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 テレビ塔を下りて、ふたりで白雪パーラーに向かうと、パフェの並んだショーケースの前に、ひとり、背の高い知っている子が立っていた。すずだった。

「なっちゃん」


「えっ……オープンキャンパスは?」

 なつめの頭の中を、疑問が駆け巡る。どうしてすずがここに? ミヨは、すずに会わせても大丈夫だろうか?

「説明会、午後からだから。このお店行きたいって言ってたし、会えるかなって」

 午後から、といってももうほとんどお昼の時間だった。すずはどれだけの間、なつめを待っていたのだろうか。


「昨日、急にいなくなったから心配してた。大丈夫?」

 昨日はまるで大丈夫ではなかったけれど、そんなことは到底言えなくて、「うん、ごめんね」と曖昧に返す。


「用事って、その子のことなの?」

 昨日の電話では、ミヨをもしもすずに会わせたら、首を絞めるとかそういう危ないことをするんじゃないか、と思ってすずには誤魔化してしまった。だけど普通の暮らしに馴染もうとしている今なら、となつめが思って、振り返ろうとしたときだった。


「こいつ、誰?」


 唸るような声を発したミヨは、眉間に深く皺を寄せ、すずを睨みつけていた。狐耳が後ろ向きにきつく絞られている。その姿は、まるで威嚇する獣だった。

「ミヨ、だめ……!」

 なつめの首に巻かれた尻尾をほどかれないように抑えると、ミヨの睨めつける目がなつめにも向く。


 訝しげな表情を浮かべたすずが、聞いた。

「その用事のことって、聞いたら教えてくれる?」

 化け狐のことなんて、言えるだろうか。脅されて、でも地上に出るための協力をしていると言ったら——すずは、どうするだろうか。


「それは……ちょっと」

「そう」

 すずが、一度目を閉じて、そしてもう一度、なつめの顔をまっすぐに見つめる。

「わかった。でもそれって、本当になっちゃんがやりたくてやってることなの?」


「それは——」

 ミヨを連れ出したいと思ったのは、確かになつめだ。でもそのきっかけ自体は、『殺すからな』というミヨの脅しだったはずだ。なつめは、すずのまっすぐな瞳から目を逸らす。

「そう、だよ」


 頼りない返事を口にして顔を上げると、すずは、その透き通った瞳を少しも逸らさずに、なつめのことを見つめ続けていた。


「嘘、ついてるでしょ」


 その一言が、さらさらとしたすずの声を纏ってなつめの胸を刺した。静かで、けれど確かになつめを非難する言葉だった。

「……やっぱりすずも、わたしのこと嘘つきだと思ってる? 陸上続ける約束のことだって」

 真央がなつめを嘘つき女呼ばわりしたことは、たぶん、何も間違っていない。


「今は部活の話じゃないよ」

 すずはそう言うけれど、否定はしなかった。お父さんに言い返せず、ミヨのことも見捨てられず、その結果、なつめはいつもすずに嘘をつくことになってしまう。


「嘘なんかじゃないぞ! なつめはわたしと約束があるんだ」

 言葉に詰まったなつめに代わるように、ミヨが言葉をぶつける。その強い口調にも怯まずに、すずは、

「お願いします。なっちゃんの貴重な時間を奪わないでください」

と静かに言った。


「なっちゃんも、こんな乱暴な子に付き合ってあげる必要ないよ」

 率直なすずの言葉にミヨの顔がかっと赤くなる。「おい!」と叫んだミヨの尻尾を、なつめは強く掴んで「ミヨ!」と制止した。


「もういい! 行くぞ!」

 苛立ったようにきびすを返してお店の前から離れるミヨに、尻尾の首輪で引っ張られる。転びそうになりながら、すずへと振り向き、

「ごめん」

と言う。

 そのなつめの言葉は、ただの声かけでも嘘でもなく、本心からの言葉だった。


    §


 ミヨが、早足で前を行く。

「ちょっと、どこ行くの」

「地下道だ!」

 ミヨは乱暴に言葉をぶつけて、地下道出口の階段を下りていく。

「いつもこうだ——乱暴だ、自分勝手だって言われて、睨まれて、避けられて」


 ミヨが、地下への階段の踊り場で立ち止まる。こちらを振り返らないまま、言う。

「どうせなつめも、わたしなんかよりさっきの奴といたいんだろ」

 力のない声だった。否定してほしいというよりも、諦めのような気持ちが滲んでいた。


 ねえ、とミヨに声をかける。

「甘いものでも、食べない?」



 地下歩行空間——チカホのコンビニでメロンのモナカアイスを買って、近くのベンチに座る。柱が連なる、モダンな雰囲気の地下道をいろんな人たちが通り過ぎていく中で、ふたり並んで座り、言葉もなく、黙々と食べる。観光客としておすすめされたパフェではなかったけれど、今のふたりには、コンビニのアイスくらいが似合っている気がした。


 モナカアイスが残り半分になって、ミヨがやっと口を開いた。

「なんでなつめは、わたしなんかに地上を案内するって言ってくれたんだ? やけどしたときとか、寝てるあいだとかに、逃げてしまえばよかったのに」

 ミヨが、少しずつ言葉を選んで喋る。もしかしたら、このことをずっと気にしていたのかもしれないと、なつめは思う。


「こういうことになるなら、逃げ出した方がお互いのためだったのかもね」

 不安げな顔をなつめに向けたミヨに、続ける。

「でも、ホテルでミヨのことを聞いたとき、わたしと同じだって思っちゃったの。わたし、親の決めたことにどうしても言い返せなくて、それで友達も傷つけて。ひとりぼっちになっちゃって」

「……そうか」

 尻尾の首輪が、少し巻き直された気がした。アイスで冷えた喉に、ふわふわの尻尾が暖かい。


「自分がもっと強かったら何か変えられるのかもしれないけど、でもやっぱり、自分にはできないこともあって——だから、ミヨが地上に出られたら、何だかわたしまで救われるんじゃないかって思っちゃった」


 だから、結局全部自分のためで、やっぱりわたしは自分勝手な嘘つきなんだよ。

 自分の口から出た言葉が、なつめの胸を締め付ける。今だって、本当はすずのところに走っていって謝るべきなのに、それができないのはなつめの弱さだ。自分のせいなんだ、という気持ちを直視するのは、とても、苦しい。


「でも、それなら大丈夫だ」

 ミヨが、地下道の天井を見上げる。静かな口調で、けれどはっきりと言う。

「なつめがひとりぼっちなら、わたしが地上に出られるようになって会いにいけばいい。少しぐらい遠くても平気だぞ。たくさん歩くのは地下道で慣れてるからな」


 その言葉に驚いて、ミヨの横顔を見つめる。地上に出る、とミヨがはっきり言ったのは初めてだった。一緒にいると誰かが言ってくれたのは、いったいいつ以来だろうか。


 でも、なつめはミヨに伝えなければいけないことがある。

 なつめは、明日岩手に帰らないといけない。

「ミヨ、わたし実は——」


「——あ、そうだ!」

 ミヨが、急にベンチから立ち上がる。言葉を遮られたなつめは、どうしたの、と聞く。

「今度は、わたしがなつめを連れていってもいいか」

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