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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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八十九日目

   八十九日目


「……」

「ふんふんふふーん」

 リィナの小さく柔らかな指がふにふにと頭皮を刺激する。スパとかそういうところに行ったことがないのでなんとも言えないが、少なくともそこらの美容院よりは上手いのではなかろうか。かなり気持ちがいい……じゃなくて!

 何故こんなことになったのか。心頭を滅却しつつ考える。

たしかあれは――

「孔雀よ。痒いところはあるかの?」

「かっ、痒いところ!?」

 滅却終了沸騰開始。それでもあれやこれやを抑えつつ、背後にいるリィナに応える。

「ない! 特にない!」

「そうか。ふんふんふーん」

 再び鼻歌を奏でるリィナ。彼女は上機嫌だった。


 俺は日本人なので風呂派だ。西洋ではシャワーが主流だと聞いたことがあるが、俺は断じて風呂派だ。さらには温泉派だ。旅行に行くなら温泉がある旅館がいいと言うぐらいには温泉派だ。

 そんな温泉好きの俺が、比較的飯のまずいこの世界で特に気に入っていることが、温泉の存在だ。この世界にも温泉の文化があり、さらにこの国では至る所に源泉があるらしい。なんとも素晴らしいことだ。

 道中に繰り広げる修業という名の壮絶バトルもかなり慣れ、大した怪我もなくリィナを相手にできるようになった今日この頃。道すがら見つけた廃墟もどきを掃除しつつたどり着いた町は、このあたりでは有名だという温泉街だった。

 温泉街なら温泉旅館に泊まるしかない。ということで大きな露天風呂があるという宿に泊まることにしたのだが……

「なんで混浴なんだ……」

 頭を抱える。わざわざリィナのために大金叩いて宿を貸し切りにしたのに、肝心の風呂が男女混浴だったのだ。がっでむ。

「良いではないか。貸し切りなのじゃから、誰に見られるということもない。気にするな」

「いや気にしろよ俺に見られることを気にしろよ」

 タオルを体に巻くことなく、生まれたままの姿で俺の髪を洗うリィナがクスクスと笑う。

「何を言う。わしとお主の仲ではないか」

「どういう仲だよ!? それ知らない人が聞いたら誤解するからな!?」

「どう誤解するのかのぉ」

「――~~っ」

 応えられずにいると、また背後から笑い声が聞こえた。コ、コイツ……俺の反応を見て遊んでるな。

「そう怒るでない。ふふっ。そうか、お主はわしを女として見ておるんじゃな」

「あ、当たり前だろ」

 旅立つ当初は違っていたかもしれないが、今となってはそうもいかない。今でも粗暴の目立つ彼女だが、細かな仕草や表情はまさしく少女のそれだ。旨そうな菓子を目前に嬉しそうに笑う彼女を見て、誰が中身がおっさんだと思うだろうか、いや思わない。

「湯を掛けるぞ。目を瞑っておれ」

 言われたとおりに目を閉じる。硫黄の香りのする湯が頭から掛けられ、泡が流れ落ちていく。

「良いぞ。さて次は体を――」

「もっ、もういい。あとは自分でやる」

 リィナからタオルと桶を奪い取る。

「遠慮するでない。今日はお主を労うと決めたのだ。ほら、それを返せ」

「ほんともういいから。充分労われたから」

 差し出された手から桶とタオルを守るように抱く。しばらくすると「仕方ないのぉ」とため息を吐いてリィナが隣の洗い場に座った。

「恥ずかしがることなどないのに。お主のナニを見てもどうもせんよ。……まあ、事前確認はさせてもらうかもしれんがの」

「な、何か言ったか?」

「何も言っとらんよ」

 ならどうして笑っているのか。 

「洗ってやろうか?」

 仕返しとばかりに尋ねる。しかしリィナは緩く頭を横に振った。

「構わぬ。直ぐ済む」

 リィナがパチンと指を鳴らす。桶のお湯が頭上に舞い上がり、そして彼女に降り注いだ。長い髪は一つに纏められ、見えない力で体中が泡立っていく。

「それ便利だな」

「便利じゃぞ。手でやるよりも正確で、洗い残しはないからの」

「もしかして他人にもできたりするのか?」

「もちろん」

「だったらなんで俺の時はそれを使わなかったんだ?」

「労うと言ったじゃろ?」

 再びお湯が降り注ぎ、泡の中からリィナが現われる。

「先に行くぞ。お主も早く来い」

「お、おう」

 リィナが一足先に湯船へと向かう。慌てて体を洗い、彼女の後を追う。

 広い岩作りの湯船に片足を浸ける。温度は少し熱めのようだ。湯の色は乳白色なため、底が見えない。注意しつつ足を付け、中に入る。

「こっちじゃ」

 湯けむりの向こうからリィナが手を振る。

「ここなら風が吹いて気持ちいいじゃろ」

「そうだな」

 景色を眺めるリィナに同意しつつ、リィナと少し距離を置いて腰を下ろす。じわじわと染み入る熱さにぶるりと体を震わせる。

 あぁ……気持ちいい。久しぶりの温泉を全身で堪能する。やはり温泉はいいものだ。

「ほんとに風呂が好きなんじゃな」

「まあな――ってちかっ!?」

 すぐ隣にいたリィナに驚愕し、距離を取ろうとしたが、既に手を掴まれてしまって不可能だった。

「わしとお主の仲じゃろ。そう邪険にするでない」

「だからその言い方だと誤解されるだろ! ……ったく」

 諦めて彼女の隣に座る。掴まれた手は緩く繋ぎ直され、風呂の底についた。

 トンと肩が触れる。何気なく見下ろせば、笑みを浮かべ見上げるリィナと目が合った。

 そこからしばらく続く沈黙。嫌な空気ではなかったが、気持ちは落ち着かない。

「……なんだよ」

「うん? 何もないが、そうじゃな……」

 リィナが目を伏せ、考える素振りを見せる。そして、

「お主には感謝しておるよ。お主のおかげで楽しい旅となった。こんなに楽しかったのはいつぶりじゃろう」

「なっ、突然どうしたんだよ」

 思いもよらぬ言葉にこれまでにないほど動揺する。

「いやなに、これも労いじゃよ」

 リィナが恥ずかしそうにはにかむ。

「お主はいいやつじゃの。嫌であれば断われば良かった。嫌になれば途中で帰れば良かったんじゃ。なのに――」

「女の子を一人置いてはいけないだろ」

 ハッとリィナが目を見開く。が、すぐに半眼となり悪戯にニシシと笑う。

「ほぉ~。お主がわしを守ると?」

「いらないって言うんだろ」

「ふふっ。そうは言わんよ。むしろ守って欲しい」

 リィナが俺に寄りかかり、体を預ける。柔らかな感触に心拍数が一桁跳ね上がる。


「これから一生……な」

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