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授業4「情報を制する者はビジネスを制す!?」

朝の光が差し込む商業科の小さな教室には、前回“需要と供給”を学んだ生徒たちがそろい、なんとなく期待に満ちた空気が漂っていた。教壇の前で微笑む諒は、黒板に「情報を制する者はビジネスを制す!?」と大きく書き、くるりと振り返る。


「さて、前回は“どのタイミングで商品を出すか”とか“需要が急上昇したときにどう動くか”を話しましたよね。今日は、そういう戦略を立てるために“いかに情報を集めるか”が重要になるって話をしたいと思います」


腕を組んでやる気なさそうに見えるカイルが、いきなり口を開く。


「情報って、どこで手に入れるんだ? まさかウワサか? でも小耳にはさんだウワサだけで動いたら博打じゃね?」


「それなんですよ。もしウワサがデマなら大損する可能性があります。なので“信頼できるソース……情報源をどう作るか”がカギになりますね。魔法科やギルドと連携して情報を交換するとか、商会から数字を仕入れるとか」


諒がそう答えたところで、教室の後ろの席で静かにノートを取っていた少女が手を挙げる。彼女はベルシアという名で、三つ編みの髪と落ち着いた瞳を持つ生徒だ。


「先生、私は旅の一座と一緒に各地を回りながら小物商をしていたんです。それで各地の“噂”を集めるのはけっこう慣れてるんですが、結局どう活かせばいいのかわからなくて……。冒険者の派手な話題に埋もれちゃう感じで」


「なるほど」


諒は微笑みながら、黒板に『噂 → 事実検証 → 提携先との情報共有』と書き加える。


「噂や旅で得た耳寄り情報は、まず“事実かどうかの検証”が必要ですよね。そこでギルドなど公式機関の情報と照らし合わせて、少しでも信ぴょう性を高める。それから、一人で抱えこまず、信用できる仲間や科をまたいだパートナーに共有すると、さらに有力なものになります」


フィオナが、いかにも納得した様子で頷く。


「そっか……じゃあ私が“宣伝”する前に、商会やギルドが同じ情報をつかんでるかどうか確認しないと、みんなバラバラの動きになりそう。『こっちだけ値上げ』『あっちだけ値下げ』じゃ混乱しちゃいますもんね」


「そうそう。だからこそ、商業科の強みは“情報ハブ”になれること。戦士科はモンスター討伐の情報を持っていて、魔法科は呪文開発や素材需要の動向を知っている。僕たちがそれを集約し、整理すれば大きな利益の基盤になるわけです。いわゆる“インテリジェンス”と言ってもいいですね」


「いんてりじぇす……? 情報が力になるってことな?」


カイルが首をかしげながらつぶやくと、諒は楽しそうに笑う。


「そんな感じ。たとえば魔法科の連中が『来月、大規模儀式をする』っていう情報を早めにキャッチできれば、必要な素材を仕込んで値崩れを防げるでしょう? 逆に手ぶらで当日を迎えたら供給を増やせず大損、とかね」


ここでロイが遠慮がちに口を開く。


「じゃあ、魔法研究所に知り合いがいると強いですね。『そろそろ新呪文の実験やるらしい』って情報が漏れてきたら、一気に需要が高まる素材を早めに確保できるんで……」


エリナが笑いながら口元に手を当てる。


「でも、それって“内通”っぽくて怖くない? あまりに機密情報を仕入れすぎると、学院に怒られるかもしれないし。魔法科の人が“誰が情報漏らした?”って探りを入れてくる可能性もあるし……」


「そうですね。だからこそ、“公に得られる情報”と“非公式の噂”はきちんと区別しないと。しかも、公式リリース……正式な公表前の情報を使って先行買い占めなんてやりすぎると、周囲との関係が悪化する。情報を集めるだけじゃなく、その扱い方にも注意が必要です」


「確かに……悪どいことばかりしてると、イメージが悪くなるし。広告戦略もやりづらくなるし、売り上げにだって影響出ちゃうわ」


フィオナがちらりと諒のほうを見て口にする。諒は彼女のノートをのぞき込むようにしながらうなずいた。


「そういう意味でも、フィオナさんの“宣伝力”と“信用づくり”が役立つんですよ。いいイメージを広げておけば、情報をどう運用しても悪目立ちしにくい。今よりもっと人気が出るかもしれません」


「そ、そうかな?」


少し恥ずかしそうに目をそらすフィオナの姿を、隣のエリナが見て、わずかに首をかしげている。教室の片隅には、そんなやりとりに興味津々な空気が生まれ始めていた。


「さて、供給面での仕掛けも考えましょう。“供給過剰になりそうな品”を一時的に買い占めて、市場に出回る量を減らし価格を安定化させる――いわゆる“流通コントロール”ですね。もちろん保管コストや資金が必要だけど、うまくいけば高値で売れます」


ベルシアが神妙な面持ちで口を挟む。


「でも、それってかなりの上級テクニックじゃないですか? 資金がないと買い占めなんてとても無理ですし……」


「おっしゃる通り。だからこそ“大商会”や“ギルド”が得意とする手法なんです。中小の商人や冒険者が下手に真似すると、資金繰りが追いつかず破産しかねない。そこで大事なのは“共闘”と“提携”という発想。自分だけじゃなく仲間と一緒に出資し合うとか、学院のバックアップを得るとか、いろんな方法が考えられますよ」


カイルは大きく唸ってから、苦笑いで呟く。


「なるほど……俺も金はねえけど、荷運びとかはできるし、みんなと組めば何とかなるかもな」


「ふふ、私は宣伝担当、カイルは仕入れ担当、ロイは雑貨系の知識、エリナは農作物が専門……とかね! 先生も数字の管理が頼りになるし、案外いいチームになれそう」


フィオナは諒に向かってにこりと笑い、諒は「ぜひ、みんなの強みを組み合わせてみて」と返す。エリナも「まだまだ力不足ですけど、頑張ります……」と小声で言葉を継ぎ、教壇の周囲には不思議な一体感が芽生え始める。


「では、まとめに入りましょう。まず“需要が上がるシグナル……合図をどこから得るか”――ギルドや魔法科、あるいは噂など多方面ですね。次に“供給を調整できるか”――在庫管理や共同買い占め、リスクと資金がセットになります。最後に“信用やイメージを失わずに利益を最大化するバランスをとる”こと。いくら儲けたいからって乱暴な手段を取れば信用を失い、その後に響きます。つまり、情報こそがビジネスの起点になるわけです」


諒が話を締めくくると、教室のあちこちで生徒たちが「足で稼ぐしかないのか」と口々にメモを取り合う。


フィオナとエリナは顔を見合わせてふっと笑い、そろって諒に「先生、わかりやすかったです」と視線を向けた。


諒は心の奥で小さな鼓動を覚えながら、穏やかに微笑み返す。


「今日の課題は、『どんな情報源を使って自分の商売や取引を安定させるか』を考えてみること。たとえば“魔法科の材料コストをどうキャッチするか”とかね。明日までにレポートにまとめてきてください」


「メンドくせえけど、まあ情報を操るってのも悪くないかもな」


カイルが言いながら伸びをすると、フィオナが思い出したように声を上げる。


「先生ぇ〜まだ“バズ”とか“インフルなんちゃら”ってのを詳しく聞けてないんですけど……広告戦略の話も……、早くお願いしたいです!」


「あはは、もちろん。“バズ”は”流行り”みたいなものだけど、前提知識が必要だからね。もう少し待っていてよ。エリナさんやベルシアさんも、自分の分野で情報をどう活かせるか考えてみてください」


「はい。父の農園の収穫時期と流通経路を整理してみます。情報を集めれば、もう少し売り時を見極められそうです」


「私も旅仲間からの噂を“精査”してみます。どれが本当に使えるか調べなくちゃ」


諒は「いつでも相談に来てね」と微笑みながら、教壇でノートを閉じる。生徒たちは談笑しつつ教室を後にしていくが、フィオナとエリナは振り返って「また後で」と手を振り、ベルシアも照れくさそうに微笑んでから追いかけていった。


ほんの少しだけ近づいた距離感を感じ取った諒は、教師としても個人としてもやる気に満ちた表情を浮かべる。戦士科や魔法科とは違う地味な学びの場かもしれないが、この商業科にしかできない“情報を武器にする”授業は、今日もまた新たな一歩を踏み出したようだった。

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