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授業2「需要と供給」

朝のやわらかい日差しが差し込む中、諒は教室の黒板に大きく 「需要と供給」 と書き込む。そこに描かれた言葉に、生徒たちがやや首をかしげるように見つめていた。すでに席には、商業科のメンバが揃っている。今日は「需要と供給」をテーマに講義をする予定だ。


「よし、皆さん。昨日の“機会損失”に続いて、今日は“需要と供給”を扱っていきましょう。前回の宿題で、“月影の森と赤樹海どちらへ行くか”を考えてもらいましたが、そのとき“需要があるのか” “どれくらい売れるのか”って言葉が出ましたよね?」


諒がチョークをおき、クラスを見渡す。最前列のフィオナが、すぐに手を挙げた。


「私、薬草派で考えたけど、いくら薬草でも、欲しがる人がいない時期は安値でしか売れないって感じました。結局、どれだけ必要とされているか……が大事ってことですよね?」


「まさに、それ。戦士科や魔法科がどんな魔物を討伐しに行くか、どんなポーションが求められてるか――そういう“需要”の動きで薬草の価値が上下する。一方で、どれくらいの人が材料を採っているか、つまり“供給”が多いか少ないかでも値段は変わるんです」


諒がそう言いながら、黒板に二つの軸を描く。縦軸に価格、横軸に数量をざっくり示し、需要曲線と供給曲線のような形をイメージしつつ、異世界ならではの事例を絡める。


「例えば、いま魔法科が"大規模な呪文実験”をする時期なら、素材の需要が急増する。供給が追いつかないなら価格が上がる。逆に皆が一斉に採取しすぎると、今度は供給過剰で値崩れする。そういうふうに価格って動くんですよ」


静かにノートを取るロイが、ふと思いついて口を開く。


「実家の雑貨屋でも、季節によって売れ筋が違うなって思ってました。……なんとなく、そういう仕組みがあるのかなって。でも、文字にするとわかりやすいですね」


「うん、そういう地道な観察が大事なんですよ。言ってみれば、魔法科は“魔法”という武器を使うし、戦士科は“体力・剣”を使う。僕たち商業科は“需要と供給の分析”を使う、って感じですね」


カイルが腕を組んで、ちょっと退屈そうにしながら言う。


「でも、わかってたって稼げるとは限らなくね? 俺ら、実際にモンスターを倒すわけでもないし、どうやって稼ぐんだよ?」


「まさにそこで“仲介”や“集荷”が役立ちます。たとえば、戦士科の人たちが大量に素材を採取したけど、売り時を逃して値崩れしかけている……。そこを上手に拾い、値段が上がる時期を待って売る。そんな取引ビジネスができれば、身ひとつでモンスターと戦わなくても、利益を確保できるんですよ」


フィオナが身を乗り出して話す。


「それ、私が店を広報すれば、売れる可能性がさらに上がりそう! 要は、需要が高まる前にお客さんに“今がチャンスですよ”って宣伝するんでしょ?」


「そうだね、そこにロイの雑貨屋知識や、カイルみたいに足を使って素材を集められる人が加われば――相当なシナジー……相乗効果が期待できると思います」


カイルは照れたように鼻を鳴らし、ごまかす。


「ま、俺の力仕事が役に立つならいいけど」


一方、教室の隅で大人しそうにしていたエリナが、ちょっとだけ手を挙げる。彼女は淡い色の髪を肩で切りそろえた、おとなしい印象の少女だ。実家は農村近くの小商いを営んでいるらしく、野菜や穀物の流通に興味があると聞いていた。


「あの……この“需要と供給”って、農作物でも同じですよね。うちの畑って、豊作になると値崩れして収益が出ない、みたいな話を聞いたことがあって……」


「そうです、まさに同じです」


黒板に『豊作=供給が増えすぎる→値段が下がる』と書く。


「逆に凶作なら値段は上がるけど、実際に農家が苦労する。ここが“需要と供給”のジレンマなんですね。うまく調整できれば、皆で得する方法もあるはずですよ」


エリナは「あ……ありがとうございます」とか細い声で言ってから、ノートを取るふりをしてうつむく。どうやら人前で喋るのはあまり慣れていないようだが、少しは前向きに学ぶ姿勢が伺える。


「うん、じゃあ今日の演習としては、みんなに“小さな商人”の気持ちになってもらいます。自分の“商品”を決めて、その需要がいつ高まるか、供給がどう動くかを想像してみる。たとえばフィオナなら『魔獣の毛皮を扱う店』を経営するイメージでもいいし、カイルは『鉱石を専門に扱う採掘代理所』、ロイは『雑貨屋プラス特産品』とかね。エリナは『農作物』でも構わない。自由に選んでいいですよ」


そう言うと、フィオナは即座に「やるやる!」と乗り気になり、カイルは「めんどくせえ……けど、まぁ少し考えてみるか」としぶしぶノートを広げる。ロイとエリナも静かに思考を始めているようだ。諒は心の中で“いい調子だ”とほくそ笑みつつ、授業をさらに盛り上げる。


「まずは“いつ需要が伸びるのか”“どこで供給が増えるのか”を考えてみましょう。たとえば、戦士科が大規模討伐に出るシーズンはどんな素材が溢れるか、とか。魔法科がどの時期に実験しがちか……。数字を用いるなら、前年度の実績や実際の売れ行きとかを追ってみたいところですが、今は仮想ベースでもかまいません」


フィオナがペンを走らせながら面白がっている。


「へえ……じゃあ私の場合、冬場は毛皮がよく売れそうだけど、供給が足りないなら値段が跳ね上がるかも。ああ、でもあまりに高くしすぎると買い手がいなくなるかな? そのあたりが難しい……」


カイルはぼやきながらもメモを取る。


「そもそも供給とか知らねーし。……じゃあ赤樹海の鉱石シーズンは……」


諒はそれを見てうなずく。


「いい感じですね。需要と供給は、まさしく“価格を決める力”であり、稼ぐチャンスを生む基盤です。言い換えれば、『剣や魔法じゃない強み』がそこにある。――現代風に言うなら、うーん…たとえば“ネット通販”で在庫を調整するようなイメージと言いたいところだけど……まあ、いずれ“インフルエンサー”とか“バズ”の話とセットで説明しましょうかね。いきなりこれらの概念を連発すると混乱されそうですが」


フィオナがパッと顔を上げ、声を弾ませる。


「そのバズってやつ、気になるなあ。私、宣伝とか大好きなんで早く知りたいです!」


「ふふ、わかりました。いずれ“需要”を高めるための手法として、その辺りも紹介しますよ。フィオナさんなら必ず活かせますよ」


周囲の生徒が笑いをこぼす中、エリナが小さく手を挙げる。


「私は……野菜と果物を採用してみようかな。供給が多いと値崩れ、少ないと高騰というのは分かってきましたが、こういうのって、あんまり安定しないのかな……」


「そう、それが難しさでもあり、商売のおもしろいところでもあります。たとえば契約で“価格保証”をしておくとか、保存技術を使って時期をずらすとか、魔法科と連携して保管庫を作る手もあるかもしれない。それこそ戦士科に輸送を依頼するとか、商業科らしく色んな科を巻き込むといいですよ」


そう答えると、エリナは軽く微笑んで「なんだか希望が湧いてきました」とつぶやく。諒は内心で、地味な話題かもしれないがこうして生徒同士が意見を交わすだけで、“数字で世界が変わる”感じを少しでも実感してくれたなら嬉しい、と感じていた。


「よし、じゃあこれも今日の小課題にしましょうか。『自分がもし扱う商品を決めたら、その需要と供給はどんなタイミングで動きそうか』――簡単な想定でいいので、理由を添えてまとめてみてください。明日は発表タイムをとりますから」


諒はチョークを片づけながら微笑む。もう何人かはすでに走り書きをしている。


「話してたら早くお店を出してみたくなってきた! 先生、明日発表できるように頑張ります!」


フィオナはニコニコ笑顔でそう意気込む。


「めんどいな……でもどうせやるなら一番儲かりそうなやつ狙ってみるかな」


カイルは悪戯っぽく笑い、ロイとエリナもそれぞれマイペースにノートへ書き込む。


「では、これで今日の授業は終わりにしましょう。次回はもう少し踏み込んで、じゃあ需要が上がったときにどう利益を最大化するのか、とか、供給をコントロールするにはどうするか――そんな実践的な話をしていきます。皆さん、お疲れさまでした」


諒がそう告げると、教室にはほんのりとした熱気が残る。たった数十分程度の授業だが、先日まで「商業なんて地味」「数字とか無理」と言っていた数名の生徒が、少し活気を持って話し合っているのが感じられ、確かな手応えを得る。


扉を開けた廊下からは、戦士科の学生が訓練場に向けて駆け抜けていく姿が見える。剣を振り回す激しさや、魔法科のローブが舞う美しさとは違う景色だが、商業科には商業科の“盛り上がり”が生まれはじめている――そんな予感に諒は心を弾ませた。

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