5. 198
テレビ塔を下りて、ふたりで白雪パーラーに向かうと、パフェの並んだショーケースの前に、ひとり、背の高い知っている子が立っていた。すずだった。
「なっちゃん」
「えっ……オープンキャンパスは?」
なつめの頭の中を、疑問が駆け巡る。どうしてすずがここに? ミヨは、すずに会わせても大丈夫だろうか?
「説明会、午後からだから。このお店行きたいって言ってたし、会えるかなって」
午後から、といってももうほとんどお昼の時間だった。すずはどれだけの間、なつめを待っていたのだろうか。
「昨日、急にいなくなったから心配してた。大丈夫?」
昨日はまるで大丈夫ではなかったけれど、そんなことは到底言えなくて、「うん、ごめんね」と曖昧に返す。
「用事って、その子のことなの?」
昨日の電話では、ミヨをもしもすずに会わせたら、首を絞めるとかそういう危ないことをするんじゃないか、と思ってすずには誤魔化してしまった。だけど普通の暮らしに馴染もうとしている今なら、となつめが思って、振り返ろうとしたときだった。
「こいつ、誰?」
唸るような声を発したミヨは、眉間に深く皺を寄せ、すずを睨みつけていた。狐耳が後ろ向きにきつく絞られている。その姿は、まるで威嚇する獣だった。
「ミヨ、だめ……!」
なつめの首に巻かれた尻尾をほどかれないように抑えると、ミヨの睨めつける目がなつめにも向く。
訝しげな表情を浮かべたすずが、聞いた。
「その用事のことって、聞いたら教えてくれる?」
化け狐のことなんて、言えるだろうか。脅されて、でも地上に出るための協力をしていると言ったら——すずは、どうするだろうか。
「それは……ちょっと」
「そう」
すずが、一度目を閉じて、そしてもう一度、なつめの顔をまっすぐに見つめる。
「わかった。でもそれって、本当になっちゃんがやりたくてやってることなの?」
「それは——」
ミヨを連れ出したいと思ったのは、確かになつめだ。でもそのきっかけ自体は、『殺すからな』というミヨの脅しだったはずだ。なつめは、すずのまっすぐな瞳から目を逸らす。
「そう、だよ」
頼りない返事を口にして顔を上げると、すずは、その透き通った瞳を少しも逸らさずに、なつめのことを見つめ続けていた。
「嘘、ついてるでしょ」
その一言が、さらさらとしたすずの声を纏ってなつめの胸を刺した。静かで、けれど確かになつめを非難する言葉だった。
「……やっぱりすずも、わたしのこと嘘つきだと思ってる? 陸上続ける約束のことだって」
真央がなつめを嘘つき女呼ばわりしたことは、たぶん、何も間違っていない。
「今は部活の話じゃないよ」
すずはそう言うけれど、否定はしなかった。お父さんに言い返せず、ミヨのことも見捨てられず、その結果、なつめはいつもすずに嘘をつくことになってしまう。
「嘘なんかじゃないぞ! なつめはわたしと約束があるんだ」
言葉に詰まったなつめに代わるように、ミヨが言葉をぶつける。その強い口調にも怯まずに、すずは、
「お願いします。なっちゃんの貴重な時間を奪わないでください」
と静かに言った。
「なっちゃんも、こんな乱暴な子に付き合ってあげる必要ないよ」
率直なすずの言葉にミヨの顔がかっと赤くなる。「おい!」と叫んだミヨの尻尾を、なつめは強く掴んで「ミヨ!」と制止した。
「もういい! 行くぞ!」
苛立ったようにきびすを返してお店の前から離れるミヨに、尻尾の首輪で引っ張られる。転びそうになりながら、すずへと振り向き、
「ごめん」
と言う。
そのなつめの言葉は、ただの声かけでも嘘でもなく、本心からの言葉だった。
§
ミヨが、早足で前を行く。
「ちょっと、どこ行くの」
「地下道だ!」
ミヨは乱暴に言葉をぶつけて、地下道出口の階段を下りていく。
「いつもこうだ——乱暴だ、自分勝手だって言われて、睨まれて、避けられて」
ミヨが、地下への階段の踊り場で立ち止まる。こちらを振り返らないまま、言う。
「どうせなつめも、わたしなんかよりさっきの奴といたいんだろ」
力のない声だった。否定してほしいというよりも、諦めのような気持ちが滲んでいた。
ねえ、とミヨに声をかける。
「甘いものでも、食べない?」
地下歩行空間——チカホのコンビニでメロンのモナカアイスを買って、近くのベンチに座る。柱が連なる、モダンな雰囲気の地下道をいろんな人たちが通り過ぎていく中で、ふたり並んで座り、言葉もなく、黙々と食べる。観光客としておすすめされたパフェではなかったけれど、今のふたりには、コンビニのアイスくらいが似合っている気がした。
モナカアイスが残り半分になって、ミヨがやっと口を開いた。
「なんでなつめは、わたしなんかに地上を案内するって言ってくれたんだ? やけどしたときとか、寝てるあいだとかに、逃げてしまえばよかったのに」
ミヨが、少しずつ言葉を選んで喋る。もしかしたら、このことをずっと気にしていたのかもしれないと、なつめは思う。
「こういうことになるなら、逃げ出した方がお互いのためだったのかもね」
不安げな顔をなつめに向けたミヨに、続ける。
「でも、ホテルでミヨのことを聞いたとき、わたしと同じだって思っちゃったの。わたし、親の決めたことにどうしても言い返せなくて、それで友達も傷つけて。ひとりぼっちになっちゃって」
「……そうか」
尻尾の首輪が、少し巻き直された気がした。アイスで冷えた喉に、ふわふわの尻尾が暖かい。
「自分がもっと強かったら何か変えられるのかもしれないけど、でもやっぱり、自分にはできないこともあって——だから、ミヨが地上に出られたら、何だかわたしまで救われるんじゃないかって思っちゃった」
だから、結局全部自分のためで、やっぱりわたしは自分勝手な嘘つきなんだよ。
自分の口から出た言葉が、なつめの胸を締め付ける。今だって、本当はすずのところに走っていって謝るべきなのに、それができないのはなつめの弱さだ。自分のせいなんだ、という気持ちを直視するのは、とても、苦しい。
「でも、それなら大丈夫だ」
ミヨが、地下道の天井を見上げる。静かな口調で、けれどはっきりと言う。
「なつめがひとりぼっちなら、わたしが地上に出られるようになって会いにいけばいい。少しぐらい遠くても平気だぞ。たくさん歩くのは地下道で慣れてるからな」
その言葉に驚いて、ミヨの横顔を見つめる。地上に出る、とミヨがはっきり言ったのは初めてだった。一緒にいると誰かが言ってくれたのは、いったいいつ以来だろうか。
でも、なつめはミヨに伝えなければいけないことがある。
なつめは、明日岩手に帰らないといけない。
「ミヨ、わたし実は——」
「——あ、そうだ!」
ミヨが、急にベンチから立ち上がる。言葉を遮られたなつめは、どうしたの、と聞く。
「今度は、わたしがなつめを連れていってもいいか」




