Vのリスナー。
「渚のやつ、何話してもボーっとしてて、話しかけても全く反応しないし、一体何だったんだ? 昼飯の時も昼休みの時間もずっと動いてなかったし、かと思えば授業が終わったらすぐに帰っちまうし」
何やら一日中渚の様子がおかしかったため、俺と健が何度か声を掛けたのだが、全く反応は無く、渚は授業が終わった途端に走って帰ってしまったため、何も聞くことが出来ないまま仕方なく帰宅する事にした。
「待ってたよ、優斗君!一緒に帰ろ?」
俺が下駄箱から靴を取り出して履いていると、昇降口前でなずなが俺を待っていたようで、俺を見つけるや否や、わざとらしく名前で声を掛けてくる。
やはり案の定というか何と言うか、俺のような凡人がなずなみたいな美少女に声を掛けられるという超展開が始まってしまったため、その場にいた生徒達がざわつき始めた。
『え、マジ!? なずなちゃん、あんな冴えない先輩待ってたのか!?』
『おい、なんだよあの男は! 俺のなずなちゃんが……!!』
『あいつ、三年生だろ? 年上の先輩が後輩狙うとかヤバくね? 大体、何であんな陰キャがなずなちゃんと仲良くなってんの!?』
周りから聞こえてくる男子生徒達の罵詈雑言。まぁ、こうなるだろうなって事はなんとなく想像できてた。
学園ラブコメの主人公がよくこういう状況に遭うんだけど、その気持ちが何となくわかった気がする。
「さっさと帰るぞ、なずな!」
俺はなずなの手を引き、早々に学校を後にすると、今まで通り遠回りをしながら、途中でなずなとは別々に行動し、時間差で徒歩一分の自宅に帰宅した。
「お兄ちゃん、せっかく朝一緒に登校して、下校まで一緒に帰るために待ってたのに、また前みたいにわざわざ遠回りして別々に帰宅する必要ある!?」
家の中に入った途端、先に帰っていたなずなにものすごい剣幕で捲し立てられた。
「あのなぁ、俺みたいな陰キャと、なずなみたいな美……いや、女子が一緒に帰宅なんてしたら、あらぬ疑いを掛けられてしまうだろ?」
「別に私はお兄ちゃんとなら疑い掛けられてもいいもん。むしろどんとこいです!」
「俺がよくねぇよ。さっき聞いただろ、周りの生徒達がざわついている声を!」
「そんなの一時だけだと思うけど……。はじめは物珍しくてあぁやって騒ぎ立てますけど、そのうち落ち着くと思います。それにこれから一年間、お互いバレずに高校生活続ける方が難しいと思いますよ?」
まぁ、確かになずなの言う様に、慣れてしまえば周りからああだこうだと言われなくて済むし、学校生活も楽だろうけど……。それまでの間が地獄なんだよ。
「はぁ、まぁいいや……。登下校の件は考えとくよ」
もうどうしたらいいやら、何が正解なのかよく分からなくなって来たな……。むしろ今までの三か月間が逆によくバレずにいた方だと思うべきか。というか、なずなにいいように言いくるめられている気もするが。
しかし、奴らもなずなのことが気になるなら自分たちから声掛ければいいじゃないか! わざわざ遠巻きからグチグチ言いやがって……。改めて考えてみたらムカッ腹立ってきたぞ。
俺は自分の部屋のドアに掛けてあるボードをひっくり返し、室内に入る。
床に向かって無造作にバッグを放り投げると、俺は制服のままベッドにダイブする。
どうする? もういっその事、開き直って一緒に登校した方がいいのではないだろうか。
それとも、まだバレ切ってはいないと、一縷の望みに賭け、別々に登下校を選択するか。
正直、今までの三ヶ月間がたまたま上手くいってただけで、クラスメイト達と仲良くなった今のなずなには、彼女と何とか少しでも仲良くなりたいと群がる男子生徒が大勢いる。
登下校時に見つかるのも時間の問題だろう。現に健には見つかっているわけだし。
「だぁ、もう! いちいち考えてても仕方がない!配信しよう、配信!」
俺は室内に設置されている簡易防音室に入り、ゲームチェアに座るとデスクの上に置かれたパソコンの電源を入れる。
専用ソフトを起動し、マイク等の周辺機器の最終チェックを行う。
「やほー! 皆さんこんにちは、『神薙 悠人』だよ! 今日はゲリラ配信を行いまーす! 雑談して盛り上がってこー!」
俺はパソコン画面に映し出されたキャラ越しに語りだす。そう、俺の『趣味』は【Vtuber】だ。
『神薙 悠人』という名前で活動しており、チャンネル登録者数は最近50万人を突破し、個人Vtuberとしては活躍出来ている方だと思う。
配信内容は【雑談】や【ゲーム】、【企画モノ】が多い。正直、歌に関しては自信がないのでほとんど歌わないが。
ちなみに先程ひっくり返した部屋の扉のボードには、『絶対に入るな、声掛け、ノックもNG』と書いてある。
配信時に音がのらない様にするための対策だ。防音室の効果はそれなりに信頼しているが、それでも環境音を拾わないとは言い切れない。
Vtuberには『ガチ恋勢』というリスナーが存在するらしく、異性の声が少しのっただけでも、コメント欄が大荒れし、炎上する事もあるらしい。
自分にはガチ恋勢なるものがいるのかは不明だが、少なくともファンで応援してくれてるリスナー達に不安を与えない様に、という対策である。
なずなは俺がVtuberである事は知らないが、扉のボードを見ているからなのか、幸い音は立てないでいてくれる。
まぁ、毎朝俺の部屋まで起こしに来る時に、防音室やら配信機材やらを見ているはずなので、多分大体の見当は付いていると思うが。
俺は突然のゲリラ配信にも関わらず来てくれたリスナーたちの質問に答えていく。
ゲリラ配信にも関わらず、それなりに大人数のリスナーが視聴しに来てくれたため、雑談の内容も充実していた。
次々に流れていくコメントの中で、面白いものを拾いながら答えていき、ふと目に留まったスーパーチャットのコメントを読み上げる。
「スーパーチャットありがとうございまーす! えっと、『同じクラスの幼馴染の男子生徒が、ある日急に見知らぬ少女を連れて登校してきました。相手もどうやら同じ学校の生徒らしいのですが、同じ男性から見て、これは付き合っている可能性があると思いますか?』かぁ……」
俺はコメントを読んでから、『しまった、こういうタイプの話は質問されても、上手く答えられる気がしないんだよな』などと思いつつ、読んでしまった手前、仕方なくコメントに自分なりの見解を述べる事にした。
「その幼馴染の男子生徒と少女がどんな関係か、か。この情報のみだけだと何とも言えないけど、急に来たっていうのが分からないな。例えばだけど、その少女が転校してきたばかりで学校を案内していた、とか。じゃないかな?」
俺は「知らんけど」なんて付け加えつつ、軽く笑いながらコメントの質問に答えた。この日はそれ以降、そのリスナーからの反応は無く、他にも色んな雑談をしながら、恙無くその日の配信を終えるのだった。