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老少女は人使いが荒い  作者: 本知そら
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七十四日目

   七十四日目


「孔雀よ、大変じゃ」

 真夜中に叩き起こされた。文字通り枕を顔に叩きつけられて。

「いった……。突然なんだよ」

「良いから起きろ。起きろと言うとるんじゃ」

 荒げた声の主は寝間着用の薄地のワンピースを着たリィナだ。彼女からいまだ叩きつけられる枕を奪い取り、ギシリと軋むベッドから体を起こす。

 こんな夜中になんだろう。あのリィナが大変というのだから何か一大事が起きたのかもしれないし、あのリィナだから大したことでもないことを大袈裟に言っているのかもしれない。たとえばベッドが古すぎるとか。

 ようやくあの大きな町から離れてたどり着いた次の町は、象とアリほどの差もある小さな町で、営業していた町唯一の宿も外観からしてお察しの、中もかなり年季の入りすぎたぼろ家だった。宿を紹介してくれた住民曰く、幽霊が出るというなんともそれっぽい話まである始末だ。宿の主と手続きを済ませている間、さすがに「こんなところに泊まれるかぁ!」とは言わなかったが、「仕方ないのぉ」と終始機嫌の悪そうな顔をしていたリィナだったので、きっとそのうち俺に対して不満をぶつけてくるとは思っていた。さすがにこんな真夜中とは思わなかったが。

「で、なんだよ」

 ベッドの上であぐらを組み、すぐ傍に立つリィナを見上げる。

「まあ、その、なんじゃ……」

 リィナにしては珍しく歯切れが悪い。奪い返された枕を胸に抱きかかえ、視線を彷徨わせている。暗がりの中よくよく見ると、菓子にはまったことでアルコールを飲む量が少なくなったはずなのに、何故か頬が赤い。

 ……もしや風邪か?

「……何をしておる?」

「熱でもあるのかと思って」

 額に手を当てて温度を計る俺を不思議そうに上目遣いで見つめてくる。ううん。お世辞抜きでかわいい。本当に中身がおっさんでなければ良かったのに。

「ふんっ。たとえ真冬に全裸で外を走り回っても風邪など引かぬわ」

「風邪は引かなくても頭は湧いてるよな」

「阿呆が。たとえじゃ」

 そんなことは分かっている。手を退け、首を捻る。どこもおかしなところはなさそうだ。

「わしのことは良いから、話を聞け」

「話って、だからなんだよ?」

「うむ……」

 抱きかかえた枕が二つに分かれるんじゃないかと思うぐらい締め上げる。そうして数秒、ようやくリィナは口を開いた。

「……今夜はここで寝る」

「……はあ? ――はぐっ!?」

 音速を超えた枕がとんできた。ダイヤのように固くなったそれは腹に直撃し、枕とは思えない反発力で彼女の腕の中に戻っていくのを歯科医に捉えつつ、ベッドに仰向けになって倒れ込んだ。

「寝たな。わしも寝るぞ」

 これのどこが寝ているのだろう。呻いているのだが。

 ぬぐぉと声を漏らしつつ痛みに耐えていると、足を掴まれて体の向きを変えられた。その上から上布団をかぶせられ、一応寝る態勢にさせられる。もぞもぞと布団が揺れ、すぐ隣の布団の中から見慣れた顔が現われた。

「孔雀、起きておるか?」

「ぐっ……なんだよ何がしたいんだよ」

「起きておるな。よし、寝るぞ」

 起きろとか寝ろとかほんと何がしたいんだコイツは。

「リィナ、ちゃんと説明しろ」

 痛みの治まってきた腹を擦りつつ、リィナを睨み付ける。最初のうちはあさっての方向を向いて応えるつもりがなさそうだったが、しばらくするとこちらを向き、言いづらそうにこう言った。

「屋根裏で何かが走る音がした」

 だからどうした? と心底思ったが、とりあえず話を合わせることにする。

「ねずみじゃないのか?」

「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」

「そうじゃないって、たとえば?」

「…………お、おばけとか」

 ……ん?

「おばけ?」

「そう、おばけじゃ」

 聞き間違えではなかったらしい。おばけ……おばけ?

「おばけかもしれないから、俺の所に来た、と?」

 リィナがぎこちなく頷く。俺は見開かれた目が細くなっていくのと同時に腹の底から笑いがこみ上げてくるのを自覚したが、布団の中で何かが光ったので、必死でそれらを抑え込んで真顔になった。俺もまだ自分の命は惜しい。

「え、ええと……。つまりリィナさんは、おはげが怖いから俺の部屋に来た。そして一緒に寝て欲しい、と?」

 色々な意味で声を震わせながらリィナに確認する。そんなばかなと思っていると、リィナはコクリと間違いなく頷いた。ソンナバカナ。

「完全無欠なリィナ様ともあろうお方が、どうしておばけなんてものを怖がるのでしょうか」

「なんで口調が変わっておるんじゃ……。わしだって人間じゃ。怖いものぐらいあるに決まっておる。むしろわしじゃから怖いんじゃよ」

「な、なるほど……?」

 適当に相槌を打つと、半眼を向けられた。しかし、やはり恥ずかしいのだろう。口元を布団に埋めてから続けた。

「わしに敵はない。それはつまり、わしの拳は全ての敵に届くということじゃ。しかしおばけはそうもいかぬ。……あやつら、こちらには特に被害を与えるでもなく、ただただわしらを驚かせるために存在するんじゃぞ? そんな変なやつらじゃと言うのに、こちらの攻撃は何も届かないじゃ。怖いじゃろ!?」

 無敵だから、倒せない相手が怖いってことか……? 分からないような分かるような……。

「いやでもおばけなんているかどうか――」

「そういう存在がふわふわしたところも嫌いなんじゃっ」

 そう言うとリィナは頭まで布団を被ってしまった。怒らせてしまったようだ。

「いや、まあ、そうだよな。誰だって一つは二つは嫌いなものがあって当然だ。うんうん。……おばけは怖いよな、俺も怖い、たぶん」

 心霊現象はまったくもって信じていないどころか「全てプラズマです」と反論までするアンチ派の俺だが、ここは折れるしかない。まあほら、この世界なら本当におばけとかいるかもしれないし。

「……本当か?」

「…………本当だ」

 ウソです。

 ふいに何者かに手を掴まれた。おばけの話をしていたせいで必要以上にびっくりしてしまったが、布団の中でリィナが俺の手を握っただけのようだ。その柔らかくて小さい感触は覚えがある。

 ひょこっとリィナが顔を出す。そして上目遣いで、

「じゃったら、一緒に寝てくれ」

 なんだこのかわいい生き物。じゃない違う。なんだそのあざとい仕草は、どこで覚えた。

「お、おう、べ別にそれくらいどうってことない」

 だめだ動揺しまくっている。しかしリィナは俺の様子に気付くことなく「よろしく頼む」とほっとしたように微笑んだ。セーフ。

 そうして静かになると、数分も経たないうちに隣から静かな寝息が聞こえてきた。俺が隣にいるということで安心したのだろうか。あの無敵超人に頼られるというのはどんなことでも嬉しい。

 ……しかしコイツ、いい匂いするなあ。

 ミルクのような甘い匂い。いつも菓子ばかり食べているせいだろう。

「んぅ……む……」

 リィナが身じろぎ、体を寄せてくる。元々近かった距離がさらに縮まり、彼女の甘い匂いがより一層強くなる。

 こ、これはあかん。いろいろとあかん。

 早鐘を打つ心臓がそれを裏付ける。何があかんのかと言われても応えられないがとにかくあかん。敢えて言えば俺のアイデンティティーのような何かだ。

 離れよう。リィナの約束上、ベッドから降りられないが、距離を取ることぐらいはできる。幸いこの古いベッドは面積だけは広い。ギリギリまで端に行けば……

 なんてことを考えたが、俺は忘れていた。リィナに手を握られていることを。

 無理だ。

「むにゃ……」

「……」

 小さな町だったことが災いして、窓の外は時折風の音が聞こえるだけのほぼ無音。聞こえるのは隣の小さな女の子の寝息と寝言だけ。

「ん……くじゃ、くぅ……」

「………………」

 今夜は寝られそうにない。そう結論づけて、繋いだ手から伝わるぬくもりをイヤと言うほど感じつつ、長い長い夜が明けるのを一人、ひたすら待った。

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