第38話 ニングとエルフ隊の隊長
來楓の身をエルフ隊の隊員が固く護ってくれていたが、マンドラゴラ忍じん者は数が多く、また小さくてすばしっこかったので全てを防ぎきることはできなかった。
來楓もついにエルフ隊の隊員の守りをすり抜けたマンドラゴラ忍じん者に足を掴まれてしまった。
「わーッ! やめてッ! 離してーッ!」
來楓は振り払おうと足をバタつかせたが、マンドラゴラ忍じん者の動きは素早く、瞬く間に來楓の足から腰、背中を駆け上り、來楓の肩によじ登ると、危険な光を放つクナイを構えた。
來楓は最悪の事態を覚悟したが、その時、エルフ隊の隊長がくれたお守りが効果を発揮した。
小さな人形のようなお守りが生き物のように動き始めると、マンドラゴラ忍じん者に飛びかかったのだ。
お守りはマンドラゴラ忍じん者の顔に張り付くと、これでもかという程、マンドラゴラ忍じん者の頭をポカポカと叩いた。
堪らずマンドラゴラ忍じん者は卒倒し、來楓から引き剥がされた。
戦場を見渡すとエルフ隊の隊長がくれたお守りが、至る所でマンドラゴラ忍じん者の脅威から仲間を守ってくれていた。
「な、なんだと!? これはエルフの守護人形!? 誰がこれをヤツ等に渡した!?」
悔しがるニングの前に隊長が立ちはだかった。
「またお前かッ! 隊長ッ! この裏切り者めッ!」
ニングは隊長を口汚く罵った。
隊長は自分の幼馴染───しかも親友として多くの時間を過ごしたニングにそういわれて心底悲しかった。
しかし自らを奮い立たせ、毅然とした態度でニングに対抗した。
「裏切り者はどっちだ、ニング。こんなことは我々エルフのすることではない。目を覚ませ、ニング。お前はこの娘に言ったではないか。元の世界に帰ることを諦め、この世界で楽しみを見つけ、そして幸せに暮らすんだと……。お前こそ……お前こそそうすべきじゃないのか、ニング。お前こそ元の世界に帰ることを諦め、この世界で、我々と……私と昔のように仲良く過ごすべきじゃないのか?」
隊長は涙ながらに訴えた。
「う、うるさい……うるさいでッ! ブリュンヒルデ! ワテがどんだけ元の世界に帰りたいか知りもせんで諦めろとかいうなッ!
お、おまえのそういうところが……そうやって正論しか唱えんところがワテは大嫌いやッ……!
正論はただの正論や。そんなことはワテもわかってんねん。でもなッ! 理屈やないねんッ! 感情やねんッ! おまえはそうした相手の感情を慮る優しさがないんやッ!」
エルフ隊の隊長───もといブリュンヒルデはニングにそう言われるとギュッと口を結んだ。
辛い言葉を浴びせかけられた痛みに耐える為だった。
「それにほんまやったらおまえがエルフの里の里長になるはずやったのに……いつも正しい判断───正論を皆に諭すおまえこそが里長にふさわしいとみんなから慕われとったのに、なんや知らんがワテにその任を譲りよって……。
ワテが哀れにおもたんか? 憐れみかッ? 施しかッ!? そんなもんいらんわッ!!
そんなんされたらッ……! そんなされたら余計に自分が惨めやッ……! おまえはそんなんしたら相手がさらに惨めな思いをするなんて、わからへんねんやろッ!」
「ニ、ニング……ち、違うッ! わ、私はそんなつもりでお前に里長の任を譲ったんじゃない……! 真にお前こそ里長にふさわしく、皆を導いてくれると思っ───」
「だまれぇぇぇえぇぇッ!!!」
ニングの叫びは悲痛な悲鳴のようでもあった。
「他の誰でもない。お前がワテに里長の任を譲ったんや。そやからワテは好きにさせてもらいます。ブリュンヒルデ。あんたさんが云うたんや。ワテこそエルフ達を率いて導いてくれると。これがそれや。これがそのワテの導きや。後悔してももう手遅れでっせ。今のこの状況はあんたさんが招いた結果なんや」
ニングはそう言うと無造作にブリュンヒルデに歩みを進めた。
咄嗟にブリュンヒルデは弓に矢をつがえ、狙いをニングに定めた。
しかしその手は震え、弓を構えるだけで精一杯といった様子だった。
「ワテを射てるもんやったら射ってみい。
おまえさんは昔っから根性ナシや。いつも杓子定規で正しい事をするしかできへん。それは自分で決めることができず、ルールに決めてもらって行動するしかできへんからや。
里長の任も放り出し、エルフ隊に入隊してからは自分の弱さから目を逸らすためにただただ鍛錬に励んだ。その結果、隊長に任じられたがそれも偽りや。隊長という仮面を被り、役割を演じればほんまもんの自分に苛まれることもなくなる。根性なしの自分と向き合わなくて済む。その一心で役割を演じてるだけや。
そんでその役割を演じるなら最後まで演じればええもんを……。中途半端に裏切って相手に加担しよってからに……。結果的に話しがややこしくなっただけやないか。おまえがちゃんと仕事しとったらこんな大事にはなってへんかったんや。
やっぱりおまえは自分の気持ちに従い、頭で考え、ルールで決められてない行動をするんはあかんな。おまえがそんなことしたら、まわりにおるもん皆が迷惑や。この惨状をもう一回見てみい。お前がこの状況を招いたんや。おまえが引き起こしたんや。もうおまえには何も期待せん。おまえはいらん。ワテの目の前から消え失せろッ!」
ニングの拒絶はこの上ない凶器となってブリュンヒルデを穿った。
ショックのあまりブリュンヒルデは弓を落とすと、その場に両膝をつく事しかできなかった。
そんなブリュンヒルデの脇をニングは道端に落ちている石ころ程にも気に留めず、通り過ぎた。
完全なる無視───。
その仕打ちは何よりもブリュンヒルデにとって辛い仕打ちだった。
エルフ隊の隊長は女性でした~!
お名前はブリュンヒルデさんでした~! ごめんなさい~!(平謝り