幼馴染
俺はなずなと下駄箱で別れ、階段をのぼり、三階にある三年生の教室に向かう。すでに何人か登校している生徒がいて、ドタバタと部活動の準備している様だった。
因みに俺は部活動には入っていない。この学校は部活動は強制ではなく任意だから、非常にありがたい。もっとも、今の時代強制的に部活動に入らせる学校の方が少なくなってきているのかもしれないが。
「おっはよー、優斗! 今日も朝早く登校してえらいねぇ! よしよし!」
教室に入り、机のフックにカバンを掛けて窓際から外を眺めていると、不意に後ろから声を掛けられ、頭を撫で繰り回された。朝っぱらから俺にこんな事をしてくるのは一人しかいない。
「おはよ。ってか、やめろ。俺は犬じゃねぇんだよ」
ぐりぐりと頭を撫でまわしてくる手を振り払うと、そこには思い切り背伸びをして手を伸ばしているいる女子生徒が立っていた。
彼女は『遠坂 渚』といい、俺の幼馴染である。とはいっても、幼稚園から小学校四年生くらいまで一緒に遊んだりしていただけで、中学二年生の夏頃に再会したくらいの仲だ。
小学校四年生から中学二年生の夏までの期間は、父親の転勤で他県に引っ越しており、中学二年生の夏終わり頃にこの地元に帰ってきた。
遠坂は同級生の中でも小柄な方で、身長は150センチあるかないかというくらいで、胸が無い事を結構気にしている。
焦げ茶色がかった黒髪のボブヘアーで、細く整えられた眉をしており、大きな瞳にくっきりした二重、ぽよっとした涙袋が特徴的な癒し系美少女である。
「お前ちっちゃいんだから、俺を撫で繰り回すためだけに必死に背伸びして……無理すんなよ」
「むき——!! 誰がチビだ!! 私みたいな美少女がわざわざ頭よしよししてあげてんのよ! そこはもっと喜ぶところでしょうが!」
「自分で自分の事、美少女とか言って恥ずかしくならんのか? 俺だったら恥ずかしくて三日三晩眠れなくなるレベルだぞ」
「は、はぁ!? 恥ずかしくなんてないし、事実を述べたまでだし!」
「おいおい、またお前ら夫婦漫才してんのか?」
「別に夫婦漫才なんかじゃねぇよ。毎回俺の頭を撫でてくるコイツが悪いんだ」
俺と渚の言い合いにちゃちゃを入れてきた人物『草薙 健』は、やれやれまたか、と呆れたように肩をすくめながら自分の席に腰を下ろした。
「そうは言っても、お前だってまんざらでもないんじゃないか? 本当に嫌ならもっと遅い時間に登校してくりゃいいわけだし。 毎回この時間に渚ちゃんが来るのは、優斗だって知ってるんだろ? お前、部活だって入ってないのにわざわざこの時間に登校してくるって事は、やっぱりぃ~?」
うっぜえ……。朝っぱらからダル絡みしてくる草薙、そして頭を毎回わしゃわしゃしてくる渚。どうしてこいつらは朝早くからこんなにも元気なのだろうか。
「いいだろうが、何でも。朝早くの誰もいない教室が好きなんだよ、俺は!」
我ながら、何とも苦しい言い訳である。しかし、実際ほとんど教室に生徒がいない時間帯に教室にいると、何となく心地が良いのも事実。
ただ、朝起きるのがしんどい、それだけだ。
「そういえば、今日ふと見かけたんだけどさ、お前と一緒に登校してたあの可愛い子、誰?」
不意に健が俺にそう問いかけてくる。その瞬間、渚は「え?」と声を上げて固まってしまった。
はて、一緒に登校している可愛い子? あぁ、なずなの事か。
「そりゃ、俺の妹のなずなだな」
「嘘こけ。お前んち一人っ子だったじゃねぇか。いつあんな可愛い子と知り合ったんだよ」
「あぁ、なずなは義理の妹だよ。俺が小学生の時に転校して、その時に父親が再婚して、なずなが妹になったんだ。傍から見たら『義理の母親』、『義理の妹』なんだろうけど、俺からしたら本当の母親、妹だと思ってるよ」
俺には実の母親がいない。正確には母親は病気で他界している。ちなみに父親は海外出張、義母となる『なずなの実の母親』も、同じく長期出張で家にはいないため、現在は俺となずなの二人暮らしである。それでも定期的に両親からかなりの額の生活費が振り込まれているので、生活に困った事は無い。
これは『ちょうどいい機会だ』と思い、俺はざっくりと今までの経緯を健と、何故か思考停止中の渚に説明した。
こういった事情はわざわざ自分から進んで話す事でもないし、何かのきっかけが無いと、こういう事は話しにくいんだよな。
「そういう事か。そのなずなちゃんて子、今年からなんだよな? でも中学時代は見かけなかったけど?」
健の言う通り、本来なら俺たちが中学3年生の時には、1年生としてなずなが入学してくるはずだったのだが、なずなは小学校6年生の夏頃から中学校1年生の間は、不登校状態だったのだ。
俺は健にその事を軽く伝えると、「なるほどな、そりゃ、俺もそうなるかもしれんわ」と頷いてくれていた。
無理もないよな……。今までの生活からガラッと変わり、急に父親と兄が出来て、学校まで変わってしまったんだから。
あの時は父親も母親もなずなに無理をさせてしまった、とリビングで話しているのが聞こえてきていた。だが、なずなは切り替えも早く、すぐに新しい生活に順応していたように見えた。
——————もしかしたら、明るく振る舞っていただけで、裏で孤独を感じていたのかもしれないな……。
「なぁ、ところで優斗」
「ん?」
健はさっきからずっと固まったままの渚を指さして尋ねてくる。
「コイツ、大丈夫か?」