試練
はい
ペチペチと頬をたたかれる。
目を覚ますと目の前に、またも天使の彼女がいた。
「うわっ」
「また会えましたね」
「..もしかしてまた死んだんでしょうか」
「胸に埋まったそれが境界に入る鍵になっているんですよ、眠れば、夢を見る代わりに境界に入れるんです、まあ、私が許可した時だけですが」
死んだわけではないようで安心した。
胸に埋まる紅宝石を服の上から撫でる。
「これって取り外せます?」
「取ったら死んでしまいますよ?」
「ですよねー..」
宝石が体の奥深くまで繋がっている感覚から本当のことだとわかる。
これが不思議な力の源でもあるのだろう。
「それで今日、貴方にきてもらった理由は訓練をしてもらうためです」
「訓練ですか?」
「今の貴方は、力に振り回されていて全力を出せていません、だからなれるまでここで訓練してもらいます。
幸い、ここは外の世界と時間の流れが違います、時間は気にせずめいいっぱい訓練できますよ」
彼女は、いつのまにか握っていた二本の刀のうち一本をこちらに渡してきた。
「構えてください」
「もうですか!?」
「えぇ、終わったらご褒美に私の名前を教えてあげますッ」
「俄然やる気が出てきましたッ!」
軽く地を蹴り、距離を詰めてくる。
刀を振り下ろす彼女、咄嗟の判断で身を振って、すんでのところでそれを避けることができた。
「あぶな!」
「ざんねん、まだ終わりじゃありませんよ」
避けたところで、既に彼女は次の攻撃の動作に入っていた。
頸筋。
横に振られる刀が遅く鮮明に見える、しかし身体は膠着し、このままじゃ避けられず、首が飛ぶだろう。
死の気配に、どこかスイッチが入った気がした。
「ッッああ」
胸に、力の流れを感じる。
その流れは足に向かい、自然と身体が動き後ろへ飛んだ。
瞬間目の前を刃が通過した。
頬から血が垂れる。
「その感覚を忘れないでください」
頬の傷が薄く煙を上げて修復していった。
「傷が治っていく、それに痛みを感じているのに耐えられる、不思議だ」
「ここはいわば夢の中、だから痛みも傷も現実のものじゃないので、すぐになくなります、でも経験だけは別です」
「今の感覚を掴めれだ現実でも同じように動けるってことですか」
血のついた刀をぬぐい、彼女は笑った。
「その通り、貴方から生じる力の流れを意識してください、それじゃあまだまだいきますよ」
「お手柔らかに、頼みますっっ」
すばやく息を吸い、胸の宝石に意識を向ける、力と彼女は言った。
確かに感じる、意識すればその流れを感じるだけでなく、流れる量を操作することもできる。
流れを足に多く向ける。
明らかにスピードが上がり、彼女の早さに追いつきはじめる。
「素晴らしい、さすが救世主に選ばれるだけあります」
「ありがとうッございます!」
救世主とはなんなのか、謎は多いが今は彼女との交戦に集中する。
刀同士の鍔迫り合い、段々と一撃一撃が速く、重くなっていく。
「さあ!さあ!まだまだ行きますよ!」
彼女の姿が一瞬掻き消えた。
ゾッと寒気感じる。
本能で腕、目と、流れる量を増やした。
捉えた。彼女は猛スピードで飛び上がり、視界から消えたのだ。
そのまま落下してくるかと思いきや、何かを空中で踏み締めた。
「!?」
空中を蹴った!?
そのまま、刀を構え勢いよく突っ込んでくる。
避けることができず、そのまま横っ腹を切りつけられた。
「うっづう、痛い、ちょ、今の何ですか」
「驚きましたか?、力を放出し固めたんですよ」
彼女が腕をかざすと、空中に薄い膜のようなものが生じ、触ってみるとなかなかの強度がある。
「まあ私の場合、翼で飛べるのですが、貴方もできるはずですよ、意識して集中してみてください」
手のひらの先、力を集め、圧縮するイメージ。
彼女と比べ、穴がいくつか空いたぼろぼろとした膜ができた。
触ってみると、すぐに崩れてしまった。
「ふふ、要練習ですね」
そう笑いながら訓練が再開された。
10回、なすすべなく薙ぎ払われる。
がむしゃらに刀を振る。
掠りもしない。
100回、かろうじて鍔迫り合いを、しかしあっけなく切り払われる。
明らかに本気を出していないのに、少しでも気を抜くなら、刀ごと砕かれそうだ。
1000回、初めて反撃し、薄く一撃を入れることができた。
私の攻撃を確かに彼女は目で追えていた、しかし避けなかった。
「...、すごい成長です。では、レベルアップといきましょうか」
全身の感覚を鋭敏にし、彼女を見逃さまいと集中する。
しかし。
「ッ!?」
一瞬にして見失った。
全力の力を目に集めても見つけることができず。
「ぐっっ!!???」
いつのまにか後ろから腹を刀で貫かれていた。
「まだまだ、序の口ですよ」
100回、見つけることすらできず訳もわからず薙ぎ払われる。
刀を振る、意識を集中する。
息を止め、ひたすらに攻撃に備える。
1000回、斬られる直後、残像を捉えたが切り払われた。
刀で身を守る。無意味だった。
しかし、刀を振る彼女の目には先よりも力が入っていて。
10000回、彼女の姿をかろうじて追えるようになり、四方から襲いかかる攻撃を防ぎきる。
やっとだ。
「いいですね」
彼女に向かい刀を振り下ろす。
攻撃が届く瞬間、薄い膜に阻まれ、そのまま切り払われる。
「応用編です」
地だけでなく宙を駆け、立体的な軌道で揃いかかる彼女に必死に応戦する。
刀だけでは防ぎきることができなかった。
1000回、膜を張るが一瞬で砕かれ、切り払われる。
膜を宙に張ったが、足を掛ける瞬間砕け散った。
強度が足りない。
10000回、一撃を辛うじて防ぎきる、がそのまま回り込まれ背を切られる。
実行の末、十分な強度のものを作り上げ、今度こそと足を掛ける、成功の満足感ごと切り砕かれたが。
100000回、彼女と同じ宙を駆け、切り結ぶ、背後を取られるが背に膜を張り、防ぎきる。
彼女の動きの全てを把握し、次の一撃がどのように繰り出されるのかを瞬時に予想し、防ぎ、反撃する。
横からの刀を受け流し、もう片方の手からとびだした短刀を弾く。
そのまま重心を前へ倒し、懐へ飛び込む。
咄嗟に下がろうとする彼女の足先を踏みしめ、そのまま後ろに倒れた彼女の首もとに刃先を突きつけた。