第01話 旧校舎でぼっち弁当
これは少し前───。
來楓が異世界に学校ごと転移する前のこと───。
昼休みのチャイムが鳴り終わると、校長先生直々の校内放送が始まった。
『生徒の皆さん、こんにちは。今日は授業の予定を変更し、新校舎完成の落成式と、旧校舎から新校舎への机と持ち物の移動、お疲れ様でした。皆さんのご協力のおかげで午前中で引っ越し作業は無事完了しました。午後からは予定通り旧校舎の閉鎖を行いますので、これ以降、皆さんは新校舎で学校生活を謳歌し、学生の本分を全うしてください』
その校内放送を來楓は旧校舎の園芸部の部室で一人で聴いていた。
「午後から旧校舎は閉鎖されちゃうけど、昼休みの間はまだ大丈夫だもんね」
そう独り言を呟くと、來楓はお弁当を取り出した。
「それでは旧校舎で食べる最後のお弁当をいただきます」
両手を合わせ、お弁当に対して「いただきます」をすると、來楓はお弁当の蓋を持ち上げた。
すると中からは海苔の巻かれた俵おにぎりが三つとダシ巻き卵、それに鮭の切り身とブロッコリー、そしてかぼちゃの煮つけとプチトマトが綺麗に詰まった見事なご馳走弁当が姿をあらわした。
「美味しそう。さすがお兄ちゃん。ますます料理の腕を上げたわね。毎日、妹の為に豪勢なお弁当を作る甲斐甲斐しさも百点満点。大好きよ、お兄ちゃん。でもね───」
せっかくお弁当の蓋を持ち上げた來楓だったが、そのまま静かに蓋を降ろすと、お弁当を元の通り閉じてしまった。
「───でもね、お兄ちゃん。せっかくお弁当を作っても、お箸が入ってないんじゃ食べられないじゃない……」
來楓はがっくりと項垂れ、静かに涙を流した。
「もうこれで今月、何回目よ……。しっかりして、お兄ちゃん。そんなオッチョコチョイだからせっかくイケメンで優しいのに彼女ができないんだよ……。
……まあ、お弁当をもらう時、お箸を確認しなかった私も悪いんだけどさ……」
來楓のお腹がぐぅ~となった。美味しそうなお弁当を見て、ますます空腹感が増してしまったのだ。
* * *
來楓がいるのは旧校舎の園芸部の部室だった。
來楓の高校は新校舎が完成し、今日の午前中の引っ越し作業で全生徒が新校舎に移動していた。
來楓だけ旧校舎に残ったのは、來楓が古びた木造の旧校舎が好きだったのと、來楓が部長を努める園芸部が廃部になるからだった。
他の部活は廃部にならず、これからも存続するので新校舎に新たな部室が用意されていたが、來楓の所属する園芸部は部員が來楓一人しかいなかったので廃部が決定してしまい、新校舎に園芸部の部室は用意されていなかった。
その為、來楓が部室でお弁当を食べられるのは今日が最後になってしまったのだ。
「まあ、部員が私一人じゃ仕方ないよね。顧問のニング・D・ガー先生も急な異動で学校からいなくなっちゃったし……。何より今年も新入部員を獲得できなかったのが致命的だったなぁ……」
來楓は空を仰いで静かに涙を流した。
* * *
來楓はいつもお弁当を教室ではなく部室で食べていた。
といってもイジメを受けているなど、そういう理由で人との関わりを避けているのではなく、単に部室が静かで落ち着くからだった。來楓は部室が自分の部屋のように好きだったのだ。
その為、新校舎が完成し、旧校舎が閉鎖される今日は、大好きな部室でお弁当を食べられる最後の日だった。
その為、よりによってそんな日にお弁当に箸が付いていなかったのは痛恨だった。
誰かに予備の割り箸などを借りるにしても、他の生徒は全員、新校舎に行ってしまっていて、助けを求められる学友は誰も旧校舎に残っていなかった。
新校舎に行って箸を借りて帰ってくるのも往復に時間がかかって面倒だし、かといって旧校舎の部室でお弁当を食べることを諦め、新校舎に移動するのも今日が部室でお弁当を食べられる最後の日だったので決心することができなかった。
どうしようか悩んでいる間にも刻一刻と時間は進み、みるみる休み時間が少なくなってしまっていた。
「あぅ~……。どうしよう。昼休みが終わっちゃうよ~……」
焦燥感に駆られた來楓は空腹も相まって思考回路がオーバーヒート寸前に陥った。
來楓はやおら立ち上がると園芸用の剪定バサミを手に取り、窓辺にある盆栽に向かった。
その盆栽は園芸部の部長に代々受け継がれてきた年代物の盆栽で、鉢には「ボン太郎」と銘が刻まれていた。
「相変わらず見事な枝っぷりね、ボン太郎。
……───ボン太郎の枝って長さも丁度、お箸と同じ位じゃないかな……?」
來楓はチョキチョキと数回、剪定バサミを鳴らした。
何かに取り憑かれたようにボン太郎にジリジリとにじり寄ると、來楓はボン太郎の枝に剪定バサミを伸ばした。
しかしその瞬間、來楓は既の所でハッと我に返った。
「わ、私は何を……? だ、だめよ。園芸部部長の私が私利私欲の為に盆栽を粗末にするなんて、そんなこと許されない」
慌てて剪定バサミを引っ込めた來楓はボン太郎に謝った。
「ごめんね、ボン太郎。私、どうかしてた。他でもないお前を傷つけようなんて園芸部の部長失格だね」
ボン太郎は恐怖に慄き、ガクガクブルブルと小刻みに震えていた。
「ボン太郎、こんなに震えて……。本当にごめんね。もう二度とこんなことしないから安心して。本当にもう大丈夫だからそんなにガクガクブルブルと怯えないでね───……。
……───って、ん?
え? なんで? ボン太郎が本当に震えてる……?」
尚もガタガタと震えるボン太郎を目の当たりにして、來楓はボン太郎が本当は生き物で、人の言葉を理解し、感情があるのかと一瞬思ったが、しかしボン太郎が震えているのはそうではなく、これは地震による縦揺れであることにすぐ気付いた。
なぜこれが地震の縦揺れだと気付いたのかというと、次の瞬間、來楓は激しい横揺れに見舞われたからだった。
「きゃあぁぁぁーッ!」
地震の揺れは大きく、まるで校舎が一回転したかのようだった。
突然の大地震に來楓はボン太郎を抱きかかえてうずくまることしかできなかった。
頭を伏せる瞬間、來楓は窓の外が眩しい光に包まれたように見えた。
だがその光がなんであるかを確かめる間もなく、次の瞬間、來楓はベッドから落ちた時のようにドスンという衝撃に見舞われた。
恐怖で心臓が早鐘を打ち、來楓はどうか揺れが収まってくれるようにと必死に祈った。
「やだやだッ! こわいこわいッ! 止まって止まってーッ!」
───その祈りが通じたのか、先ほどの衝撃を最後に地震は嘘のようにピタリと止んだ。
それはあまりにあっけなく、恐怖で身動きがとれなかった來楓も拍子抜けしてしまう程だった。
「あ、あれ……? 地震が止んだ……? え? 本当に? ……そ、それじゃあ、今のうちに安全な場所に避難しなくちゃ……ッ!」
地震の恐怖で腰が抜けかけていたが、震える足を必死に鼓舞し、來楓はボン太郎とお弁当を引っ掴むと旧校舎を飛び出した。
旧校舎を出た先には新校舎があるはずだった。
耐震性にも優れた最新の新校舎なら、避難すれば安全かとも思ったが、防災訓練で地震の時は校庭に避難していたので、このまま校庭に逃げた方がいいだろうか?など來楓は迷ったが、結果として新校舎に逃げ込むことはできなかった。
なぜならそこにあるはずの新校舎がなかったからだ───。
そしてなくなっていたのは新校舎だけではなかった。
來楓の高校は比較的市街地にあり、学校の周囲はビルやお店もあったのだが、それらも一切なく、ただひたすら長閑な草原が広がっていた。
來楓はまさか今の大地震で建物が全て倒壊してしまったのか?と一瞬思ったが、それにしては瓦礫などが一切なく、説明がつかないとすぐに自分の考えを否定した。
その時、キラキラと揺れ動く光に気付いた來楓は旧校舎を振り返った。
すると旧校舎の上空に大きな魔法陣が浮かんでいて、雪のように光の粉を降らせていた。
光の粉に彩られ、旧校舎は幻想的な輝きに包まれていた。
「き、綺麗……。でもこれって一体……?」
來楓は魔法陣をよく観察しようと目を凝らしたが、しかし、すぐにその魔法陣は空に溶け込むように消えてしまった。
しばらくポカーンとその様子を眺めていた來楓だったが「……なるほどね」と独り言を漏らした。
「なるほどなるほど。これが例のアレね。小説や漫画、それにアニメでよくある有名な例のアレ───つまり異世界召喚、又は異世界転移ってヤツなのね」
來楓はボン太郎をギュッと抱きしめると、人生で初の異世界転移をじわじわと実感し始めた。
皆さま、お世話になっております。柳アトムです。
この度は私の小説を読んでいただきまして本当にありがとうございます。
( ᵕᴗᵕ )
第一話はいかがだったでしょうか?
(,,•﹏•,,)ドキドキ
異世界転移モノは初執筆だったので転移するシーンもちゃんと書いてみました。
スピード感重視で「気が付いたら転移してた」の方が読者様には喜ばれるかな?と思ったのですが、色々な伏線を仕込む必要もあったので置かせていただきました。
伏線その壱
ニング・D・ガー先生
伏線その弐
ボン太郎は重要アイテム♪
伏線その参
來楓のお兄ちゃん
因みにお兄ちゃんの名前は須藤 楓斗です。
妹はゆっくり人生、お兄ちゃんはゆっくりゴハン───。
そんな兄妹です(笑
さて、学校ごと異世界に転移した來楓ですが、次話で早速ゴブリンに襲われます(笑
展開を早め、サクサクと物語を進行させますので、お付き合いいただけますと幸いです♪
皆さまに「面白い!」と思っていただけるよう頑張ります。
୧(˃◡˂)୨
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