さんが教えてくれたって言ってたけど」
「私がそう言ってたってこと?うーん?」
腕を組んで必死に思い出そうとしているみたいだが、思い出せないみたいだ。
「Y野。私そんなこと言ってたかな」
「僕もS子ちゃんがウちュくジ様?について話したことはないと思うよ。I田君、別の人から聞いたんじゃない?」
二人は本当に知らないようだ。これじゃもっと詳しい話が聞けない。くそ…。
あれから二人を含めた他のクラスメイトは皆帰って僕は教室に残っている。
S子からウちュくジ様についてもう聞けないならあの時S子が言っていたことを思い出して考えるしかない。
あの時S子が言っていたのは…ウちュくジ様という神様が生まれた経緯とウちュくジ様が生徒の願いを叶えてくれる存在であること。夕方に鏡を使ってする儀式についてのこと。叶えてくれる願いは学校に関するものに限られること。
…………………………………………………………………………ん?
学校に関するものに願いは限られる?
ということはこの今の時間の巻き戻りは学校の敷地だけで発生していることなのか?
……いや、それはおかしい。
他の生徒は時間の巻き戻りに気づいている様子はない。
だとしたら世界の全てが巻き戻っているんだろうか?
いや、S子が言っていたウちュくジ様が叶えてくれた願いを考えるとそれにも違和感がある。そこまでの力はないように思える。
だったら、学校に入るとみんな今日の朝の記憶に戻っている?
いや、仮に学校にいる間は気づかなくても家に帰ればすぐに気づくはずだ。
そんな異常事態が起こったらとりあえず学校には行くことを止めるはずだ。
そうでなくてもだれかが病気になって学校を休む可能性は高い。それなのに今まで誰一人としてクラスメイトが欠けることはなかった。
だったらどうやってこの状況を作って…。
そう考えていた時にある一つの考えが思いついた。
もしかしたら
僕は
ウちュくジ様の作った同じ日を繰り返す学校に囚われていて
S子やY野は本人じゃ…ない…?
…I田がいなくなってから数週間が経った。
あの日、儀式の後帰ろうとしていると気づいた時にはいなくなっていた。
先に帰ったんじゃないかと思ってその場は私もY野も家に帰ったんだけど、夜になって家に帰っていないとI田の両親から電話で知らされ、学校の先生も含めて大騒ぎになった。
その夜は先生、私たちクラスメイトとその親みんなで探してたけど見つからなくて、次の日からは警察まで加わって捜索したのにまだ見つかっていない。
私とY野は最後までI田と一緒にいたからもちろんI田の両親や先生、警察の人たちみんなから話を聞かれたけど私たちは何も知らないからあの日のことを何度も話してる。
ウちュくジ様の儀式をしたことを話すとみんなが「そんな変なことをして帰りが遅くなるからこんなことになるんだ!」って怒るけどウちュくジ様の存在自体は信じていないみたい。
だけど、私とY野はI田はウちュくジ様に願いを叶えてもらったからいなくなったんだと思ってる。
きっとあの日の儀式が成功してたってことだと思うから。
だって、
「S子、帰ろう」
Y野君の優しい声が聞こえる。
あの日から聞き取りで長い間一緒にいたから、私とY野は前よりも仲良くなった。
私はY野ともっと仲良くなりたいって願った。Y野は私やI田ともっと仲良くなりたいって願ったそうだ。私たちとの間に少し壁を感じていたらしい。
そのことを言ってくれただけでもY野との距離が縮まったことを感じる。
こうして私たちの願いが叶っているのならI田の願いも叶っているんだろう。
まぁ、Y野のI田と仲良くなりたいって言うところは叶ってないけど、…それは多分I田の願いと両立できないから仕方ないことなんだろう。
Y野と一緒に校門を跨ぐ。
I田がいなくなっちゃったのは悲しいけどY野と二人きりでいる時間が増えたことはどうしても嬉しく思ってしまう。
だから…これからどれだけ時間が経ってもウちュくジ様への感謝を持って生きていこう。
I田も願いが叶って幸せに過ごしていることを信じて…。




